記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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元彼は記憶喪失

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「きっとそう。もう一台、パソコンあるんだけどさ、パスワードがわからなくて開けないんだよ。こっちは手帳にメモしてあって、なんとか助かった。仕事で使ってるって言っても映像つないでるだけだし、まあ、問題ないだろ。気にしなくていいさ」

 テレビラックに雑に片付けられた、もう一台のノートパソコンを一瞥した拓海は、缶コーヒーを光莉の目の前に差し出す。

「高校のときの卒業アルバムでも見ながら、話しようか」
「いいよ」

 光莉が承諾すると、拓海はテーブルの下に置かれた卒業アルバムを引っ張り出す。すぐに取り出せる場所にあるのは、毎日のように眺めているからだろう。

 カーペットが敷かれた床に座って、パソコンの横に広げられた卒業アルバムを、ふたりでのぞき込む。

「俺、3年1組だったんだ。知ってるやつ、いる?」
「写真部の子と……、仲良くしてた子なら覚えてる」

 そう言いながら、1組の生徒をひとりずつ確認していく。

「あ、写真部の真中まなかくんと杉谷すぎやくんだね。あと、美帆っ! 懐かしい。美帆は私の友だちでテニス部なんだけど、三人とも一年のときから拓海とも仲良くしてたんだよ。そっかー。みんな、ずっとおんなじクラスだったんだね」
「へえ、三人の部活、あたってる。本当に光莉って、同じ高校だったんだ」

 光莉が指差す三人の顔写真と、各部活の集合写真を交互に確認した拓海は、感心したように言う。

「ずっと疑ってた?」
「まあ、なんていうか、な」

 気まずそうに、彼は後ろ頭をかく。

 本当のことだ、と嘘を吹き込まれても、記憶のない彼には本当かどうかわからない。疑心暗鬼になる日々の中で、簡単に信用しない癖が身についているのだろう。

「疑ってたわりに、私を部屋にあげたりして、やってることちぐはぐだね。でも、そういう人のいいところ、全然変わってないんだなって思うよ」
「だからさ、光莉は特別なんだって」
「特別って言い過ぎだよ」

 笑って受け流すと、光莉はふたたび卒業アルバムに目を落とし、ある女の子を探した。

 それは、松村理乃だ。理乃は2年の途中で転校してきた。もし、3年にあがるとき、クラス替えがなかったとしたら、理乃も1組にいるはずだ。

 そう思ったとき、光莉は見つけた。美帆の二段下に、松村理乃の名前を。長い髪をおろし、撮られることを意識したように笑む彼女は、高校生のわりに大人びた顔立ちをしていた。

 もう何年も見ていなかった顔だが、卒業アルバムの彼女は、光莉の知る理乃そのもの。挑戦的なまなざしや、意地悪そうな笑みを浮かべる口もとは、きっと今も変わってないだろうと思わせるほど、強烈な記憶となって残っている。

「誰かほかに知ってるやついた?」

 顔色を変えてしまったかもしれない。拓海がふしぎそうに顔をのぞき込んでくるから、光莉は何食わぬ顔で首を振る。

「あとはわからない」
「そっか。光莉は2年の時に引っ越したんだよな?」

 残念そうに彼は息をつくと、そう尋ねてくる。

「そうだよ。冬休みに父の仕事の都合で引っ越したの」
「2年の冬か……。じゃあ、もしかしたら、知ってるかな?」
「何を?」
「まあ……、青い思い出って言うかさ」

 苦笑いする拓海は、卒業アルバムの一番後ろのページを開いた。そこには、拓海が人気者だったことをうかがわせる、びっしりとページを埋め尽くす寄せ書きがあった。

 その寄せ書きの一つを彼は指差す。

『10年後、別れた彼女に会えてると祈る! by 杉谷』

「杉谷って、俺が仲良くしてた写真部のやつなんだよな? そいつがこんな寄せ書き残すんだから、俺、別れた彼女を相当引きずってたんだろうな」

 拓海は少しの冗談も許さないような目で、光莉を見つめた。

「さあ……、知らない」

 光莉は目をそらし、もう一つの寄せ書きに目をとめた。

『海外目指して頑張れ! 真中』

「拓海、海外目指してた……?」
「そうなのかな。まあ、ドックスは海外にも支社があるし、世界で働いていこうって野望はあったのかもな」
「そっか」

 彼から向けられる視線が落ち着かなくて、光莉は缶コーヒーのふたをあけ、口もとに運ぶ。

 その一連の動作をしっかりと目で追う拓海は、缶コーヒーをふたたびテーブルに乗せた光莉に尋ねる。

「俺たち、付き合ってた?」

 光莉は無言で、彼を見つめる。

「ふられたのは、光莉が引っ越したから? 10年後って、杉谷が限定したのはなんでだ? 海外目指してたから? 10年後、海外に行けば、別れた彼女に会えるって、高校時代の俺は信じてたのか?」

 疑問ばかりだ。だが、それが真実のような気がするのは、光莉がそうであってほしいと思ったからかもしれない。
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