記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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君を守りたくて

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「ごめん、話聞こえた」

 電話を切ると、情けない表情で拓海は頭を下げた。

 すぐさま首を左右に振るが、光莉は途方にくれている。行かなきゃ、と焦る気持ちはあるけれど、どこへ行けばいいのか、まったく考えられない。

「光莉の親父さん、今から日本に来るって言ってたよな。海外にいるのか?」
「あ……、うん。父はロスにいる。朝の便に乗るって言ってたから、着くのは明日のお昼になるかな」

 どこか、うわの空で答えた。

「明日か……。光莉はどうする? これから仕事なんだよな?」

 拓海の言葉は混乱から抜け出す道に導いてくれる指標のようだ。光莉は少しずつ落ち着きを取り戻す。

「仕事には行かない。父を待って、一緒に警察に行かなきゃ」
「そうだな。とりあえず、部屋に戻るか。顔が真っ青だ」

 拓海はキャリーバッグをつかむと、光莉の背中に手を回し、101号室のドアへ向かおうとする。しかし、立ち尽くしたままの光莉に気づくと、心配そうに顔をのぞき込む。

「どうした?」
「ごめん。入れない」
「入れないって、どういう意味?」

 光莉は目をそらす。答えられないのが答えだ。それを察したのか、拓海が口を開く。

「理乃って人の部屋だから?」

 そう尋ねる彼の目には有無を言わせない力強さがある。もうごまかしはきかないだろう。そう思えて、光莉は息をつく。

「……拓海に嘘ついてた」
「やっぱり、そうか」

 予想はしていても、実際に明言されるとショックを隠しきれないようで、彼はわずかに自嘲気味に笑う。

「何が嘘で何が嘘じゃないかなんて、今の俺じゃわかりっこないしさ、光莉にしてみたら、なんで久しぶりに会った男に本当の話しなきゃいけないんだって思うよな」
「そんなふうに言わないでよ。拓海は悪くない」
「光莉を責めてるわけじゃない。俺はただ、光莉に会えて勝手に舞い上がってただけなんだよなって自覚させられたっていうか……。でもやっぱり、ちょっとはショックだよ。今までの話、何が嘘だった? 俺たちが学生時代に付き合ってたっていうのも、嘘だった?」
「拓海……」

 どこか絶望したような拓海に胸が痛む。

 思ってる以上に彼を傷つけてしまっている。記憶のない拓海にとって、友人や同僚はいても、彼らはいないに等しい存在。

 そんな中、唯一覚えていた光莉に出会った。光莉の存在は彼にとって希望だったはずだ。記憶が取り戻せるかもしれないと期待した。そんな気持ちまで踏みにじってしまったのだと気づいて、光莉は情けなくなった。

「それは嘘じゃない。私たちは嫌いになって別れたわけじゃないから、拓海に意地悪するつもりもなかった」

 ただ、関わらないようにしなきゃと思っていただけだ。理乃から拓海を守るには、それしか方法がないと信じていたから。

 私たちは好き合ったまま仕方なく別れたと言ったように聞こえたのかもしれない。複雑そうに唇を震わせた彼は、何かを飲み込むようにこぶしを握ると尋ねてくる。

「理乃って、誰?」

 もう嘘はつかない。心の中で、苦しげな拓海に誓うと、光莉は真実を口にする。

「私の姉。姉って言っても、同い年なんだけど」
「同い年のお姉さん?」
「理乃は父の前妻の娘で、私たちは異母姉妹だから」
「じゃあ、苗字が違ったりする?」

 なぜか、拓海はそんなことを気にした。

「あ……、そうだね。理乃は松村……松村理乃だよ」

 そう言うと、納得する様子で、彼は一つ大きくうなずく。

「さっき、理乃のアパートって言ってたけど、このアパートを借りてるのは、お姉さんなんだ?」
「うん。私は住んでない。理乃と連絡が取れなくなった父の代わりに、私がここへ来ただけ。そうしたら、拓海に会った」
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