砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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 セリオスの部屋へ戻ると、彼はメイドを呼び、紅茶を用意させた。温かな湯気から香る甘い匂いに、ほんの少しだけ緊張がほぐれる。

 セリオスはレオナを抱き上げるとソファーへ腰を下ろし、紅茶のカップをレオナの唇へそっと運ぶ。

「さあ、飲め。少しは落ち着くだろう」

 言われるがまま、レオナは茶色の甘い液体を飲み込んだ。ほどよい温かみが身体の中に流れ込むと、気づかないうちに力が入っていたようで、ホッと息が出る。

「セリオス様、お尋ねしてもいいですか?」
「アメリアのことか?」
「いえ、そうではないのですが……、ドレン元帥とはどのような方なのですか?」

 おずおずと尋ねると、セリオスは片方の眉をあげた。王政に関わることに首を突っ込むのをこころよく思わないのだろう。しかし、彼は仕方なさそうに口を開く。

「ドレンは枢密院の一員で、優秀な王国軍の元帥だが、バルターの支持者でもある。昔から、血気盛んなバルターをかわいがっていたところがあってな。バルターを次期国王にと望んでいたひとりだろう」
「バルター殿下を? ではなぜ、ルカ様を晩餐会に勧めたのでしょうか?」

 何か意図があるのではないか。レオナでさえそう思うのだから、セリオスがドレンの行動を疑問視していないわけがない。

「……おそらく、バルターを見限ったのだろうな」

 沈黙後、セリオスはそう切り出す。

「バルターは今、いくつもの罪に問われ、地下牢に入っている。戴冠式が終わったあと、裁判にかけられ、処遇が決まるはずだ。バルターを無罪にするのは無理があると踏んだドレンは、ルカに目をつけたのだろう」
「どんな意図があるのですか?」
「まだ幼いルカを傀儡にし、自身の影響力を強めたいのだろう。しかし、アメリアはなかなか強情だ。このままではルカを国王にできないかもしれない。ならば、ルカを晩餐会で披露し、他の貴族からの支持を集め、アメリアを納得させようとしたのではないか」
「そのようなことをしなくとも、ルカ様はいずれ国王になられるのに」

 アメリアだって、万が一の覚悟はしていたはずだ。その覚悟を放棄させたのは、ドレンが強硬手段に出たからだ。

「ドレンは焦って間違えたな。よほど、俺に王になってほしくないのだろう」
「そうなのですか? セリオス様ならば、立派な王になられますのに」

 首をかしげると、セリオスは吹き出すように笑う。

「その、立派な王とやらを必要としていないのだろう」
「セリオス様を思うようにできないから、対立しているというのですか?」
「対立とまでは言わないが、まあ、そういうことだ。バルターをかわいがっていたのは、扱いやすかったからだろうしな。レオナを捕えるために王国軍が素早く動いたのは、ドレンがバルターへ恩を売るためもあっただろう」

 レオナは驚いてまばたきをした。何人もの兵士に追いかけられた記憶がよみがえる。あまりにも恐ろしく、死ぬかもしれないという恐怖を覚えたあの夜でさえ、ドレンは自身の影響力をいかに大きくするか考えていたのだ。

「ルカ様が王になられたら、苦労されますね……」
「それは仕方ない。グレイシルで育ったルカが一国の王になる。アメリアの心配は当然だが、それでも、ルカならば……という期待が持てる少年であることに変わりはない」
「……セリオス様は国王になりたくないのですか?」

 尋ねた途端、セリオスは無言になり、こちらをじっと見下ろしてくる。レオナはぎゅっと彼の胸もとをつかんでいた。聞いてはいけないことを聞いたかもしれない。

「あ、あの……、お気を悪くされたのなら……」
「俺は幼少期から、将来は国王になるようにと育てられた」

 セリオスはレオナを遮り、淡々と答える。

「王になりたいか、と問われたら、この国を導く覚悟はあると答えよう。そのように育てられたのだから当然だ。しかし……」
「何か気になることがあるのですか?」
「レオナが望まぬのなら……と、悩むことはある」
「私は……」
「おまえは優しいからな。本心は言わないであろう。それに比べ、俺は優しくない。おまえを失うぐらいなら、国王になれずともかまわない。……そんな無責任な気持ちになることもある」

 セリオスは頼りなく眉をさげた。エルアルムの民を見捨てるわけではない。しかし、己の選択が民を捨てることになるとわかっていて、彼は悩むのだろう。レオナか、民か……。彼は今、比べてはいけないものを比べていることに罪悪があるのだ。

「これは……本心なのですが、私はセリオス様が王になるというのなら止めません。お支えできるかとても不安なのですが……、だからといって、王にならないでほしいとは言いません」
「本心か?」

 セリオスが顔をのぞき込んでくる。息をするのも気をつかうほど、彼は心の中を探る目をしている。

「実は……、一つだけ心配があります」
「なんだ、それは」

 レオナは落ち着きなく指を組み合わせる。

「セリオス様が王になりましたら、後継ぎは望まれますよね?」
「アメリアの話を気にしているのか?」
「ステラサンクタにまつわるお話には不安になります……。もし……もしも、私たちの子どもが王の器ではなかったら……、私は王妃としての責務を果たせるのでしょうか」

 王妃になるという実感すら今はなく、不安ばかりが募る。その胸のうちを見透かすように、セリオスは肩を抱き寄せ、柔らかくほほえむ。

「おまえが悩むのは当然だ。真剣に考えているからこその不安だろう」
「私と結婚して大丈夫だとお考えなのですか?」
「もちろんだ。王にふさわしい王子など、最初からどこにもいない。王としての資質は、あとから作り上げていくものだからだ。たとえ、王の器じゃなかったとしても、おまえと俺の子だ。それ以上に大切なことはない」
「私とセリオス様の……」
「そうだ。おまえがひとりで抱え込む必要はない。どんな子が生まれたって、俺たち二人で育てていけばよい。おまえに苦難などないとは言わないが、俺が支えよう」
「私は助けられてばかりです……」
「それでいい。何も無理をする必要はない。俺は王妃にふさわしいおまえを選んだのではない。レオナというひとりの娘を愛し、そばにいてほしいから選んだのだ」
「私がセリオス様と結婚したのは、命を助けてもらうためでした。それでも、そうおっしゃるのですか?」
「それは口実に過ぎないだろう?」
「何が口実なのですか……?」

 セリオスはうっすら笑むと、顔を近づけてくる。

「おまえは、俺の子どもがほしいか?」

 答える前に、セリオスは待ちきれないとばかりに唇同士を触れ合わせた。

「俺はほしい。今すぐにでも」

 力強い瞳に嘘偽りは見えなくて、レオナはほんのりほおが赤らむのを意識した。

「私も……、ほしいです」

 まぶたを伏せて言うと、セリオスはそのまぶたにキスをした。そして、レオナを抱き上げ、ベッドへ向かう。

 レオナは緊張しながら、セリオスの首に腕を回してしがみついた。ゆっくりと歩む足取りに急く様子はなくて安心する。静かな呼吸を繰り返す彼の肩にほおを寄せる。ぬくもりを感じながら、何気に視線をずらしたとき、レオナは窓から見える光景にまばたきをした。

「あれは……」

 つぶやくと、セリオスは足を止め、「ああ」と嘆息を漏らした。

「あれは、母上だ。毎夜、ああやってバルコニーに出ては空を見ている」
「セリオス様のお母さま……」
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