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佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜
好きかもしれない 1
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灯華からのランチの誘いのことはすっかり忘れていた。だから、マンションを出たところで彼女にばったり会った時は驚いた。
いや、俺を訪ねてきたのであろう彼女を見て驚いたのだ。
「大志、これからお昼? 良かったら一緒に食べない?」
何食わぬ表情で近づいてきた灯華は、優雅に髪をかきあげて首を傾げた。そうすることで男心をくすぐっているつもりなのだろう。
良かったら、などと言うが、彼女の笑わない目を見たら、断ることなど出来ないのだと思った。
「ご主人は?」
「主人に送ってもらったの。旧友に会うって言ったら、長く続く友人は大事にした方がいいって」
「ずいぶんと理解のあるご主人だな。せいぜい大事にしたらいいよ」
キーホルダーをポケットにしまって歩き出すと、灯華は嫌味なほど真っ赤なハイヒールをカツカツと鳴らしながら追いかけてくる。
「大志、車は?」
「君を乗せる車は生憎ないよ」
そう答えると、灯華は思い切り仏頂面をする。俺はそのまま横断歩道を渡り、彼女が嫌いなファミリーレストランへ向かった。
伊江内灯華は生まれながらのお嬢様だ。学生時代からおしゃれなレストランやカフェに慣れていて、雑多な雰囲気のレストランは好まない。怒って帰るかと多少期待したが、予想は裏切られた。
「食べるものがないわ」
メニュー表をちらりとも見ない灯華は、「コーヒーでいいわ」と言うと、怪訝そうに辺りを見回した。
「食わず嫌いは昔から変わらないな。ここのオムライスはなかなかうまいよ」
ビーフシチューソースのオムライスとビーフステーキを注文すると、灯華は虚をつかれた様子で俺を注視した。
「コーヒーは飲み放題だ。君が期待するような味じゃないかもしれないが」
ドリンクバーを指差すと、彼女は両手でほおづえをついて、にこりと微笑む。
「大志のさりげなく優しいところ好きよ」
「俺と店に迷惑がかかるのは困る。それだけのことを歪曲させて、君はとことんおめでたいね」
「意地悪ね、あなたって」
「それで何の用だ? 佐鳥一族の話なら興味がない。今時、未開の地じゃないんだ。新種の薬草が発見されるはずもない。学長がそんなおとぎ話を信じている方がおかしい」
灯華との会話は正直めんどくさい。軽くあしらえば、彼女は得意げに笑う。
「男はロマンを追うものだそうよ」
「全くくだらない」
「あなたは何も知らないから、そんな風に言うのよ。佐鳥一族に秘密があるのは間違いがないのよ」
ああ、そうだ。佐鳥華南には秘密がある。人の心が聞こえるだなんていう、おかしな能力がある。
そんなことが知られたら、世間の耳目を集めることになるだろう。
少なくともその秘密は灯華には知られてはいけないと思う。華南がさらし者になるのは明白だ。
「学長はその秘密が薬草だと?」
「パパはそう思ってるわ。佐鳥家に行ったこともあるそうよ」
「初耳だね」
冷静を装うが、内心意外で驚く。
「昔の話よ。私たちが生まれる前の話。何か隠してるって感じたみたい。佐鳥華南の履歴書を見て、その情熱が再燃したのよ」
「だからロマンか」
「若い頃に叶わなかったことが、長い年月を経て手に入るかもしれないとわかったら欲しいと思うのは自然のことよ」
「そうして何もないことに気づいて落胆するぐらいなら、夢は夢のままの方がいいかもな」
「まだわからないじゃない。何かあることが証明できないように、何もないなんてことも証明できてな……」
手のひらを灯華の前に突き出して会話を阻む。
食事が運ばれてきたからだと彼女は誤解したようだが、興味のない会話がだらだらと続くことに耐えきれなかったのだ。
「話はわかった。だが、俺を巻き込むな。ああそうだ。例の資料は返すよ。さっさと食事を済ませて帰ろう」
灯華からのランチの誘いのことはすっかり忘れていた。だから、マンションを出たところで彼女にばったり会った時は驚いた。
いや、俺を訪ねてきたのであろう彼女を見て驚いたのだ。
「大志、これからお昼? 良かったら一緒に食べない?」
何食わぬ表情で近づいてきた灯華は、優雅に髪をかきあげて首を傾げた。そうすることで男心をくすぐっているつもりなのだろう。
良かったら、などと言うが、彼女の笑わない目を見たら、断ることなど出来ないのだと思った。
「ご主人は?」
「主人に送ってもらったの。旧友に会うって言ったら、長く続く友人は大事にした方がいいって」
「ずいぶんと理解のあるご主人だな。せいぜい大事にしたらいいよ」
キーホルダーをポケットにしまって歩き出すと、灯華は嫌味なほど真っ赤なハイヒールをカツカツと鳴らしながら追いかけてくる。
「大志、車は?」
「君を乗せる車は生憎ないよ」
そう答えると、灯華は思い切り仏頂面をする。俺はそのまま横断歩道を渡り、彼女が嫌いなファミリーレストランへ向かった。
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「食べるものがないわ」
メニュー表をちらりとも見ない灯華は、「コーヒーでいいわ」と言うと、怪訝そうに辺りを見回した。
「食わず嫌いは昔から変わらないな。ここのオムライスはなかなかうまいよ」
ビーフシチューソースのオムライスとビーフステーキを注文すると、灯華は虚をつかれた様子で俺を注視した。
「コーヒーは飲み放題だ。君が期待するような味じゃないかもしれないが」
ドリンクバーを指差すと、彼女は両手でほおづえをついて、にこりと微笑む。
「大志のさりげなく優しいところ好きよ」
「俺と店に迷惑がかかるのは困る。それだけのことを歪曲させて、君はとことんおめでたいね」
「意地悪ね、あなたって」
「それで何の用だ? 佐鳥一族の話なら興味がない。今時、未開の地じゃないんだ。新種の薬草が発見されるはずもない。学長がそんなおとぎ話を信じている方がおかしい」
灯華との会話は正直めんどくさい。軽くあしらえば、彼女は得意げに笑う。
「男はロマンを追うものだそうよ」
「全くくだらない」
「あなたは何も知らないから、そんな風に言うのよ。佐鳥一族に秘密があるのは間違いがないのよ」
ああ、そうだ。佐鳥華南には秘密がある。人の心が聞こえるだなんていう、おかしな能力がある。
そんなことが知られたら、世間の耳目を集めることになるだろう。
少なくともその秘密は灯華には知られてはいけないと思う。華南がさらし者になるのは明白だ。
「学長はその秘密が薬草だと?」
「パパはそう思ってるわ。佐鳥家に行ったこともあるそうよ」
「初耳だね」
冷静を装うが、内心意外で驚く。
「昔の話よ。私たちが生まれる前の話。何か隠してるって感じたみたい。佐鳥華南の履歴書を見て、その情熱が再燃したのよ」
「だからロマンか」
「若い頃に叶わなかったことが、長い年月を経て手に入るかもしれないとわかったら欲しいと思うのは自然のことよ」
「そうして何もないことに気づいて落胆するぐらいなら、夢は夢のままの方がいいかもな」
「まだわからないじゃない。何かあることが証明できないように、何もないなんてことも証明できてな……」
手のひらを灯華の前に突き出して会話を阻む。
食事が運ばれてきたからだと彼女は誤解したようだが、興味のない会話がだらだらと続くことに耐えきれなかったのだ。
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