君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

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君の世界は森で華やぐ 〜2〜

不穏なふたり 3

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「って言うの、空さん」
「ふーん」

 空さんが帰ったあと、リビングでミルクを温めていた寛人さんに一連の話をすると、彼は興味なさげにあいづちを打った。

「ねー、寛人さんはどう思う?」
「ゆかりちゃんはお節介だね」
「えっ、お節介ってっ」

 薄笑いする彼と目を合わせたら、みるみるうちにほおが熱くなる。図星をさされた私は真っ赤だろう。

 クッキーを丸皿に乗せ、ホットミルクを差し出しながら、彼が言う。

「行くの?」
「え、あっ……、行かないと、空さんはずっと寛人さんに会いに来るでしょ?」
「会いに来たらダメなんだ?」

 ふふん、と優越そうにする彼が憎らしい。お互いの愛を確かめ合ったら、彼はこんなふうに私をからかうのだ。

「寛人さんが迷惑がってると思うからよ」
「絵は、好きにしたらいいよ」
「空さんがギャラリストになるために利用されてもいいっていうの?」
「大げさだね」

 おかしそうに彼は笑う。

「いいわ、もうちょっと考えるから」
「毎日忙しいね」
「このぐらいがいいの」
「そうだね。行っておいでよ」
「うん、そうする」

 寛人さんは私の言動を否定しないで、背中を押してくれる。だから、私は自由でいられる。

 きっと、私の望む世界を彼はこうやって、これからも色鮮やかにしてくれるのだろう。



 翌週、私はギャラリー・シエルの工事現場を訪れていた。しかし、約束の時間になっても、空さんがやってくる気配がない。

 どうしちゃったのだろう。
 からかわれてるのかしら。

 この期に及んで、そんなことあるだろうかと、困惑しながら腕時計に視線を落としたとき、どこからか話し声が聞こえてきた。

 辺りを見回す。工事車両が出入りしていて、今まで気づかなかったみたい。声は、ギャラリーの中から聞こえてきている。

 まだ外構工事が終わっていないエントランスに踏み込むと、ガラス張りの室内の奥に、空さんとひとりの男性の姿が見えた。

 男性は50代ぐらいだろうか。きっと、彼が小野寺天秀だろう。佳奈子さんがイケメンのおじさんだと言っただけあって、品のある風貌をしている。

「お願いしますっ。私、小野寺さんと一緒に働きたいんです」

 空さんは小野寺に詰め寄っているようだった。彼は、困るというより、険しい表情で手を振り、彼女にノーのサインを送る。

 空さんと小野寺はどんな関係なのだろう。ふと、ふたりを見ていたら、素朴な疑問が浮かんだ。

 空さんは大学時代に絵画コンクールに参加し、寛人さんの『海の虹』に出会った。その後、画家になる夢を捨て、ギャラリストになる道を選んだ。

 その過程で、小野寺天秀を知ったのだとしても、こうやって工事中のギャラリーに押しかけて、ギャラリストとして採用してくれと迫るのは、普通ではないと思う。

 空さんが「どうして……」と両手に顔をうずめると、小野寺の腕が彼女の肩に伸びた。そして、なぐさめるように触れた瞬間、彼は何か触れてはいけないものに触れたような罪悪感を見せ、彼女に背を向けた。

 小野寺がこちらへ顔を向ける。私はとっさに近くにあった、積み上げられたブロックに隠れ、胸に手をあてた。

 ドキドキしている。何か、見てはいけないものを見たような気がした。

 どうしよう。気まずい。このまま、空さんに会える気がしない。

 そう思ったら、駆け出していた。

 時折、つまづきながら、砂利道を走って森の家へと向かった。家の垣根が見えてくると、今度は不安になった。約束したのに行かなかったら、彼女が困るだろう。

 やっぱり、戻ろうか。迷って、うろうろしていると、アプローチの奥から寛人さんが現れた。

 私に気づくと、彼は玄関の中へ入っていく。一緒に、コーヒーでも飲もう、と言ってくれたみたい。

 引き返すのはあきらめて、森の家へと足を踏み込んだ。

「ゆかりちゃんは真面目だね。気にすることないのに」

 小野寺と空さんの作り出す雰囲気に驚いて、逃げ帰ってきてしまったのだと話すと、寛人さんは愉快げに目を細めた。

「だって、ほんとにびっくりしちゃったの」

 面接を受けに来た若い女の子の肩を気やすく触れるなんて、普通じゃあり得ない。空さんだって、雇用主に見せる態度じゃなかった。

「そんなに、驚いた?」
「うん、それはもう。あのふたり、仕事以外でも何か関係があるんだと思うわ」
「へえ」
「何、その疑うような言い方。こう見えても、直感が鋭いんだから、私」
「疑ってないよ」

 そう言うけど、やっぱり彼の目は楽しそうに笑ってる。

「若い子って、年上の男の人に憧れがちよね」
「そうかな」
「そうよ。小野寺さんだって、素敵なおじさまって感じだったわ」
「ふーん」

 ちょっと面白くなさそうに、彼はコーヒーの入ったマグカップを口もとに運ぶ。

「あっ、私は別に、年上の人に憧れたりしないから」
「何も言ってないよ」
「言ってなくてもわかるの」
「直感が鋭いからね」
「もう、茶化さないで。私はただ、空さんがやけに小野寺さんに執着してるのが気になっただけ。あのふたり、何かあるのよ」
「何かって、何?」
「それは……、アレよ」

 ちらっと、寛人さんの様子をうかがう。彼は言いにくそうにする私の見解なんて興味ないみたいに、クッキーをつまむ。

「だからその、小野寺さんと空さん、付き合ってるのよ。もっと言えば、不倫してるんだと思うわ」

 決めつけるように言ってしまったら、恥ずかしくなった。下世話な会話など、寛人さんが興味なくて当然だ。

「やだ……、余計なお世話よね」

 赤くなるほおを両手で包み込むと、寛人さんはちょっと息を漏らして笑った。

「想像力豊かだね、ゆかりちゃんは」
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