何万回囁いても

水城ひさぎ

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美しい声

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 テーブルの上に購入したばかりの詩集を置き、表紙を開く。

 結局、七緒静華の詩集を買ってしまった。

 私は彼女の詩が大好きだった。

 はじめて七緒静華の詩に出会ったのは高校生の時で、本屋でたまたま手に取ったのがきっかけだった。

 すごく有名な作家さんではなかったが、多感な年頃だった私は、彼女の詩にすぐに感情移入した。

 当時、彼女について明かされていたのは、現役大学生ということだけ。年齢も近かったから、余計に共感したのだろう。

 七緒静華の詩集はすべて持っている。全部で三冊。それなりに人気はあったのに、あまり多くはない。七緒静華は亡くなった。だから新刊は発売されない。そう噂されていた。

 かばんからスマホを取り出し、某動画サイトに投稿された画像をクリックする。

 スマホの画面に現れるのは、一人の女性。
 肩まで伸びた黒髪に、時代遅れの髪留め。色白で、愛らしい大きな黒い瞳が際立つ、とても繊細で美しい人。そして、どこか儚げな雰囲気を持つ。

 それが、七緒静華。

 画面に映るのは、大学生の七緒静華。今回、詩集の発売にあわせて投稿された動画だ。

 七緒静華の顔や声が公表されたのははじめてのことだった。

 私はじっとその画面に見入っていた。いやになるほど、繰り返し見ている。再生回数は20万回を越えた。もう10年も前に亡くなった七緒静華は、こうして画面の中で生きている。

 七緒静華は病室のベッドの上にいる。テーブルの上には、大学名の入った教科書の背表紙が見える。

 七緒静華の出身大学は、私と同じ大学。とても身近な人だったみたい。

 七緒静華の本名は、里中静香さとなかしずか

 10年前は何もわからなかった彼女のことも、今はネット一つでわかってしまう時代。知りたいことも、知りたくないこともわかってしまう。

 ベッドに座った彼女は恥ずかしそうに髪を撫で付けた後、コホンと照れ隠しにわざとらしい咳払いをした。

「はじめまして、七緒静華です」

 それが第一声だった。

 彼女はとても澄んだ綺麗な声をしてる。

 彼女の声を聞いた人は、カナリアよりも綺麗と、評するかもしれないほど。そして、そんな美しい声で、彼女は衝撃的な言葉を口にする。

「私はあした死ぬかもしれません」

 重い病気を患っている、と彼女は言う。

「私には好きな人がいます」

 さらに七緒静華は語りかけてくる。

「とてもとても大好きな彼がいます。その彼に告白されました。私の命が尽きるその時まで、共に生きようと誓ってくれました。その彼に、この詩を捧げます」

 画面に詩が流れる。

 愛している
 愛している
 何万回囁いても、あなたの心は手に入らない
 手を伸ばしてあなたに触れても
 あなたの心には触れられない

 愛している
 愛している
 こんなに伝えているのに
 あなたは遠い

 七緒静華は両手に顔をうずめて泣く。

「死にたくない……」

 そこで動画は終了する。

 私はふたたび再生ボタンを押した。何回も繰り返し見る。

 流れる詩は、まるで今の私の気持ち。七緒静華はいつも私の気持ちを代弁してくれる。

 食い入るように画面を見ていると、メールが届いた。佑樹からのメールだ。

 今日は会える?

 短いけど、私の様子をうかがっているのが痛いほど伝わる文面だった。

 ごめんね。

 佑樹からのメールに負けないぐらい短い言葉で返信する。

 会えないとは書きたくない。会いたくないとも書きたくない。
 こうやって少しずつ、距離をおいていけばいいのだと思う。

 今、どこ?

 佑樹からの返信には気づかないふりをした。

 今日は七緒静華の詩集を読みたい。彼女が彼への思いを込めた最期の詩集。

 彼女が亡くなり、10年経った今、なぜ未発表作品を集めた詩集が発売されたのかはわからない。だけどここには10年前の彼女の気持ちが込められている。

 私は少しでもそれを知りたいと思ってる。

 私は詩を読み上げる。彼女の美しいその声で。
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