何万回囁いても

水城ひさぎ

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彼の瞳に映るもの

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 日曜日、亜紀をランチに誘い、ファミレスへやってきた。

 ファミレスでなら、ゆっくり話ができる。佑樹とのことを話そう。そう決意していた。

「何かあったー?」

 ハンバーグランチが運ばれてくると、亜紀はそう切り出した。声のトーンは高いのに、心配そうな顔してる。私を気づかってくれてるんだと思う。

「佑樹とね、別れようと思って。だからもう、二週間会ってないの」

 それを言葉にすると悲しくなる。力が抜ける。

「二週間も会ってないのっ?」

 亜紀はひどく驚いた声をあげた。

「うん……。もういいって感じ」
「もういい?」
「もう、疲れちゃったの」

 大きなため息を吐いて、うなだれる。

 佑樹のことで悩みすぎたみたい。私の体調は最悪だ。彼のことを考えるだけで吐き気を覚えるようになっている。

 この二年間、一度も佑樹に愛されていなかったのだと知ってしまった。これ以上、佑樹の側にいても、駄目になるだけだと思う。

「何があったのよ」

 強い口調ではなく、疲弊する私をいたわるような口調で、亜紀は尋ねる。

 私の苦しみが伝染してしまったみたい。亜紀がつらそうに顔をしかめるから、余計に苦しくなる。

 すべてを吐き出してしまっていいんだろうか。不安になる。私の話を受け止める亜紀を想像してしまうと、すべてを話そうと思っていた決意が揺らぐ。だから私は、どうしても受け入れがたい事実だけを隠し、亜紀に伝えた。

「佑樹、ほかに好きな人がいるの」

 一瞬、亜紀はなんのことかわからないといった顔をした。それもそのはず。少し前までは本当に仲の良い恋人同士だったのだ。

「ほんとなの?」

 目を見開く亜紀は、半信半疑な様子で尋ねてくる。

「うん……」
「佑樹さんがそう言ったの?」
「ううん」
「じゃあ、何かの間違いかもしれないじゃない」

 いさめようとしてくれる亜紀の好意はわかるのに、どうしても応えられない。

「もう別れる決心はしたの」
「決めたの?」
「うん……」
「あんなに好きだったのに?」

 亜紀の言葉に涙が込み上げる。

 佑樹のことは今でも好き。その思いは昔と変わらない。だけど、佑樹はそうじゃない。私を愛してない。それを知ってしまったからもう、元通りになるなんてことはないのだ。

「後悔するよ」
「もうしてる……」

 私の口もとには笑いが浮かぶ。苦い笑い。

「もっとはやく気づけば良かった」
「何に?」
「……佑樹ね」
「うん」

 亜紀にはずっと黙っていたことがある。そういうことはあると思ってたから、気にもとめてなかったこと。

「佑樹のアパートにね、あったの」
「あったって?」

 優しく亜紀は問う。私が次の言葉を言いやすいように。だから私も、それを口にすることができる。

「佑樹ね、昔の彼女の写真、今でも大切に持ってるの」

 テーブルの上に投げ出された私の手を、亜紀が強く握る。大丈夫だよって言ってくれてるみたい。

「その人のこと、今でも忘れられないみたいなの」

 付き合い出して少ししてから、その写真の存在に気づいた。

 佑樹のアパートに出入りするようになって、彼に喜んでもらいたくて、時々留守の間に掃除をするようになった。そして、本棚の引き出しの中に無造作に入っていた写真を見てしまった。

 引き出しの中から、美しい女性と佑樹が笑顔で私を見ていた。いつも私に向けるその笑顔で、佑樹は私を見ていた。

 元カノの存在なんて当たり前だから気にはしなかった。そっと引き出しを閉めて、もう触らないことに決めた。

 写真のことを忘れたことはない。だけど、忘れさせてくれるぐらい佑樹が愛してくれたから、私はどんどん彼が好きになった。

 佑樹のためならなんでもしてあげたい。そう思えるぐらい愛していた。だから、裏切られてたんだって知った時の反動は大きかった。

 佑樹に会うことも、電話でやりとりすることさえも苦痛に感じるようになった。その時に、私たちはもう終わったんだ、終わるしかないんだって気づいた。

「佑樹さんには聞いたの? 元カノのこと」
「ううん」

 聞かなくたってわかる。私は証拠を握ってるから。

「もう会わないでおこうって思ってるの」
「自然消滅する気?」
「だって……」

 言葉が詰まる。目頭が熱くなる。佑樹を思うと、こんなに苦しい。

「会えば、別れたくないって思っちゃうんだもの」

 佑樹が好き。
 今でも好き。

 会えば、別れられなくなる。だけど、真実を知ってしまった今、騙されながら佑樹に愛されるのはつらい。

 何も知りたくなかった。佑樹をただ信じて、生きていきたかったのに。

 佑樹の優しさはあの人に向けられたもの。愛してると囁く言葉も、あの人に向けられたもの。

「結衣が好きだよ」

 佑樹はそう言った。

「結衣の声が大好きだよ」

 声が……好きだって。

「結衣、もっと声を聞かせて」

 佑樹は、何度も私にそう言った。
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