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元彼は記憶喪失
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「すっかり長居しちゃったな。基哉さんって話好きだし、面白いからついつい飲みすぎちゃうんだよ」
シオンを出ると、拓海は申し訳なさそうに頭を下げたが、どこか浮かれた様子で細い路地を進んだ。
大通りに出るより、裏道を通った方がアパートまではやく帰れるからと、いつもこの道を通るのだと教えてくれたが、こうやって近道しようとするぶしょう者だから、普段は安全なはずの場所で川に落ちたのかもしれないと、決まりが悪そうに笑った。
「ほとんどお酒の話してたね。拓海、お酒好きなんだね」
「酔っ払って川に落ちるぐらいなんだから、相当好きだったんだろうなぁ。今はひかえめにしてるけど、今日は飲みすぎたな」
「楽しいお酒だった?」
尋ねると、拓海はいきなり足を止めて、じっと光莉を見入る。
「光莉に会えたからかな。いつも基哉さんから聞かされる、現実味のない俺の話ばっかりだけど、今日は俺が覚えてる光莉という存在に出会えたから」
「そう」
歯の浮くようなセリフに光莉は内心どきりとしたが、さらりと受け流した。それでも彼は、吹っ切れたような清々しい笑顔で空を見上げ、ふたたび歩き出す。
「光莉のおかげなんだろうな。俺にとっては初対面みたいなもんなのに、こんなふうに自然に話せてるのもうれしくってさ」
「拓海は最初から人見知りしない人だったよ。高校一年の初めての席替えで隣同士の席になって、拓海から話しかけてくれたんだよ」
よろしくな、ってずいぶん気安く話しかけてきた拓海は、のちに、入学式のときに光莉を見かけてかわいいって思ってたんだ、と照れながら告白してくれた。
それももう忘れてしまったのだろう。だけれど、別れたことも忘れているなら、思い出さなくてもいいのだと思ってしまう。
「ずいぶん人なつこいんだな、俺は」
「誰にでも親切な人だったよ」
「誰にでもって、それ、褒め言葉?」
拓海はくすくすと上機嫌に笑う。
「八方美人だって言ったつもりはないよ」
「それでもいいよ。光莉から聞く俺の話は違和感なく受け入れられるんだ。たとえば、真面目にコツコツ働く部下思いの人間で、会社じゃ同期の中で一番の出世頭だったって聞かされてもさ、全然ピンとは来ないっていうか」
そうやって、会社の人から言われたのだろう。ずいぶん優秀な人材みたいだ。
「そう? 高校のときも学級委員に立候補してたし、文化祭も体育祭も盛り上げてた。私の知ってる拓海のイメージ通りだと思うよ。どんな仕事してるの?」
「カメラ部品の営業」
「えっ、そうなんだ? 拓海、カメラいじるの好きだったもんね。将来はカメラ関係の仕事に就きたいって言ってたんだよ。夢を叶えてたんだね」
光莉が我がことのように喜ぶと、彼も得意げな顔をする。
「そうなんだよ。写真館で働く祖父の影響で、小さい頃からカメラが好きでさ。今でもカメラの構造はバッチリ覚えてる。そういうのは不思議と忘れてないんだよな」
「写真部にいるのに、ろくに撮らないで、カメラいじりばっかりしてたんだよ」
「そんなやつだった? 俺。光莉も写真部なんだよな?」
「うん、そう。拓海はカメラが好きだったけど、私は写真を撮るのが好きだった」
「光莉は今でも写真撮ってる?」
「すっかり長居しちゃったな。基哉さんって話好きだし、面白いからついつい飲みすぎちゃうんだよ」
シオンを出ると、拓海は申し訳なさそうに頭を下げたが、どこか浮かれた様子で細い路地を進んだ。
大通りに出るより、裏道を通った方がアパートまではやく帰れるからと、いつもこの道を通るのだと教えてくれたが、こうやって近道しようとするぶしょう者だから、普段は安全なはずの場所で川に落ちたのかもしれないと、決まりが悪そうに笑った。
「ほとんどお酒の話してたね。拓海、お酒好きなんだね」
「酔っ払って川に落ちるぐらいなんだから、相当好きだったんだろうなぁ。今はひかえめにしてるけど、今日は飲みすぎたな」
「楽しいお酒だった?」
尋ねると、拓海はいきなり足を止めて、じっと光莉を見入る。
「光莉に会えたからかな。いつも基哉さんから聞かされる、現実味のない俺の話ばっかりだけど、今日は俺が覚えてる光莉という存在に出会えたから」
「そう」
歯の浮くようなセリフに光莉は内心どきりとしたが、さらりと受け流した。それでも彼は、吹っ切れたような清々しい笑顔で空を見上げ、ふたたび歩き出す。
「光莉のおかげなんだろうな。俺にとっては初対面みたいなもんなのに、こんなふうに自然に話せてるのもうれしくってさ」
「拓海は最初から人見知りしない人だったよ。高校一年の初めての席替えで隣同士の席になって、拓海から話しかけてくれたんだよ」
よろしくな、ってずいぶん気安く話しかけてきた拓海は、のちに、入学式のときに光莉を見かけてかわいいって思ってたんだ、と照れながら告白してくれた。
それももう忘れてしまったのだろう。だけれど、別れたことも忘れているなら、思い出さなくてもいいのだと思ってしまう。
「ずいぶん人なつこいんだな、俺は」
「誰にでも親切な人だったよ」
「誰にでもって、それ、褒め言葉?」
拓海はくすくすと上機嫌に笑う。
「八方美人だって言ったつもりはないよ」
「それでもいいよ。光莉から聞く俺の話は違和感なく受け入れられるんだ。たとえば、真面目にコツコツ働く部下思いの人間で、会社じゃ同期の中で一番の出世頭だったって聞かされてもさ、全然ピンとは来ないっていうか」
そうやって、会社の人から言われたのだろう。ずいぶん優秀な人材みたいだ。
「そう? 高校のときも学級委員に立候補してたし、文化祭も体育祭も盛り上げてた。私の知ってる拓海のイメージ通りだと思うよ。どんな仕事してるの?」
「カメラ部品の営業」
「えっ、そうなんだ? 拓海、カメラいじるの好きだったもんね。将来はカメラ関係の仕事に就きたいって言ってたんだよ。夢を叶えてたんだね」
光莉が我がことのように喜ぶと、彼も得意げな顔をする。
「そうなんだよ。写真館で働く祖父の影響で、小さい頃からカメラが好きでさ。今でもカメラの構造はバッチリ覚えてる。そういうのは不思議と忘れてないんだよな」
「写真部にいるのに、ろくに撮らないで、カメラいじりばっかりしてたんだよ」
「そんなやつだった? 俺。光莉も写真部なんだよな?」
「うん、そう。拓海はカメラが好きだったけど、私は写真を撮るのが好きだった」
「光莉は今でも写真撮ってる?」
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