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佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜
あなたの声が聞こえる理由 5
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「夜間瀬先生、これからお出かけですか?」
夕食にと、煮物を入れた深めの皿を携えて夜間瀬先生の部屋を訪れると、彼は正装に着替えていた。
身にまとうシルバースーツはシックだけれどゴージャス、サイドをかき上げた髪は耽美で、とても大学講師とは思えないエレガントさがある。
何かのパーティー、もしくは高級レストランへデートに出かけるのだろうか。
「君はあいかわらず熱心だな」
夜間瀬先生は皿の中を覗き込む。毎日とは言わないが、週に三、四日は彼に夕食を届けている。
「先生が迷惑だというなら来ません」
「迷惑だとは言わないが、たまには出かけもする。無駄足を踏むのは君にとってどうなのかなと思ってね」
「冷凍しておきます」
「筑前煮は嫌いじゃない。また明日食べるとしよう」
「先生はいつもなんでも食べてくれます」
美味しいと言って食べてくれるわけではない。それでも美味しそうに食べてくれるから作りもする。
先生が許してくれないのはキスだけで、それ以外のことは私が求めれば拒まない。だからというわけではないけれど、先生があまりにおしゃれにしているから、不安な気持ちが私に言わせる。
「お出かけの前に抱きしめてほしいです」
「こういうことは特別な時にするから喜びもあると思うが。まあいい。君が望むことを拒む理由はない」
「毎日が特別なんです」
そう言う私を、彼はそっと抱きしめてくれる。
愛のないその行為に胸を高鳴らせるのは間違っているかもしれない。それでも先生の胸から声が聞こえる限り、私には彼を追い求める使命がある。
「先生……、ちょっと疲れてるみたい」
「声が聞こえたか?」
「どんよりとした黒……、そんな声が聞こえます」
「どんよりか。まあ、あながち間違いじゃないな。本当に聞こえてるようだな」
先生は肩を揺らして笑う。その時には声が聞こえなくなって。
「ずっと聞こえてるわけじゃないんです。たまに、フッと……」
「興味深いな」
「怖がらない先生も不思議です」
「今までは怖がられたか?」
「好きな人にこのことを告白したのは初めてです」
「恋は何度もした? 移り気なんだな、君は」
「先生も冗談をおっしゃるんですね」
そう言えば、黒い珠が右へ左へと転がって、彼の心が踊るよう。
「先生、私と一緒にいると楽しいですか?」
「恋愛感情は抜きにして、君を興味の対象にはしてるよ」
「恋愛対象にはならないとおっしゃったんですか? 私に興味があるのは、おかしな能力があるからだけだと」
失望というものはない。先生は欲がないようで、そうではない。彼の持つ探究心は果てることがなく、ありとあらゆるものに向けられている。
研究室で過ごす彼を見ていたら、そのぐらいのことには気づく。そんな先生にも惹かれている。
「そう。知っている世界以外を否定するのは傲慢だろう。信じるも信じないもない。だから君には興味がある」
夜間瀬先生の心を少しでも揺るがすことが出来るならと思う。
「私自身には興味がないと言ってるように聞こえます」
「君は賢いな」
「興味を持ってもらえるように毎日来ます」
「時間がもったいないな。学生は一分一秒を大事にした方がいい」
「しています。だからこうして先生といます」
好きな人を求める思いは何を差し置いても大事にしなければならないことだ。
「君の未来の終着点は俺と結婚することか?」
「違います。ですが、なくてはならない人生の一部です」
「佐鳥くんは大きな勘違いをしてる。声が聞こえるから俺を好きなんだろうと思ってるだけだ。君の恋には心がない。君がそのつもりならお遊びでいくらでも抱いてやろう。それでも構わないならまた明日来なさい」
夜間瀬先生はぴしゃりと言って私を腕の中から解放すると、「さあ、出かけるからここを出ていきなさい」と無機質に私を諭した。
「夜間瀬先生、これからお出かけですか?」
夕食にと、煮物を入れた深めの皿を携えて夜間瀬先生の部屋を訪れると、彼は正装に着替えていた。
身にまとうシルバースーツはシックだけれどゴージャス、サイドをかき上げた髪は耽美で、とても大学講師とは思えないエレガントさがある。
何かのパーティー、もしくは高級レストランへデートに出かけるのだろうか。
「君はあいかわらず熱心だな」
夜間瀬先生は皿の中を覗き込む。毎日とは言わないが、週に三、四日は彼に夕食を届けている。
「先生が迷惑だというなら来ません」
「迷惑だとは言わないが、たまには出かけもする。無駄足を踏むのは君にとってどうなのかなと思ってね」
「冷凍しておきます」
「筑前煮は嫌いじゃない。また明日食べるとしよう」
「先生はいつもなんでも食べてくれます」
美味しいと言って食べてくれるわけではない。それでも美味しそうに食べてくれるから作りもする。
先生が許してくれないのはキスだけで、それ以外のことは私が求めれば拒まない。だからというわけではないけれど、先生があまりにおしゃれにしているから、不安な気持ちが私に言わせる。
「お出かけの前に抱きしめてほしいです」
「こういうことは特別な時にするから喜びもあると思うが。まあいい。君が望むことを拒む理由はない」
「毎日が特別なんです」
そう言う私を、彼はそっと抱きしめてくれる。
愛のないその行為に胸を高鳴らせるのは間違っているかもしれない。それでも先生の胸から声が聞こえる限り、私には彼を追い求める使命がある。
「先生……、ちょっと疲れてるみたい」
「声が聞こえたか?」
「どんよりとした黒……、そんな声が聞こえます」
「どんよりか。まあ、あながち間違いじゃないな。本当に聞こえてるようだな」
先生は肩を揺らして笑う。その時には声が聞こえなくなって。
「ずっと聞こえてるわけじゃないんです。たまに、フッと……」
「興味深いな」
「怖がらない先生も不思議です」
「今までは怖がられたか?」
「好きな人にこのことを告白したのは初めてです」
「恋は何度もした? 移り気なんだな、君は」
「先生も冗談をおっしゃるんですね」
そう言えば、黒い珠が右へ左へと転がって、彼の心が踊るよう。
「先生、私と一緒にいると楽しいですか?」
「恋愛感情は抜きにして、君を興味の対象にはしてるよ」
「恋愛対象にはならないとおっしゃったんですか? 私に興味があるのは、おかしな能力があるからだけだと」
失望というものはない。先生は欲がないようで、そうではない。彼の持つ探究心は果てることがなく、ありとあらゆるものに向けられている。
研究室で過ごす彼を見ていたら、そのぐらいのことには気づく。そんな先生にも惹かれている。
「そう。知っている世界以外を否定するのは傲慢だろう。信じるも信じないもない。だから君には興味がある」
夜間瀬先生の心を少しでも揺るがすことが出来るならと思う。
「私自身には興味がないと言ってるように聞こえます」
「君は賢いな」
「興味を持ってもらえるように毎日来ます」
「時間がもったいないな。学生は一分一秒を大事にした方がいい」
「しています。だからこうして先生といます」
好きな人を求める思いは何を差し置いても大事にしなければならないことだ。
「君の未来の終着点は俺と結婚することか?」
「違います。ですが、なくてはならない人生の一部です」
「佐鳥くんは大きな勘違いをしてる。声が聞こえるから俺を好きなんだろうと思ってるだけだ。君の恋には心がない。君がそのつもりならお遊びでいくらでも抱いてやろう。それでも構わないならまた明日来なさい」
夜間瀬先生はぴしゃりと言って私を腕の中から解放すると、「さあ、出かけるからここを出ていきなさい」と無機質に私を諭した。
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