砂色のステラ

水城ひさぎ

文字の大きさ
91 / 99
王都編

9

しおりを挟む
 身をよじると、セリオスは小さく笑い、レオナを床におろした。彼の母をもっとよく見てみたい。その欲望にあきれているようだった。

 レオナは窓辺に駆け寄り、遠目に見えるドレスの女の人を、目を凝らして見つめた。腰より長く伸びた髪が、月の光を浴びて青く輝いているように見える。背は高く、線の細い身体つき。その顔立ちはわからないが、尖ったあごがセリオスによく似ているような気がした。

「あの方が……、アリティア王妃殿下なのですね」
「ああ。バルターやアメリアの母であるエイダ王妃は三年ほど前に病で亡くなられた。王妃と呼ばれる女はもう、母上しかいない」
「お美しい方のような感じがします」

 月の光よりもまばゆく輝いているように見えて、そう言うと、セリオスは苦笑いした。

「そうかもしれないな。母上はノクシス王国でもっとも美しいと言われた王女だった人だ。あの美貌がなければ、エルアルムに嫁ぐこともなかっただろう」
「ノクシス……?」
「おまえは気づかなかったのか? レイヴンが青い瞳を持っていたように、ノクシスの民の多くは青髪に青い瞳なのだ。母上の髪は、俺のものより青い。エルアルムであのような容姿を持つ貴族も、母上しかいない」
「あ……、いえ、王妃殿下が異国から嫁いでこられたのは知ってました」

 セリオスの青い瞳や青みがかった青髪はノクシス由来だったのだ。だとすれば、彼の容姿も王宮では珍しく、砂色の珍しい髪を持つレオナにも寛容だったわけがわかる気がした。

「王妃殿下は月を眺めるのがお好きなのですね」

 先ほどからずっとアリティアは空を見上げている。そこにあるのは、真っ暗な空にぽかりと浮かぶ満月のような丸い月だけだった。

「月の見えない夜でも、母上はあのようにしている」
「何かあるのですか?」
「いや、何もない。あるとすれば、ノクシスへ帰りたい思いだけではないかな」

 セリオスは失笑すると、レオナの手を引いた。レオナは窓辺から離れがたく、アリティアの方へ視線を向ける。彼女はいつの間にか、空を見上げるのをやめ、バルコニーの中を歩き出していた。

「どこかへ行かれるのでしょうか」
「気にするな」

 セリオスはため息まじりに言うと、ベッドに腰を下ろし、レオナをひざの上に抱き上げる。そうして、両腕でそっとレオナを抱き寄せ、砂色の髪に鼻先をうずめる。

「母上はノクシスの誉れ高き華であった。父王が開いたパーティーでその姿を見せたとき、誰もが驚くほどに美しく、父王はすぐさま求婚したそうだ」
「ひと目で恋をされたのですね」
「それは知らぬ。美しいものを手もとに置いておきたかったのか、ほかの男のものになるのが惜しかったのか……。一番は、友好国であるノクシスとの絆をより深めるためであっただろうがな」
「セリオス様がお生まれになったのですから、愛し合っておられたと思います」
「レオナはそのようなことを世辞ではなく言える。本当に優しいのだな」

 セリオスはくすりと笑うと、レオナを抱きしめたまま、窓の方へ目を移す。

「母上の様子がおかしくなったのは、エイダ王妃を父王が娶ってからだ。父王が本気で愛していたのはエイダ王妃だったのだろう。俺が生まれたあと、父王はあの人ばかり寵愛した。ノクシスからやってきた母上は周囲に頼れるものはおらず、父王に八つ当たりばかりしていたようだ。父王はうんざりしたのだろう。アメリアが生まれたころには、母上に見向きもしなくなっていた」
「それは……本当なのですか?」

 レオナはショックを受けた。異国から来て、どれほど不安だっただろう。それなのに、唯一頼れる夫から、そのような仕打ちを受けたアリティアが落ち込まないはずがない。だから、毎夜、ノクシスへ帰りたいと月を見上げるのだろう。

「嘘など言わぬ。母上は一見、物静かに見えるのだが、なかなかにプライドの高い人でね。気の強いエイダ王妃と軋轢を起こしてばかりいた。そのたびに父王はエイダ王妃をかばい、母上はあの人を憎んでいた。だからエイダ王妃が亡くなったあの日、母上は……」

 セリオスは何やら言いかけたが、困惑するレオナを目に止めると、ゆるりと首を振った。

「あの日が、何ですか?」

 レオナが尋ねると、セリオスはふっと表情をゆるめてほほえむ。しかし、その顔はどこかさみしさと苦しさをはらんでいた。

「いや、なんでもない。母上は自ら苦労を招く人なのだ。不器用で、見ている方がもどかしくなるが、俺は母上に幸せになってほしいと願っている」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...