記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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君を守りたくて

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「拓海、見て」
「ああ、警察が来てるな」

 ペンタプリズムB棟の駐車場に停まるパトカーに気づいて、光莉はほんの少し身を乗り出す。制服を着た警察官と大家の老婦人が、理乃の部屋の前で話し込んでいるのが見えた。

 拓海の車は駐車場の前をゆっくりと素通りすると、A棟の駐車場へと入る。こちらには警察官の姿はないが、野次馬だろうか、ちらほらと主婦らしき女の人たちの姿があった。

「本当に、理乃なんだね」

 光莉は息をつく。テレビで見ただけのニュースが、だんだんとリアルな現実となって押し寄せてくるようだ。身震いすると、拓海の手がそっと肩に触れる。そのぬくもりにほっとする。

「親父さんの連絡を待とう」

 今は考えたって仕方がない。拓海の言う通り、待つしかない。光莉は小さくうなずくと、拓海に背中を支えられながら、彼の部屋へと入る。

「松村の件が解決するまで、ここにいていいからさ」
「……うん、ありがとう」

 そのつもりで、拓海は父に交際宣言をしたのだろう。

 あのとき、すぐに否定して、父と同じホテルに泊まる選択もできたのに、光莉はそうしなかった。きっとまだ拓海と一緒にいたいのだ。高校時代と何も変わらない彼の清々しさに惹かれている。何年経っても、彼に再会するたびに心が揺さぶられるだろうと思うぐらいに。

「どうしてこんなに親切にしてくれるの?」
「言ったろ? 光莉がいてくれたら、俺は記憶を取り戻せるかもしれない」
「それだけ?」

 そう尋ねると、拓海は不意に真剣なまなざしをする。

「それだけじゃないって言ったら?」

 どきりとして、目をそらす。自分の不甲斐なさに情けなくなる。何かを期待して尋ねたのに、欲しい返答が聞けそうな気がしたら逃げ出したくなるなんて。

「光莉……」
「あっ、拓海。お父さんにあの話するの忘れてた」

 思い切り、話をそらす。彼は不満そうに口もとを歪めたが、深追いはしてこなかった。

「あの話?」
「理乃からのメール。あのメールの翌日に、理乃から会社に退職の電話があったことも」
「メールの話、してなかったんだ?」
「心配かけたくなくて」

 正直、知られたくなかったのは、父よりも母にだった。母は理乃のこととなると感情的になり、冷静な判断ができなくなる。そうなったときの母が父は苦手だ。自分の蒔いた罪が掘り起こされるような気がするからだろう。そして光莉もまた、家庭内の空気が気まずくなるのを好まなかった。

「親父さんから連絡あったら話してみるといいよ」
「そうだね。そうする」

 提案にうなずくと、大丈夫だから、というように拓海は光莉の後ろ頭をなでた。

 記憶はなくなっても、体は覚えているのだろうか。光莉が落ち込むと、彼はいつもこうやってなぐさめてくれていた。その大きな手に何度も救われて、そのたびに彼への思いが強くなるのを感じたものだった。

 その日の夜、父から連絡があった。内容は、『DNA鑑定することになった』というだけのものだった。

 きっともっといろいろわかってることはあるのだろうけど、話さないつもりなのだ。それは、巻き込みたくないという父の思いに加え、光莉には知らせたくない状況になっているからだと思った。

 理乃はかつて、本田家を困らせていたけれど、その行いに対する以上の報いを受けて亡くなったのだろう。

 光莉はずっと理乃から逃げてきた。理乃はもういないけれど、向き合うのは今しかない。姉妹にも友人にもなれなかった彼女だけれど、それでもやはり、光莉にとっては同じ父を持つ姉妹なのだから。
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