砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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「会いに行かれるって、ご正気ですか?」

 目を丸くするリネアがあたふたする。叔父から、部屋でじっとしていない令嬢、と聞いていたものの、今や罪人として地下牢にいるバルターに会いたいなどと言うとは想像していなかったのだろう。

「少しお話をうかがうだけです。バルター殿下は地下牢に入っていると聞きましたが、案内してもらえますか?」
「案内と言われましても……」
「リネアが難しいのであれば、ほかのどなたかに……」

 思い浮かぶのは、ルドアースやベリウスだ。しかし、彼らを頼っては、すぐにセリオスの耳に届いてしまうだろう。かといって、生真面目なオリビアが承知してくれるはずもない。こんなとき、レイヴンだったら、あきれながらついてきてくれたはずなのに……。しかし、そんなことを考えても仕方がない。レオナはリネアを見つめた。

「フリントさんはどこにいるのですか?」
「叔父ですか?」

 まさか、叔父が目をつけられるとは思っていなかったのだろう。リネアはおびえたが、すぐに観念したようだった。

「……ルカ様に魔法を披露するように言われて疲れ果てておりましたので、おそらくどこかで休んでいると思います」
「では、フリントさんを探しに行きましょう。それでしたら、問題ありませんよね?」

 にこっとほほえんで、レオナは部屋を出る。どちらへ向かえばいいかわからず、右手へ進もうとすると、リネアがあわてて追いかけてくる。

「奥様っ、左でございます。そちらはアリティア様のお部屋がございますので、どうぞこちらにお進みください」
「わかりました」

 レオナはすぐさまかかとを返し、ほっと胸をなでおろすリネアとともに迷いなく左手を進む。

 バルターが処分され、あの日何が起きたのかわからなくなる前に、会って話が聞きたい。そうしなければならないような衝動に駆られながら、赤い絨毯の階段をおりていく。

 軽口を叩く見張りの兵士たちが、酒に酔って上機嫌に笑っていた。晩餐会は大成功をおさめたのだろう。新国王誕生に何の不安もなく、警戒がゆるんでいるように見える。もしかしたら、バルターの見張りも手薄かもしれない。今なら彼に近づける絶好の機会だ。そんなことを考えながら、どんどん階段をおりていき、レオナは「あっ」と声をあげた。

「フリントさんです」

 フリントは渡り廊下の片隅にある柱の陰に、ひとりたたずんでいた。レオナはすぐに駆け寄る。

「ここで何をされているのですか?」
「これはこれはレオナ様。リネアを連れて、早速散策ですか?」

 フリントはほがらかに笑い、腕に抱えた書物を見せる。

「ルカ様が魔法を伝授してほしいとおっしゃるので、入門書を図書館に探しに来ていたのですよ」
「魔法ですか。ルカ様がお習いになるのですか?」
「ほんの少し、勉強をしたような気になるだけだと思いますが、魔法の知識があるのは良いことです」
「そうですね……。私も学んでみたいです」
「では、ご一緒にどうですか? ルカ様はレオナ様にお会いしたくてたまらないようです」

 フリントが早速歩き出すから、レオナはあわてて呼びとめる。

「フリントさんっ、実は……行きたいところがあるのですが、一緒に行ってもらえないでしょうか」
「王宮内でしたら、団長と……」
「セリオス様には内緒でお願いしたいのです。あまり心配をかけたくなくて……」
「おやおや、何か気になることがあるのですか? 王宮内といえども、歩き回るのは危険です」
「ですから、フリントさんにこうしてお願いしています」

 フリントは首をかしげるようにして、リネアへ目を移す。

「あの……、叔父様。奥様はバルター様にお会いになりたいそうなのです」

 リネアが困り果てた表情で言うと、フリントもまた困り顔になる。

「殿下に会われて、どうされるのですか」
「少しお話がしたいのです。戴冠式が終われば、罰が下されると聞きました。その前に聞いておきたい話があるのです」
「……どのような、とおうかがいしても?」

 レオナはためらいながらも、エイダが亡くなった日のことを知りたい、と口にした。その瞬間、フリントの表情が固まった。彼らしからぬ動揺に見えた。やはり、あの日のことは誰も、知っていても口にしないのかもしれない。

 沈黙の後、フリントは静かに口を開き、足を一歩踏み出す。

「ほんの少しなら、会えるかもしれません」

 案内するともしないとも言わないフリントに、レオナは黙ってついていった。
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