4 / 38
美しい声
4
しおりを挟む
***
テーブルの上に購入したばかりの詩集を置き、表紙を開く。
結局、七緒静華の詩集を買ってしまった。
私は彼女の詩が大好きだった。
はじめて七緒静華の詩に出会ったのは高校生の時で、本屋でたまたま手に取ったのがきっかけだった。
すごく有名な作家さんではなかったが、多感な年頃だった私は、彼女の詩にすぐに感情移入した。
当時、彼女について明かされていたのは、現役大学生ということだけ。年齢も近かったから、余計に共感したのだろう。
七緒静華の詩集はすべて持っている。全部で三冊。それなりに人気はあったのに、あまり多くはない。七緒静華は亡くなった。だから新刊は発売されない。そう噂されていた。
かばんからスマホを取り出し、某動画サイトに投稿された画像をクリックする。
スマホの画面に現れるのは、一人の女性。
肩まで伸びた黒髪に、時代遅れの髪留め。色白で、愛らしい大きな黒い瞳が際立つ、とても繊細で美しい人。そして、どこか儚げな雰囲気を持つ。
それが、七緒静華。
画面に映るのは、大学生の七緒静華。今回、詩集の発売にあわせて投稿された動画だ。
七緒静華の顔や声が公表されたのははじめてのことだった。
私はじっとその画面に見入っていた。いやになるほど、繰り返し見ている。再生回数は20万回を越えた。もう10年も前に亡くなった七緒静華は、こうして画面の中で生きている。
七緒静華は病室のベッドの上にいる。テーブルの上には、大学名の入った教科書の背表紙が見える。
七緒静華の出身大学は、私と同じ大学。とても身近な人だったみたい。
七緒静華の本名は、里中静香。
10年前は何もわからなかった彼女のことも、今はネット一つでわかってしまう時代。知りたいことも、知りたくないこともわかってしまう。
ベッドに座った彼女は恥ずかしそうに髪を撫で付けた後、コホンと照れ隠しにわざとらしい咳払いをした。
「はじめまして、七緒静華です」
それが第一声だった。
彼女はとても澄んだ綺麗な声をしてる。
彼女の声を聞いた人は、カナリアよりも綺麗と、評するかもしれないほど。そして、そんな美しい声で、彼女は衝撃的な言葉を口にする。
「私はあした死ぬかもしれません」
重い病気を患っている、と彼女は言う。
「私には好きな人がいます」
さらに七緒静華は語りかけてくる。
「とてもとても大好きな彼がいます。その彼に告白されました。私の命が尽きるその時まで、共に生きようと誓ってくれました。その彼に、この詩を捧げます」
画面に詩が流れる。
愛している
愛している
何万回囁いても、あなたの心は手に入らない
手を伸ばしてあなたに触れても
あなたの心には触れられない
愛している
愛している
こんなに伝えているのに
あなたは遠い
七緒静華は両手に顔をうずめて泣く。
「死にたくない……」
そこで動画は終了する。
私はふたたび再生ボタンを押した。何回も繰り返し見る。
流れる詩は、まるで今の私の気持ち。七緒静華はいつも私の気持ちを代弁してくれる。
食い入るように画面を見ていると、メールが届いた。佑樹からのメールだ。
今日は会える?
短いけど、私の様子をうかがっているのが痛いほど伝わる文面だった。
ごめんね。
佑樹からのメールに負けないぐらい短い言葉で返信する。
会えないとは書きたくない。会いたくないとも書きたくない。
こうやって少しずつ、距離をおいていけばいいのだと思う。
今、どこ?
佑樹からの返信には気づかないふりをした。
今日は七緒静華の詩集を読みたい。彼女が彼への思いを込めた最期の詩集。
彼女が亡くなり、10年経った今、なぜ未発表作品を集めた詩集が発売されたのかはわからない。だけどここには10年前の彼女の気持ちが込められている。
私は少しでもそれを知りたいと思ってる。
私は詩を読み上げる。彼女の美しいその声で。
テーブルの上に購入したばかりの詩集を置き、表紙を開く。
結局、七緒静華の詩集を買ってしまった。
私は彼女の詩が大好きだった。
はじめて七緒静華の詩に出会ったのは高校生の時で、本屋でたまたま手に取ったのがきっかけだった。
すごく有名な作家さんではなかったが、多感な年頃だった私は、彼女の詩にすぐに感情移入した。
当時、彼女について明かされていたのは、現役大学生ということだけ。年齢も近かったから、余計に共感したのだろう。
七緒静華の詩集はすべて持っている。全部で三冊。それなりに人気はあったのに、あまり多くはない。七緒静華は亡くなった。だから新刊は発売されない。そう噂されていた。
かばんからスマホを取り出し、某動画サイトに投稿された画像をクリックする。
スマホの画面に現れるのは、一人の女性。
肩まで伸びた黒髪に、時代遅れの髪留め。色白で、愛らしい大きな黒い瞳が際立つ、とても繊細で美しい人。そして、どこか儚げな雰囲気を持つ。
それが、七緒静華。
画面に映るのは、大学生の七緒静華。今回、詩集の発売にあわせて投稿された動画だ。
七緒静華の顔や声が公表されたのははじめてのことだった。
私はじっとその画面に見入っていた。いやになるほど、繰り返し見ている。再生回数は20万回を越えた。もう10年も前に亡くなった七緒静華は、こうして画面の中で生きている。
七緒静華は病室のベッドの上にいる。テーブルの上には、大学名の入った教科書の背表紙が見える。
七緒静華の出身大学は、私と同じ大学。とても身近な人だったみたい。
七緒静華の本名は、里中静香。
10年前は何もわからなかった彼女のことも、今はネット一つでわかってしまう時代。知りたいことも、知りたくないこともわかってしまう。
ベッドに座った彼女は恥ずかしそうに髪を撫で付けた後、コホンと照れ隠しにわざとらしい咳払いをした。
「はじめまして、七緒静華です」
それが第一声だった。
彼女はとても澄んだ綺麗な声をしてる。
彼女の声を聞いた人は、カナリアよりも綺麗と、評するかもしれないほど。そして、そんな美しい声で、彼女は衝撃的な言葉を口にする。
「私はあした死ぬかもしれません」
重い病気を患っている、と彼女は言う。
「私には好きな人がいます」
さらに七緒静華は語りかけてくる。
「とてもとても大好きな彼がいます。その彼に告白されました。私の命が尽きるその時まで、共に生きようと誓ってくれました。その彼に、この詩を捧げます」
画面に詩が流れる。
愛している
愛している
何万回囁いても、あなたの心は手に入らない
手を伸ばしてあなたに触れても
あなたの心には触れられない
愛している
愛している
こんなに伝えているのに
あなたは遠い
七緒静華は両手に顔をうずめて泣く。
「死にたくない……」
そこで動画は終了する。
私はふたたび再生ボタンを押した。何回も繰り返し見る。
流れる詩は、まるで今の私の気持ち。七緒静華はいつも私の気持ちを代弁してくれる。
食い入るように画面を見ていると、メールが届いた。佑樹からのメールだ。
今日は会える?
短いけど、私の様子をうかがっているのが痛いほど伝わる文面だった。
ごめんね。
佑樹からのメールに負けないぐらい短い言葉で返信する。
会えないとは書きたくない。会いたくないとも書きたくない。
こうやって少しずつ、距離をおいていけばいいのだと思う。
今、どこ?
佑樹からの返信には気づかないふりをした。
今日は七緒静華の詩集を読みたい。彼女が彼への思いを込めた最期の詩集。
彼女が亡くなり、10年経った今、なぜ未発表作品を集めた詩集が発売されたのかはわからない。だけどここには10年前の彼女の気持ちが込められている。
私は少しでもそれを知りたいと思ってる。
私は詩を読み上げる。彼女の美しいその声で。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
112
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる