記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

文字の大きさ
27 / 75
君を守りたくて

8

しおりを挟む
 話したら、望まない真実が明るみになるかもしれない。そんなふうに考えていた自分がいたのだと、今さらながら思う。

 同時に、そんなはずはないという思いもある。だから、話してみようと思った。理乃の事件の捜査は始まっている。いずれ、拓海の耳にも入るだろう。そのときになって、どうして言わなかったんだと、失望する彼を見るのは望まないことだった。

「理乃は、どこかに行くつもりだったのかもしれない」
「どこかって? 何か心当たりでもあるのか?」

 光莉は息を深く吸い込み、それを告白する。

「理乃、赤村さんとは別に、好きな男の人がいたみたい」
「はっ? それ、本当か?」

 拓海はひどく驚いた顔をする。

 何も知らないみたいだ。当然だ。彼は記憶を失くしている。それも、理乃が行方不明になった日に。

 理乃の消息がわからなくなった日と、拓海が記憶喪失になった日は、同じ12日だ。彼は理乃とは関係ないと言ったけれど、そのことを知ったとき、そんな偶然あるんだろうかと真っ先に考えた。

 あの日、理乃は会社を辞め、新しい恋人である拓海と一緒にどこかへ行こうとしていた。そのとき、なんらかの事件に巻き込まれたとは考えられないだろうか。

「話してなかったっけ?」

 光莉はとぼけてみせた。

「初めて聞いたよ。誰から聞いた話?」
「もちろん、赤村さんからだよ」
「また赤村か……」

 赤村の話は信用できないと思ってるのだろう。彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……すごく重要な話だよね。話してなくて、ごめんね」

 肩をすぼめると、元気付けようとしてくれたのか、「いろいろあったから仕方ないさ」と彼が笑顔を見せるから、ますます申し訳なくなる。

 もしかしたら、理乃の新しい恋人は拓海かもしれないなんて、一瞬でも考えたとは言い出せない。だけれど、完全に否定できない自分はまだいる。

 理乃は光莉からすべてを奪おうとしてきた。そのすべての中に、拓海がいない保証なんてないのだ。

「気にするなよ。警察が赤村を調べないはずないだろ? きっと、赤村がそのことは警察に話してるさ」
「そうだよね」
「電話の件も、別れた理由も、全部赤村の嘘かもしれないしさ、俺たちには手がかりが少なすぎるよな」

 拓海がそう嘆いたとき、アパートのチャイムが鳴った。珍しい。誰かが訪ねてくるのは、光莉が知る限り、初めてだ。

「誰かな?」
「母さんじゃないと思うけどな」
「お母さんっ?」

 拓海の? すっかり失念していたが、拓海の身体を気づかって、このアパートを借りたぐらいなのだ。様子を見に来ないわけがない。

「まあ、母さんでもいいよ」

 笑いながらリビングを出ていく拓海の背中を追いかけて、どきどきしながらドアの隙間から玄関の様子をのぞく。光莉が見守る中、押し開かれた玄関ドアの奥に立っていたのは、女の人ではなく、スーツ姿の男だった。

 男は胸元から取り出した身分証のようなものを差し出す。それをのぞき込む拓海に、男は淡々と言った。

「警視庁捜査一課の若村わかむらです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~

梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは 「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」 そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。 雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...