佐鳥姫の憂鬱

水城ひさぎ

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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜

あなたを知りたい人 8

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「ねぇ、ここのゼミって自主学習ゼミなの?こんなに生産性の悪いゼミを見たのは初めてよ」

 教科書を思い思いにカバンの中へ片付ける私たちを眺めていた湘子さんが、たまりかねたように尋ねてくる。よほど退屈したのかもしれない。

「先生があれだから、俺たちはほとんど自力で勉強してるんですよ」

 不機嫌に答える柚樹くんは、依然と窓際のソファーを陣取る夜間瀬先生の方を見もしないで、レザーのトートバッグを肩にかけて立ち上がる。

「先生のやり方に不満があるのにやめないのには理由があるのね。不純な動機かしら」
「あなたに言われたくないですよ」

 不敵な笑みを浮かべる湘子さんに噛みつきながらも、私が研究室を出ようとすると彼は慌てて追いかけてくる。

「華南、今日は用事ない?」
「ええ、ないわ」
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ。あっ、そうだ、深春」

 深春の名を呼んで、柚樹くんは振り返る。

「深春は用事あるって言ってたよな」
「は……?」

 リュックを背負ったばかりの深春は目を丸くする。すると湘子さんが彼女の腕に腕を回す。

「私とカフェに行くのよね?」
「は? ……はあっ?」
「深春、横土里さんと前から知り合いだったのね」

 そう言うと、深春はますます目を丸くする。

「ちょっ、ちょっと華南っ。この状況見て、どこにそんな納得ポイントがあるの?」
「行こうぜ、華南。今なら電車も待ち時間ないしさ」
「そうね。深春、先に帰るわ。また明日ね」

 柚樹くんに同意して、深春にそう告げる。

「え、ちょっ、うそ! 華南っ!」
「深春さん、パンケーキおごってあげるわ」
「え、マジ?」

 現金なところがある深春だ。湘子さんの申し出に、わずかにほおを緩ませる。

「そうと決まったら、早く行きましょ」

 深春の腕をがっちりつかんで離さない湘子さんは、私たちより先に研究室を出ていく。

「夜間瀬先生、お先に失礼します」

 窓際へ向かって声をかけるが、先生は何かに没頭するように参考書を見つめたまま微動だにしない。

「行こう、華南」

 柚樹くんに促されて、私は彼とともに研究室を出る。それでも閉まりかけるドアの奥の先生が視線を上げることはなかった。
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