佐鳥姫の憂鬱

水城ひさぎ

文字の大きさ
28 / 61
佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜

二番目の恋 8

しおりを挟む
***


 久しぶりに夜間瀬先生の部屋を訪れるのは、予想以上に緊張した。それは最後に会った日、彼が玄関に鍵をかけていて、私を拒絶するようだったからかもしれない。

 最初から受け入れてもらえていたわけではないのだから傷つく必要などなかったのにと思いながら、ドアノブに手をかける。
 ドアノブはゆっくりと回る。私の来訪は拒絶されていなかった。ホッと安堵した私は、次の瞬間には息を飲んでいた。

 ドアを大きく開いてポーチに足を踏み込んだ私の目に赤いハイヒールが飛び込んでくる。
 驚く必要はない。私だって出入りを許されているのだ。他の女性が同様な扱いを受けていても不思議じゃない。そう思うのに、心臓は破裂しそうなほどバクバクしている。

「大志、じゃあ帰るわ。また来るわね。あなたと過ごす時間は特別よ」

 少し甲高い、通る声が玄関まで届く。
 おかしいぐらい不安になる。先生のことを好きな女性はたくさんいて、どの女性も迫るから相手にするだけで。それだけなのに、恐怖に似た感情で複雑に胸がつまる。
 彼が私を部屋に入れてくれるのは、特別だとでも思っていたのか。

「あら……」

 リビングから出てきた女性が私を見つけて立ち止まる。
 ゆるいウェーブを描く長い茶髪は艶やかで、茶色の瞳は強さと美しさを兼ね備えている。
 聡明な人。先生が遊びで付き合うような女の子とは違う。綺麗な大人の女性。

「灯華?」

 彼女の後ろに姿を見せたのは夜間瀬先生だ。彼もまた私を認めると、わずかに眉をひそめる。急激に襲われる疎外感に耐えきれず、玄関を飛び出そうとするが、足が震えて動けない。
 それでも、帰らなきゃと身体を反転させようとした時、灯華と呼ばれた女性を押しのけた先生が走って私に向かってくる。

「佐鳥くんっ」

 夜間瀬先生は私の手首をつかむ。まるで帰らなくていいと言われてるみたいで安堵したいのに震えがおさまらない。

「先生……」
「いいから」

 先生はそう言って灯華さんを振り返る。

「用が済んだなら帰ってくれ」
「ふーん、佐鳥華南には甘いのね。あなたの夢を叶えるかもしれない御簾路のご令嬢だものね。利用価値がなくなるまでは優しくするわよね、当然」

 彼女が挑戦的に冷ややかに言うと、私をつかむ彼の手に力がこもる。
 痛い、と思ったけれど、殺気だった先生の背中を見たら声が出ない。

「余計なことばかり言ってないで帰るんだ」
「帰るわよ、もちろん。またデートしましょうね、大志」

 灯華さんは魅惑的な笑みを浮かべたまま赤いハイヒールを履くと、私と先生の前を通り過ぎて帰っていく。

 彼女が勢い良く押したドアが閉じた途端、先生は内鍵をかけ、私の手を引いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
村で薬師として過ごしていたセラは、 ハープの音に宿る才を王弟レオに見初められる。 その出会いは、静かな日々を終わらせ、 彼女を王宮の闇と陰謀に引き寄せていく。 人の生まれは変えられない。それならばそこから何を望み、何を選び、そしてそれは何を起こしていくのか。 キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...