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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜
定められた恋に散った華 5
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*
私は二代目佐鳥家当主ではあったが、あまり自由のある身ではなかった。
名ばかりの当主。
そんな風に思っている。
両親の墓参りも許されず、行動を許されているのは屋敷の中と縁側から望む小さな庭のみ。
吉継様はそんな不遇な私の身の上を知りながらも、佐鳥家の発展のために婿養子になってくれると決めてくれた。
「貞華、今日もご機嫌だね」
「あら、源助。今日も来たの?」
縁側に腰掛け、青空を見上げる私に声をかけてきたのは堤源助だった。
この屋敷の自由な出入りが許されているのは、私が許可した吉継様と源助だけ。
源助は吉継様と同様に優しい。もしかしたら、吉継様よりも多く私に会いに来てくれているかもしれない。
友人のいない私はすぐに源助にも心を許していた。
「吉継を訪ねてみたけど留守だったからさ、ここに来てるかと思ったんだ」
「吉継様なら今朝、帰られたわ」
「今朝……、そっか。入れ違いかな。もうすぐ婚礼だね」
源助は頼りなげに眉をさげて、口元に笑みを浮かべる。なんだか不安げでさみしそうな笑みだ。
「そんな顔しないで。結婚したからって源助に会えなくなるわけじゃないもの。何も変わらないわ」
立ち上がり、源助に歩み寄る。不安を取り除こうと彼の手に触れようとした瞬間、腹部に違和感を覚えて立ち止まる。
「貞華?」
奇妙な表情をしただろう私の顔を心配そうに覗き込んでくる彼に素直に話す。
「時々お腹が痛くて。でもすごく痛いわけじゃないの」
源助の眉はますます下がる。なぜそんな苦しそうな顔するの? と問う前に、彼はため息にも似た息を吐き出す。
「貞華……、それは吉継に話さないといけないことかもしれないよ」
「吉継様に?」
「きっと大事なことだと思う。吉継は貞華が愛しくて仕方ないんだろうけど……」
源助は口ごもり、下を向く。
「源助?」
「貞華は……、俺のことは源助様とは言わないよね。吉継のこと、頼りに思うからだよね」
「どうしたの?」
源助に歩み寄り、顔を覗き込むとますます彼はまぶたを伏せる。
『俺だって貞華が愛しいのに……』
ぽつりとこぼす彼の声が聞こえる。
「源助、今なんて?」
そう問えば、彼は口もとに手を当てて首をふる。
「なんにも言ってないよ」
『貞華は吉継のものだ。俺なんて……』
「俺なんて、何?」
「えっ?」
源助はひどく驚いて私を見下ろす。
「よく聞こえなかったの。でも確かに……」
そう言いかけた時、源助の声がまた聞こえた。
『俺の思ったことが貞華に聞こえてるのか? じゃあ、貞華が身ごもってるんじゃないかってことも……』
「身ごもる……?」
私のつぶやきに、源助はますます驚いて私の手を取る。
「貞華、君は心の声が……」
心の声? と首を傾げた瞬間、「源助っ!」という叫び声と同時に、突如現れた青年が私から引き剥がすように源助を後ろへ突き飛ばす。
「吉継様っ?」
「貞華、大丈夫か? 源助がここへ来ていると聞いて心配した」
吉継様は肩を弾ませてそう言う。
突き飛ばされた源助は庭に尻もちをついて、ぼう然と私たちを見上げている。
「なぜ心配するの? 源助とは話をしているだけよ」
冷静に答えながらも、同時に不安と喜びが混ざり合うような不思議な感覚に襲われる。
着物の帯の上からお腹に両手を当てる。
吉継様との子を身ごもっているかもしれないなんて、そんなことを源助に告げられるとは思ってもいなかったのだ。
「話だけ? 二人きりで話すようなことがある?」
「源助は吉継様を探しにここへ来たのよ」
「そう言って君に会う口実を作ってるだけだよ。現に君の手に触れていた……、心配なんだ」
「どうしてそんな風に言うの? 源助は教えてくれたのよ。私が吉継様の子を身ごもってるんじゃないかって」
吉継様の目が、途端に大きく見開かれる。
「それは本当か?」
「わからないけれど……、もしかしたら」
「医者に診てもらおう。そうと決まったら、すぐにでも手配を。……ああ、こうしちゃいられないな。源助、貞華はもう俺の妻になるのだから、やすやすと会ってもらっては困る。今日はこのまま帰ってくれ」
一方的に告げられた源助は、ようやく腰を上げると、着物についた土をはらって、私に視線を注ぐ。
『また会いに来てもいいだろうか……』
彼がそんな風に言うから、私は小さく微笑む。
「源助、また楽しいお話を聞かせて。異国のことなど、もっと知りたいわ」
源助はハッとするが、すぐに小さくうなずいて、複雑そうに眉をひそめたまま庭をあとにする。
「異国のことが知りたいなら、俺に聞いたらいいよ」
吉継様はそう言うと、慈しむように私の肩を優しく抱いた。
私は二代目佐鳥家当主ではあったが、あまり自由のある身ではなかった。
名ばかりの当主。
そんな風に思っている。
両親の墓参りも許されず、行動を許されているのは屋敷の中と縁側から望む小さな庭のみ。
吉継様はそんな不遇な私の身の上を知りながらも、佐鳥家の発展のために婿養子になってくれると決めてくれた。
「貞華、今日もご機嫌だね」
「あら、源助。今日も来たの?」
縁側に腰掛け、青空を見上げる私に声をかけてきたのは堤源助だった。
この屋敷の自由な出入りが許されているのは、私が許可した吉継様と源助だけ。
源助は吉継様と同様に優しい。もしかしたら、吉継様よりも多く私に会いに来てくれているかもしれない。
友人のいない私はすぐに源助にも心を許していた。
「吉継を訪ねてみたけど留守だったからさ、ここに来てるかと思ったんだ」
「吉継様なら今朝、帰られたわ」
「今朝……、そっか。入れ違いかな。もうすぐ婚礼だね」
源助は頼りなげに眉をさげて、口元に笑みを浮かべる。なんだか不安げでさみしそうな笑みだ。
「そんな顔しないで。結婚したからって源助に会えなくなるわけじゃないもの。何も変わらないわ」
立ち上がり、源助に歩み寄る。不安を取り除こうと彼の手に触れようとした瞬間、腹部に違和感を覚えて立ち止まる。
「貞華?」
奇妙な表情をしただろう私の顔を心配そうに覗き込んでくる彼に素直に話す。
「時々お腹が痛くて。でもすごく痛いわけじゃないの」
源助の眉はますます下がる。なぜそんな苦しそうな顔するの? と問う前に、彼はため息にも似た息を吐き出す。
「貞華……、それは吉継に話さないといけないことかもしれないよ」
「吉継様に?」
「きっと大事なことだと思う。吉継は貞華が愛しくて仕方ないんだろうけど……」
源助は口ごもり、下を向く。
「源助?」
「貞華は……、俺のことは源助様とは言わないよね。吉継のこと、頼りに思うからだよね」
「どうしたの?」
源助に歩み寄り、顔を覗き込むとますます彼はまぶたを伏せる。
『俺だって貞華が愛しいのに……』
ぽつりとこぼす彼の声が聞こえる。
「源助、今なんて?」
そう問えば、彼は口もとに手を当てて首をふる。
「なんにも言ってないよ」
『貞華は吉継のものだ。俺なんて……』
「俺なんて、何?」
「えっ?」
源助はひどく驚いて私を見下ろす。
「よく聞こえなかったの。でも確かに……」
そう言いかけた時、源助の声がまた聞こえた。
『俺の思ったことが貞華に聞こえてるのか? じゃあ、貞華が身ごもってるんじゃないかってことも……』
「身ごもる……?」
私のつぶやきに、源助はますます驚いて私の手を取る。
「貞華、君は心の声が……」
心の声? と首を傾げた瞬間、「源助っ!」という叫び声と同時に、突如現れた青年が私から引き剥がすように源助を後ろへ突き飛ばす。
「吉継様っ?」
「貞華、大丈夫か? 源助がここへ来ていると聞いて心配した」
吉継様は肩を弾ませてそう言う。
突き飛ばされた源助は庭に尻もちをついて、ぼう然と私たちを見上げている。
「なぜ心配するの? 源助とは話をしているだけよ」
冷静に答えながらも、同時に不安と喜びが混ざり合うような不思議な感覚に襲われる。
着物の帯の上からお腹に両手を当てる。
吉継様との子を身ごもっているかもしれないなんて、そんなことを源助に告げられるとは思ってもいなかったのだ。
「話だけ? 二人きりで話すようなことがある?」
「源助は吉継様を探しにここへ来たのよ」
「そう言って君に会う口実を作ってるだけだよ。現に君の手に触れていた……、心配なんだ」
「どうしてそんな風に言うの? 源助は教えてくれたのよ。私が吉継様の子を身ごもってるんじゃないかって」
吉継様の目が、途端に大きく見開かれる。
「それは本当か?」
「わからないけれど……、もしかしたら」
「医者に診てもらおう。そうと決まったら、すぐにでも手配を。……ああ、こうしちゃいられないな。源助、貞華はもう俺の妻になるのだから、やすやすと会ってもらっては困る。今日はこのまま帰ってくれ」
一方的に告げられた源助は、ようやく腰を上げると、着物についた土をはらって、私に視線を注ぐ。
『また会いに来てもいいだろうか……』
彼がそんな風に言うから、私は小さく微笑む。
「源助、また楽しいお話を聞かせて。異国のことなど、もっと知りたいわ」
源助はハッとするが、すぐに小さくうなずいて、複雑そうに眉をひそめたまま庭をあとにする。
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