18 / 75
理乃の行方
7
しおりを挟むタクシーを降りると、理乃の部屋の前に立っている老婦人がこちらへ顔を向けた。誰だろう? と探るような目をしているから、光莉はゆっくり頭を下げ、キャリーバッグを引きながら彼女へ向かった。
「101号室に何か?」
「ここの大家ですけど、あなたは?」
生成りのブラウスが似合う彼女は、じろじろと無遠慮に光莉を観察する。普段はこんなふうに人を眺めない人なんだろうなと思わせるような、品の良い佇まいの老婦人だ。
「あっ、大家さんっ。先日はご連絡ありがとうございました。松村理乃の親族のものです」
「もしかして、本田さん?」
「はい。父は仕事なので、娘の私が代わりに。2日前に家賃は振り込みましたけど、大丈夫でしたか?」
「ええ、確認できましたよ。あなた、わざわざ、アメリカから?」
光莉のキャリーバッグがどうにも気になっているようで、彼女は足もとを見ながら聞いてくる。
「理乃と連絡が取れないって父から聞いて、心配で来てみたんです。大家さんがいらしてるなんて、何かありましたか?」
「ああ、いえね。苦情があったんですよ、昨日。101号室のチャイムを夜中に何回も押してる人がいるって。それも、ドアを蹴るような音もしたって」
赤村のことだ。苦情を出したのは、102か201の住人だろうか。意外と見られているのかもしれない。だとすると、理乃の行方がわからなくなった9月12日以降、何か変わったことがなかったか、大家の耳に入ってないだろうか。
「理乃の部屋に? 怖いですね」
初めて聞いたかのようにおびえてみせると、うなずいた大家は小声になって言う。
「あなたにこんなこと言うのは申し訳ないけれど、松村さん、何かトラブルがある人じゃないでしょうね?」
「トラブルですか……。それらしい話を聞いたことはないです。苦情はほかにもあったんですか?」
「いいえ。昨日が初めてですけどね、うちはご家族で暮らしてる方が多いから、一人暮らしの方とはやっぱり、生活が違うでしょう? 何か事情があるならまだしも」
そう言って、大家は無意識にか、拓海の部屋の方へ視線を移す。理乃と同じ一人暮らしということもあって、警戒してるみたいだ。
「理乃はいつからここに?」
「一年ぐらいですか。ペンタプリズムって名前に惹かれたとおっしゃってましたよ。ほら、カメラの部品と同じ名前でしょう。カメラが趣味なの? って聞いたら、カメラ好きが借りそうな名前だと思って、と。ちょっと変わった方ね」
赤村も言っていた。理乃がこのアパートに固執したのは、名前が気に入ったからだと。
理乃はいまだに、光莉に執着していただろうか。
高校時代、光莉と拓海が交際していることはクラスメイトの全員が知っていた。転校生だったとはいえ、理乃がそれを知るのは容易かったはずだ。たまたま同じクラスになっただけの男子生徒に向ける以上の興味が、彼に対してあっただろう。
もし、光莉が引っ越さず、拓海とも別れていなかったら、必ず、理乃は彼になんらかの形で接触したはずだ。
あれから10年が経っているが、理乃はまだ拓海を覚えていたのだろうか。いつか、拓海がこのアパートを借りる日が来るかもしれない、そこへ光莉が来るかもしれない、まさに今、現実となっていることを想像していたとするなら、その執念にゾッとする。
考えすぎだろうか。しかし、周到に光莉を陥れた小学時代の理乃を思うと、あり得ないとも言い切れない。
「松村さん、まだ留守みたいね。またうかがいますね」
「あっ、すみません。お手数おかけすると思います」
光莉が丁寧に頭を下げると、大家は小さくうなずいて、ゆっくりとした足取りで駐車場を出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~
梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは
「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」
そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。
雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる