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君を守りたくて
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「お父さんっ、こっちこっち」
拓海の運転する車で、羽田空港まで父の陽介を迎えに来た光莉は、到着ロビーから出てきた父の姿を見つけると、手を振った。
「ああ、光莉。わざわざ迎えに来てくれたのか。……彼は?」
早足でやってくるなり、隣に立つ拓海へ視線を移す父に、彼を紹介する。
「高校時代の友人で、月島拓海くん。車出してくれるって言うから、一緒に」
「はじめまして、月島です」
「光莉の友だち?」
父がふしぎそうにつぶやく。それはそうだろう。アメリカに渡って以降、高校時代の話を父にしたことはない。すると、拓海が口を開く。
「お付き合いしてます」
「えっ!」
光莉と父は驚いて、同時に目を合わせる。
「そうなのか? 光莉」
「あ、えっと……、なんていうか……」
どうして拓海は嘘をついたんだろう。意図がわからなくて困ってしまう。
「まあいいか。月島くん、車で来てくれたんだよね。これから、警察署へ行かないといけないんだが……」
しどろもどろになる光莉をわずかに笑う父だが、すぐに表情を引き締める。
「お送りしますよ。ホテルの予約が必要なら、俺が代わりに」
「あ、いや、ホテルは大丈夫だ。いつも泊まるホテルがある。光莉は今、月島くんのところに?」
「もしかしたら、日本に長く滞在するかもっていうので、うちに。横浜なんですけど」
拓海は涼しい顔をして、さらりと答える。あまりに堂々としてるから、父は何も疑ってないみたいだ。
「状況によっては、すぐに帰れないかもしれない。迷惑かけるよ」
「いえ。今日はこのまま警察署に?」
「ああ、警視庁へ行かなきゃいけない」
「わかりました。俺の車で送ります」
拓海は父の荷物を受け取ると、車の後ろに回り込む。後部座席に乗り込んだ父を確認し、トランクを開けようとする彼に小声で言う。
「ちょっと拓海、どうして付き合ってるなんて言ったの?」
「なんで高校の友人が一緒なんだって変な顔してたからさ、恋人だって言っておけば、下手な説明もいらないだろ」
「だからって……」
「いるの? 彼氏」
いないとわかってて聞いてるような、茶化す目をしてる。連日、彼の部屋に泊まったのだから、今さらだけれど。
「いない。いないけど、それにしたって……」
「じゃあ、問題ないだろ。実際、あっさり納得してくれたしね。じゃあ、当分、そういうことで」
人なつこい笑顔を見せて押し切ってくる。これ以上、何を言っても無駄だろう。あきれて、助手席に乗り込む。
「高校時代の友だちというと、理乃のことも知ってるのかな?」
エンジンをかける拓海に、父が尋ねる。
「知ってるって言っても、名前と顔ぐらいだよ。私が理乃を探してるって言ったら、協力してくれるって」
すぐさま光莉が答える。拓海が記憶喪失だとか、そういう話をする必要はないと思った。
「そうか。それは申し訳なかったね。理乃は何かと奔放で、迷惑をかけてなきゃいいんだが」
ほとんどひとりごとのように言うと、父はため息をつき、沈黙する。
ルームミラーに映る父はひどく疲弊していた。長時間のフライトのせいだけではない。どんな性格であろうとも、父にとっての理乃はきっとかわいい娘だ。
だったらなぜ、妻の真理子を愛しながら、由紀子とも関係を持ったのか。光莉が宿らなければ、きっと父は真理子との結婚生活を継続していたんじゃないだろうか。
父の醜い男の一面を光莉は見たくない。そう思ってこれまで生きてきた。理乃は光莉に嫉妬していただろうが、光莉だって無条件に幸福だったわけではない。その気持ちを分かり合えるのは理乃しかいなかったのに、目を背けているうちに彼女はいなくなってしまった。
「本当に、理乃なのかな……」
光莉はぽつりとつぶやく。父は無言だった。理乃だと認めたくない思いがあるのかもしれない。
助手席の窓から外を眺める。大通りには無機質なビルが立ち並んでいる。この先で理乃は父が来るのを待っているのだろう。こんな形での再会は、光莉だって望んでいなかった。
「そろそろ着きますよ。近くで停めますね」
拓海がそう言うと、ようやく父が口を開く。
「ありがとう。悪いが、月島くん、光莉を連れて先に帰っていてくれないか」
「いいの? 私も行くよ」
父と一緒に警察まで行くつもりだった。驚いて振り返ると、父は首を横に振る。
「光莉は月島くんと待っていなさい」
「でも……」
「何かわかれば、連絡するから」
穏やかな口調だが、有無を言わせない表情を見せる父に何も言えなくて、光莉はうなずく。
拓海はパーキングを見つけると車を停め、すぐさまトランクから荷物を下ろす。父はそれを受け取ると、すぐにでも行こうとする。
「お父さんっ、待って」
気の張った父の背中に声をかける。
「どうした?」
話したいことはたくさんある。だけど、何から話せばいいかわからなくて、すぐには言葉が出てこない。
「大丈夫だ、光莉」
安心させるように言うと、父はそのまま足を踏み出す。急ぐ様子の父を引き止められない。
「また連絡するね」
「ああ。じゃあ、月島くん、光莉を頼むよ。今日はわざわざ悪かったね。助かったよ」
父は頭をさげる拓海に笑顔を見せたあと、すぐに厳しい顔つきになり、警視庁に向かって歩いていった。
「お父さんっ、こっちこっち」
拓海の運転する車で、羽田空港まで父の陽介を迎えに来た光莉は、到着ロビーから出てきた父の姿を見つけると、手を振った。
「ああ、光莉。わざわざ迎えに来てくれたのか。……彼は?」
早足でやってくるなり、隣に立つ拓海へ視線を移す父に、彼を紹介する。
「高校時代の友人で、月島拓海くん。車出してくれるって言うから、一緒に」
「はじめまして、月島です」
「光莉の友だち?」
父がふしぎそうにつぶやく。それはそうだろう。アメリカに渡って以降、高校時代の話を父にしたことはない。すると、拓海が口を開く。
「お付き合いしてます」
「えっ!」
光莉と父は驚いて、同時に目を合わせる。
「そうなのか? 光莉」
「あ、えっと……、なんていうか……」
どうして拓海は嘘をついたんだろう。意図がわからなくて困ってしまう。
「まあいいか。月島くん、車で来てくれたんだよね。これから、警察署へ行かないといけないんだが……」
しどろもどろになる光莉をわずかに笑う父だが、すぐに表情を引き締める。
「お送りしますよ。ホテルの予約が必要なら、俺が代わりに」
「あ、いや、ホテルは大丈夫だ。いつも泊まるホテルがある。光莉は今、月島くんのところに?」
「もしかしたら、日本に長く滞在するかもっていうので、うちに。横浜なんですけど」
拓海は涼しい顔をして、さらりと答える。あまりに堂々としてるから、父は何も疑ってないみたいだ。
「状況によっては、すぐに帰れないかもしれない。迷惑かけるよ」
「いえ。今日はこのまま警察署に?」
「ああ、警視庁へ行かなきゃいけない」
「わかりました。俺の車で送ります」
拓海は父の荷物を受け取ると、車の後ろに回り込む。後部座席に乗り込んだ父を確認し、トランクを開けようとする彼に小声で言う。
「ちょっと拓海、どうして付き合ってるなんて言ったの?」
「なんで高校の友人が一緒なんだって変な顔してたからさ、恋人だって言っておけば、下手な説明もいらないだろ」
「だからって……」
「いるの? 彼氏」
いないとわかってて聞いてるような、茶化す目をしてる。連日、彼の部屋に泊まったのだから、今さらだけれど。
「いない。いないけど、それにしたって……」
「じゃあ、問題ないだろ。実際、あっさり納得してくれたしね。じゃあ、当分、そういうことで」
人なつこい笑顔を見せて押し切ってくる。これ以上、何を言っても無駄だろう。あきれて、助手席に乗り込む。
「高校時代の友だちというと、理乃のことも知ってるのかな?」
エンジンをかける拓海に、父が尋ねる。
「知ってるって言っても、名前と顔ぐらいだよ。私が理乃を探してるって言ったら、協力してくれるって」
すぐさま光莉が答える。拓海が記憶喪失だとか、そういう話をする必要はないと思った。
「そうか。それは申し訳なかったね。理乃は何かと奔放で、迷惑をかけてなきゃいいんだが」
ほとんどひとりごとのように言うと、父はため息をつき、沈黙する。
ルームミラーに映る父はひどく疲弊していた。長時間のフライトのせいだけではない。どんな性格であろうとも、父にとっての理乃はきっとかわいい娘だ。
だったらなぜ、妻の真理子を愛しながら、由紀子とも関係を持ったのか。光莉が宿らなければ、きっと父は真理子との結婚生活を継続していたんじゃないだろうか。
父の醜い男の一面を光莉は見たくない。そう思ってこれまで生きてきた。理乃は光莉に嫉妬していただろうが、光莉だって無条件に幸福だったわけではない。その気持ちを分かり合えるのは理乃しかいなかったのに、目を背けているうちに彼女はいなくなってしまった。
「本当に、理乃なのかな……」
光莉はぽつりとつぶやく。父は無言だった。理乃だと認めたくない思いがあるのかもしれない。
助手席の窓から外を眺める。大通りには無機質なビルが立ち並んでいる。この先で理乃は父が来るのを待っているのだろう。こんな形での再会は、光莉だって望んでいなかった。
「そろそろ着きますよ。近くで停めますね」
拓海がそう言うと、ようやく父が口を開く。
「ありがとう。悪いが、月島くん、光莉を連れて先に帰っていてくれないか」
「いいの? 私も行くよ」
父と一緒に警察まで行くつもりだった。驚いて振り返ると、父は首を横に振る。
「光莉は月島くんと待っていなさい」
「でも……」
「何かわかれば、連絡するから」
穏やかな口調だが、有無を言わせない表情を見せる父に何も言えなくて、光莉はうなずく。
拓海はパーキングを見つけると車を停め、すぐさまトランクから荷物を下ろす。父はそれを受け取ると、すぐにでも行こうとする。
「お父さんっ、待って」
気の張った父の背中に声をかける。
「どうした?」
話したいことはたくさんある。だけど、何から話せばいいかわからなくて、すぐには言葉が出てこない。
「大丈夫だ、光莉」
安心させるように言うと、父はそのまま足を踏み出す。急ぐ様子の父を引き止められない。
「また連絡するね」
「ああ。じゃあ、月島くん、光莉を頼むよ。今日はわざわざ悪かったね。助かったよ」
父は頭をさげる拓海に笑顔を見せたあと、すぐに厳しい顔つきになり、警視庁に向かって歩いていった。
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