何万回囁いても

水城ひさぎ

文字の大きさ
5 / 38
彼の瞳に映るもの

1

しおりを挟む



 日曜日、亜紀をランチに誘い、ファミレスへやってきた。

 ファミレスでなら、ゆっくり話ができる。佑樹とのことを話そう。そう決意していた。

「何かあったー?」

 ハンバーグランチが運ばれてくると、亜紀はそう切り出した。声のトーンは高いのに、心配そうな顔してる。私を気づかってくれてるんだと思う。

「佑樹とね、別れようと思って。だからもう、二週間会ってないの」

 それを言葉にすると悲しくなる。力が抜ける。

「二週間も会ってないのっ?」

 亜紀はひどく驚いた声をあげた。

「うん……。もういいって感じ」
「もういい?」
「もう、疲れちゃったの」

 大きなため息を吐いて、うなだれる。

 佑樹のことで悩みすぎたみたい。私の体調は最悪だ。彼のことを考えるだけで吐き気を覚えるようになっている。

 この二年間、一度も佑樹に愛されていなかったのだと知ってしまった。これ以上、佑樹の側にいても、駄目になるだけだと思う。

「何があったのよ」

 強い口調ではなく、疲弊する私をいたわるような口調で、亜紀は尋ねる。

 私の苦しみが伝染してしまったみたい。亜紀がつらそうに顔をしかめるから、余計に苦しくなる。

 すべてを吐き出してしまっていいんだろうか。不安になる。私の話を受け止める亜紀を想像してしまうと、すべてを話そうと思っていた決意が揺らぐ。だから私は、どうしても受け入れがたい事実だけを隠し、亜紀に伝えた。

「佑樹、ほかに好きな人がいるの」

 一瞬、亜紀はなんのことかわからないといった顔をした。それもそのはず。少し前までは本当に仲の良い恋人同士だったのだ。

「ほんとなの?」

 目を見開く亜紀は、半信半疑な様子で尋ねてくる。

「うん……」
「佑樹さんがそう言ったの?」
「ううん」
「じゃあ、何かの間違いかもしれないじゃない」

 いさめようとしてくれる亜紀の好意はわかるのに、どうしても応えられない。

「もう別れる決心はしたの」
「決めたの?」
「うん……」
「あんなに好きだったのに?」

 亜紀の言葉に涙が込み上げる。

 佑樹のことは今でも好き。その思いは昔と変わらない。だけど、佑樹はそうじゃない。私を愛してない。それを知ってしまったからもう、元通りになるなんてことはないのだ。

「後悔するよ」
「もうしてる……」

 私の口もとには笑いが浮かぶ。苦い笑い。

「もっとはやく気づけば良かった」
「何に?」
「……佑樹ね」
「うん」

 亜紀にはずっと黙っていたことがある。そういうことはあると思ってたから、気にもとめてなかったこと。

「佑樹のアパートにね、あったの」
「あったって?」

 優しく亜紀は問う。私が次の言葉を言いやすいように。だから私も、それを口にすることができる。

「佑樹ね、昔の彼女の写真、今でも大切に持ってるの」

 テーブルの上に投げ出された私の手を、亜紀が強く握る。大丈夫だよって言ってくれてるみたい。

「その人のこと、今でも忘れられないみたいなの」

 付き合い出して少ししてから、その写真の存在に気づいた。

 佑樹のアパートに出入りするようになって、彼に喜んでもらいたくて、時々留守の間に掃除をするようになった。そして、本棚の引き出しの中に無造作に入っていた写真を見てしまった。

 引き出しの中から、美しい女性と佑樹が笑顔で私を見ていた。いつも私に向けるその笑顔で、佑樹は私を見ていた。

 元カノの存在なんて当たり前だから気にはしなかった。そっと引き出しを閉めて、もう触らないことに決めた。

 写真のことを忘れたことはない。だけど、忘れさせてくれるぐらい佑樹が愛してくれたから、私はどんどん彼が好きになった。

 佑樹のためならなんでもしてあげたい。そう思えるぐらい愛していた。だから、裏切られてたんだって知った時の反動は大きかった。

 佑樹に会うことも、電話でやりとりすることさえも苦痛に感じるようになった。その時に、私たちはもう終わったんだ、終わるしかないんだって気づいた。

「佑樹さんには聞いたの? 元カノのこと」
「ううん」

 聞かなくたってわかる。私は証拠を握ってるから。

「もう会わないでおこうって思ってるの」
「自然消滅する気?」
「だって……」

 言葉が詰まる。目頭が熱くなる。佑樹を思うと、こんなに苦しい。

「会えば、別れたくないって思っちゃうんだもの」

 佑樹が好き。
 今でも好き。

 会えば、別れられなくなる。だけど、真実を知ってしまった今、騙されながら佑樹に愛されるのはつらい。

 何も知りたくなかった。佑樹をただ信じて、生きていきたかったのに。

 佑樹の優しさはあの人に向けられたもの。愛してると囁く言葉も、あの人に向けられたもの。

「結衣が好きだよ」

 佑樹はそう言った。

「結衣の声が大好きだよ」

 声が……好きだって。

「結衣、もっと声を聞かせて」

 佑樹は、何度も私にそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...