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王都編
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目覚めると、朝になっていた。豪華な調度品に囲まれたセリオスの自室に人の気配はなく、レオナはベッドを抜け出すと、窓辺へ向かった。そこから見えるバルコニーに、当然、アリティアの姿はない。
レオナはきょろきょろと辺りを見回す。それにしても、セリオスはどこへ行ってしまったのだろう。あいかわらず、彼は忙しい。探しに行きたいが、昨夜着ていたドレスも見当たらない。一人で着替えを済ましてしまえるから、勝手に部屋を出ないように隠されてしまったのだろうか……などと考えていると、ゆっくりと扉が開き、メイド服を着た若い女性が部屋へ入ってきた。
「おはようございます、奥様」
奥様と呼ばれて驚いた。
「あ……、あの……」
柔らかな笑みを浮かべたメイドは、戸惑うレオナにゆっくりと頭をさげる。
「はじめまして、リネア・エルストンと申します。セリオス様のご命令で、本日より奥様のお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「セリオス様が私にあなたを?」
見たところ、リネアは王宮メイドのようだ。まだ正式に結婚式を挙げたわけでもないのに、専属のメイドをつけてもらっても大丈夫なのだろうか。ますます困惑するが、リネアはかまわず、真新しいドレスをレオナの前に広げる。
「本日のお召し物はこちらでよろしいですか? 今夜も舞踏会が催されます。そのときにはまた別のドレスをご用意いたします」
「……はい、じゅうぶんです。舞踏会にはセリオス様も行かれるのですか?」
「どうでしょう。あまり、パーティーには興味がないお方ですから」
リネアはくすっと笑うと、レオナを姿見の前へ案内する。
「セリオス様は今、どちらに?」
ドレスに着替えたあと、椅子に腰かけて、髪を櫛ですいてくれるリネアに尋ねる。
「ルカ様にお会いになられるとおっしゃってましたよ。お昼ごろには戻られるでしょう」
「お昼……。少し時間がありますね」
窓から見える太陽に目を移して、ぽつりとつぶやくと、リネアがふふふと笑みをこぼす。
「お出かけになりたいのですか? 奥様はなかなかお部屋でじっとしていられないと聞いています」
「……セリオス様がそうおっしゃったのですか?」
恥ずかしさのあまり、赤くなって尋ねると、リネアは楽しそうに目を細める。
「いいえ。奥様の武勇伝は叔父から。とても勇敢でお優しい方と聞いております。お仕えできて光栄に思っているんですよ」
「叔父……? どなたのことですか?」
「フリント・エルストンでございます。フォルフェス騎士団の魔法使いと言いましたらわかりますでしょうか」
「えっ……、フリントさんの?」
「はい」
リネアはにっこりと微笑む。セリオスがこの女性をレオナのメイドに選んだのは、親しみやすいからだけでなく、フリントの親類であり、セリオスの信頼を深く得ているからなのだろう。
「でしたら、リネアさんは王宮のことだけでなく、フォルフェス騎士団のこともよくご存知なのですね?」
リネアとお呼びください、と彼女は言ったあと、一礼するようにまぶたを伏せる。
「見聞きしたことぐらいですが。お困りごとがありましたら、なんなりとお申し付けください」
レオナはしばらく考え込んだ。昨夜のセリオスの話が気になっていた。
アリティアと犬猿の仲であったエイダが病で亡くなったあの日……。セリオスは何を言おうとしたのだろうか。
「あの……、リネアさんは3年ほど前は、王宮にいたのですか?」
器用に髪を編み込んでいくリネアの指を眺めながら、レオナは尋ねた。リネアはレオナよりもずっと年上に見える。おそらく、3年前のあの日を知っているだろう。
「はい、おりました。私がセリオス様にお仕えするメイドになりましたのは、5年ほど前になります」
「では、エイダ王妃が亡くなられたときは、セリオス様と一緒にいたのですか?」
リネアの指がぴたりと止まる。聞いてはいけないことを尋ねた自覚はあった。セリオスが濁したぐらいだ。メイドが話すわけがない。しかし、レオナはそれでもかまわなかった。リネアが手がかりをくれるだけでもいいと思っていた。
「あの日のことは……、よく覚えています」
リネアは慎重に言葉を吐き出す。彼女もまた、エイダが亡くなった日を、あの日と呼ぶのだ。
「特別な、何かがあったのでしょうか」
「お知りになりたいのですか?」
「セリオス様が苦しそうな顔をしていたので、私にもその苦しみを分けてほしいと思ったのです」
そう言うと、リネアはあきれまじりに驚いた。
「なんて奇特な方なのでしょう」
「教えてくれますか?」
祈るような目で見つめると、リネアは小さなため息をつく。
「申し訳ございません。あの日のことはよく覚えていると申し上げましたが、セリオス様についてのお話は控えさせてください」
「……そうですか。アリティア王妃殿下のご様子だけでも知りたかったのですが……」
ひとりごとのようにつぶやくと、リネアは少し考え込み、言いにくそうに切り出す。
「……アリティア様でしたらお部屋におられました。実は、エイダ様は亡くなられる数日前から具合が悪く、自室で過ごしておられたのです。部屋に入れるのは、陛下とバルター様のみ。あの日は陛下の誕生パーティーが開かれていて、メイドたちも慌ただしく過ごしていました。エイダ様の容態が急変したことに気付いたのは、バルター様だったはずです」
「バルター殿下ですか?」
「はい。陛下とセリオス様はパーティーに出ておられましたから、バルター様お一人でエイダ様を看取られたのです」
「そのとき、何かあったのですか?」
「わかりません。気付いたときには……」
リネアは何か言いかけて、やはり昨夜のセリオスのように口をつぐんだ。
「すべてはバルター様がご存知のはずです。あの日のことは、誰も何も語りたがりません」
「バルター殿下が何もかもを知っているのですね」
レオナはすっくと立ち上がり、何ごとかと驚くリネアに力強く言う。
「バルター殿下はどこですか? 今から会いに行きます」
目覚めると、朝になっていた。豪華な調度品に囲まれたセリオスの自室に人の気配はなく、レオナはベッドを抜け出すと、窓辺へ向かった。そこから見えるバルコニーに、当然、アリティアの姿はない。
レオナはきょろきょろと辺りを見回す。それにしても、セリオスはどこへ行ってしまったのだろう。あいかわらず、彼は忙しい。探しに行きたいが、昨夜着ていたドレスも見当たらない。一人で着替えを済ましてしまえるから、勝手に部屋を出ないように隠されてしまったのだろうか……などと考えていると、ゆっくりと扉が開き、メイド服を着た若い女性が部屋へ入ってきた。
「おはようございます、奥様」
奥様と呼ばれて驚いた。
「あ……、あの……」
柔らかな笑みを浮かべたメイドは、戸惑うレオナにゆっくりと頭をさげる。
「はじめまして、リネア・エルストンと申します。セリオス様のご命令で、本日より奥様のお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「セリオス様が私にあなたを?」
見たところ、リネアは王宮メイドのようだ。まだ正式に結婚式を挙げたわけでもないのに、専属のメイドをつけてもらっても大丈夫なのだろうか。ますます困惑するが、リネアはかまわず、真新しいドレスをレオナの前に広げる。
「本日のお召し物はこちらでよろしいですか? 今夜も舞踏会が催されます。そのときにはまた別のドレスをご用意いたします」
「……はい、じゅうぶんです。舞踏会にはセリオス様も行かれるのですか?」
「どうでしょう。あまり、パーティーには興味がないお方ですから」
リネアはくすっと笑うと、レオナを姿見の前へ案内する。
「セリオス様は今、どちらに?」
ドレスに着替えたあと、椅子に腰かけて、髪を櫛ですいてくれるリネアに尋ねる。
「ルカ様にお会いになられるとおっしゃってましたよ。お昼ごろには戻られるでしょう」
「お昼……。少し時間がありますね」
窓から見える太陽に目を移して、ぽつりとつぶやくと、リネアがふふふと笑みをこぼす。
「お出かけになりたいのですか? 奥様はなかなかお部屋でじっとしていられないと聞いています」
「……セリオス様がそうおっしゃったのですか?」
恥ずかしさのあまり、赤くなって尋ねると、リネアは楽しそうに目を細める。
「いいえ。奥様の武勇伝は叔父から。とても勇敢でお優しい方と聞いております。お仕えできて光栄に思っているんですよ」
「叔父……? どなたのことですか?」
「フリント・エルストンでございます。フォルフェス騎士団の魔法使いと言いましたらわかりますでしょうか」
「えっ……、フリントさんの?」
「はい」
リネアはにっこりと微笑む。セリオスがこの女性をレオナのメイドに選んだのは、親しみやすいからだけでなく、フリントの親類であり、セリオスの信頼を深く得ているからなのだろう。
「でしたら、リネアさんは王宮のことだけでなく、フォルフェス騎士団のこともよくご存知なのですね?」
リネアとお呼びください、と彼女は言ったあと、一礼するようにまぶたを伏せる。
「見聞きしたことぐらいですが。お困りごとがありましたら、なんなりとお申し付けください」
レオナはしばらく考え込んだ。昨夜のセリオスの話が気になっていた。
アリティアと犬猿の仲であったエイダが病で亡くなったあの日……。セリオスは何を言おうとしたのだろうか。
「あの……、リネアさんは3年ほど前は、王宮にいたのですか?」
器用に髪を編み込んでいくリネアの指を眺めながら、レオナは尋ねた。リネアはレオナよりもずっと年上に見える。おそらく、3年前のあの日を知っているだろう。
「はい、おりました。私がセリオス様にお仕えするメイドになりましたのは、5年ほど前になります」
「では、エイダ王妃が亡くなられたときは、セリオス様と一緒にいたのですか?」
リネアの指がぴたりと止まる。聞いてはいけないことを尋ねた自覚はあった。セリオスが濁したぐらいだ。メイドが話すわけがない。しかし、レオナはそれでもかまわなかった。リネアが手がかりをくれるだけでもいいと思っていた。
「あの日のことは……、よく覚えています」
リネアは慎重に言葉を吐き出す。彼女もまた、エイダが亡くなった日を、あの日と呼ぶのだ。
「特別な、何かがあったのでしょうか」
「お知りになりたいのですか?」
「セリオス様が苦しそうな顔をしていたので、私にもその苦しみを分けてほしいと思ったのです」
そう言うと、リネアはあきれまじりに驚いた。
「なんて奇特な方なのでしょう」
「教えてくれますか?」
祈るような目で見つめると、リネアは小さなため息をつく。
「申し訳ございません。あの日のことはよく覚えていると申し上げましたが、セリオス様についてのお話は控えさせてください」
「……そうですか。アリティア王妃殿下のご様子だけでも知りたかったのですが……」
ひとりごとのようにつぶやくと、リネアは少し考え込み、言いにくそうに切り出す。
「……アリティア様でしたらお部屋におられました。実は、エイダ様は亡くなられる数日前から具合が悪く、自室で過ごしておられたのです。部屋に入れるのは、陛下とバルター様のみ。あの日は陛下の誕生パーティーが開かれていて、メイドたちも慌ただしく過ごしていました。エイダ様の容態が急変したことに気付いたのは、バルター様だったはずです」
「バルター殿下ですか?」
「はい。陛下とセリオス様はパーティーに出ておられましたから、バルター様お一人でエイダ様を看取られたのです」
「そのとき、何かあったのですか?」
「わかりません。気付いたときには……」
リネアは何か言いかけて、やはり昨夜のセリオスのように口をつぐんだ。
「すべてはバルター様がご存知のはずです。あの日のことは、誰も何も語りたがりません」
「バルター殿下が何もかもを知っているのですね」
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