砂色のステラ

水城ひさぎ

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王都編

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 ストークス伯爵家が泊まる部屋を訪ねてみたが、一家の姿はなかった。

「セリオス様はルカ様にお会いになってるのですよね? どこへ行かれたのでしょうか」

 早速、探しに行こうとするレオナに、リネアは「本当にアメリア様にお会いになるのですか?」と不安そうにしたが、少しばかり考え込んでいたフリントが先に歩き出す。

「中庭かもしれません。ルカ様はフォルフェス騎士団の剣術を見てみたいと話されていましたから」
「セリオス様にもおねだりしているのですね」

 学ぶのが好きなルカらしい。ほほえましい情景が浮かんで、ほがらかに言いながら、フリントの背中を追いかける。リネアはあきれたが、少しは慣れたのか、吹っ切れた表情になってついてくる。

「中庭はどこにあるのですか?」
「セリオス様のお部屋から眺められます庭園です。この時期は百合やアガパンサスが綺麗に咲いていますよ」
「そうなのですね。楽しみです」

 中庭に着くと、剣のぶつかる音がした。音の聞こえてくる方へ向かうと、中庭の中央で剣を交えるルドアースとセリオスの姿がある。その様子を興味津々に眺めるルカがいて、そのかたわらにはアランが付き添っていた。

「アメリア様は……」

 レオナがきょろきょろと辺りを見回したとき、フリントが手を伸ばす。

「あちらにいらっしゃいますね」

 アメリアはガゼボでメイドを従えて腰かけていた。レオナは黙って歩き出す。フリントもリネアも、何も言わずについてきた。

「おはようございます、アメリア様。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あら、レオナさん。もちろん、どうぞ。花の香りが爽やかな紅茶をいただいていたところです。レオナさんもいかが?」

 アメリアはレオナに椅子を勧めると、メイドに紅茶を用意させ、セリオスの方へ目を移す。

「兄さまを探しに来たの? ルカがなかなか帰さないから、兄さまも少々困り気味ね」

 アメリアがふふっと笑う。セリオスはこちらに気づいているようだが、両手を広げて何やら一生懸命に話すルカに耳を傾けている。

「いえ、アメリア様をお探ししていたのです」
「私ですか?」
「はい」

 レオナはうなずくと、バルターに会ってきたことを話した。アメリアは驚いたようにゆっくりとまばたきをしたが、すぐに鋭い目つきでこちらを見守った。エイダが亡くなったあの日の出来事を教えてほしいと続けると、アメリアは考え込み、やがて、小さな息を吐き出した。

「兄さまがセシェ島から帰還したと聞いたとき、ようやくあの日の物語は終わったのだと思いました」
「あの日の……物語?」
「そうです。もう誰に話す必要もない物語。栄華を極めるダムハート家の汚点ではあれど、セリオス兄さまは民に愛されている。監獄行きを、少しも汚点として考えていない兄さまを見たとき、あの日の決断はよかったのだと思えました」
「ですが、犯してもいない罪を被り、セリオス様はひとり、傷ついているのではありませんか?」

 アリティアの話をするセリオスは苦しそうだった。救いたい。そう思っているが、何からセリオスを救えばいいのか、レオナは半信半疑でいた。その答えを、アメリアなら持っているのではないだろうか。

「犯してもいない罪……と、バルター兄さまが言ったのね?」
「あの日のことはアメリア様に尋ねるよう言われました。セリオス様を苦しめているのは、アリティア王妃殿下なのでしょうか?」
「レオナさん、滅多なことを言ってはならないわ」

 アメリアはぴしゃりと言った。

「セリオス様は王妃殿下を大切に思われています。幸せになってほしいと言っていました。それは、今はまだ、王妃殿下がお幸せではないということではないのですか?」

 毎夜、月を見てノクシスへ帰りたいと願う母。その姿を見て、セリオスは毎夜傷ついている。

「アリティア様はお幸せです。大丈夫よ、レオナさん。お幸せなのです」
「信じられません。あの日……、エイダ王妃が亡くなられたあの日、アリティア王妃殿下の身に何があったのですか? この三年もの間、王妃殿下が苦しまれているから、セリオス様は案じているのではありませんか?」
「少なくとも、アリティア様はあの日のことを覚えていません。だからもう、あなたが心配することは何もないのよ」
「覚えていない……?」

 どういうことだろう。レオナが驚いてつぶやいたとき、中庭がざわついた。

「何ごとですか」

 いち早く、アメリアが立ち上がる。

「バルコニーでメイドたちが騒いでいるようです」

 フリントが上空を見上げて言う。レオナもそちらへ向かって目をあげた。メイド服の女性たちがバルコニーで何かを取り囲むようにして集まっている。

「あのバルコニーは……」

 レオナはつぶやき、庭園に走り出た。あそこは、毎夜、アリティアが月を眺めている場所ではないか。

「何が……」

 嫌な胸騒ぎがして、バルコニーの方へ向かって一歩踏み出したとき、レオナは声にならない声をあげていた。それは、まばたきをする一瞬の出来事だった。しかし、その瞬間は異様に長く感じられた。

 メイドたちの間から抜け出てきた青い髪が、踊るように手すりを越えて舞った。誰かが叫び、誰かが手を伸ばし、誰かがただ立ち尽くしていた。悲鳴が弾け、空気が震える。

「ルカ様を中へっ!」

 視界の端で、アランがルカを抱いて駆け去る。ルドアースに手を引かれたアメリアが、「レオナさんも!」と叫びながら連れられていく。だが、レオナの足は動かなかった。

 周囲の混乱とは裏腹に、アリティアの落下だけが、あまりに静かだ。まるで舞い飛ぶようだった。長い髪が太陽の光を受け、深い海のように美しかった。しかし、レオナは自身の身体から血の気が引いていくのを感じた。

「レオナ、さがれっ!」

 セリオスが腕を振り、アリティアに向かって走っていく。その声に反応して、リネアが自身の腕の中にレオナの頭をかかえ込むようにして抱きしめた。

 ガサガサガサッ!と長く続く音がした。それが、樹々の間をすり抜けてアリティアが落ちていく音だと気づいたときには、レオナはリネアの腕をふりほどいていた。

「奥様っ、いけませんっ!」
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