記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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元彼は記憶喪失

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 海外赴任が決まった父とともに、光莉は高2の冬にロサンゼルスへ渡った。別れた理由は転校したからではないが、拓海には、『転校するから別れよう』と言った。それは真実だ。

「本当のことを教えてほしい。昔、付き合ってたからって、今さら、どうこう言うつもりはない。ただ、光莉の名前を覚えてた理由は納得できる気がしてる」

 拓海は正座すると、ひざの上でこぶしを握って、頭を下げた。

 私は特別だ。今も昔も。だから、拓海は覚えてくれていた。そう信じたくなるのはうぬぼれだが、光莉は胸が熱くなるのを感じていた。きっと、拓海がまだ好きだ。だけど、この気持ちを明かすわけにはいかない。

 光莉には、大切な友人もいた。光莉がロサンゼルスに行っても手紙を書くね、と言ってくれた美帆に、関わらないでほしい、とお願いした。彼女は納得できないといった顔をしたが、どうしても、と頭を下げた。何も聞かないで、私のことは忘れてほしい。何度も頼んだ。そうしないと、美帆が心配だった。

 美帆は薄々何かを感じていたとは思う。いろいろ言いたいことはあるけど、何も言わない。だけど、私のことは忘れないで。彼女はそう言って、光莉との連絡を絶ってくれた。

 恋人も友人も捨てたのは、光莉だ。自己保身のために捨てた。10年経って、あのときの罪が許されたわけじゃない。拓海の記憶がなくなっても、それは変わらない。

「付き合ってたよ、私たち。認めたから、もう私に関わらないって約束できる?」

 光莉は淡々と答えた。二度も、拓海を突き放すことになるとは思ってなかった。胸は痛んだが、これでいいと思った。

「それは……」

 考え込むように拓海が口をつぐんだとき、パソコンの画面の中で何かが動いた。

 光莉と拓海は顔を見合わせると、同時にパソコンへ目を移す。そこには、理乃の部屋のチャイムを鳴らす男の姿が映し出されていた。

 男はスーツを着て、ビジネスバッグを持っていた。背が高く、スマートな佇まい。年のころは30代後半……いや、40代だろうか。

「セールスマンには見えないし、こんな時間には来ないよな。もしかして……」

 光莉はじっと拓海を見つめたが、否定も肯定もしなかった。しかし、心の中では、不倫相手じゃないか、と拓海が思ったであろうことを考えていた。

「拓海、この動画、写真にできる?」
「あ、ああ、できるよ」
「じゃあ、お願い」

 光莉はそう言うと、ふたたび、パソコンに見入る。

 しびれを切らしたように何度もチャイムを鳴らし、反応がないとわかるとドアを蹴飛ばす男の後ろ姿をじっと見つめる。

「大丈夫か、この男……」

 拓海が眉をひそめる。

 どうしようか。今から行って、話をしようか。しかし、男はかなり苛立っている。話ができるような状況じゃないかもしれない。男の身元を調べ、改めて、会いに行った方がいいだろう。

「光莉、今日は泊まっていけよ」
「え?」

 驚くが、彼は険しい表情をして、冗談で言ってるんじゃないとばかりに、きっぱりと言う。

「危ないだろ。詳しいことは聞かない。約束するからさ、今日は黙って泊まっていけよ」
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