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佐鳥姫の憂鬱 〜貞華の愛した幻の桜〜
幻惑の桜 2
しおりを挟む「あれっ! 夜間瀬先生っ?」
湘子さんは私と一緒にいる青年が夜間瀬先生だと認識するとひどく驚いた声をあげた。どうやら先生に会いにここへ来たわけじゃないようだ。
「もしかして、先生も研究ですか?」
私たちが何も言わないから、湘子さんはさらに尋ねてくる。
「いや、研究するようなものは何もない場所だよ。休日を楽しむには最適だとは思うがね」
「先生はご存知ないのかもしれませんが、ここにある桜は樹齢400年で、とても上質な美容エキスができるって言われてるんですよ」
休日に私の自宅へ遊びに来た先生の立場は明白だが、湘子さんはそこには触れない。
「へぇ、そう」
興味なさげに先生は相槌を打つ。
「まさか佐鳥華南さんの自宅とは知りませんでしたけれど」
湘子さんの視線が私をとらえるが、先生は私たちの間にある微妙な空気を無視して母の凡子に視線を向ける。
「美容エキスの効果は確かに高そうですね」
艶やかな母の肌をしっとりと眺める先生に胸がちくりと痛む。
奇妙にほおをゆがめた私に気づいた母は、口もとに手を当ててそっと笑う。
「若さには負けますが、ええ、そう」
「じゃあ、本当に美容エキスがあるんですねっ?」
湘子さんが母に食いつくように身を乗り出して尋ねた時、ふわっと生暖かい風が吹いた。それはまるで秋にはふさわしくない、春の風。
「貴重な化粧水ですので、お分けはできませんが」
そう答えた母の視線が先生の背後へと移る。自然と私たち3人も、母の視線の先を追う。
「あっ……」
と、私と湘子さんが声をあげたのはほぼ同時だった。
「……ほう」
そう息をついた夜間瀬先生が導かれるように桜の木へ向かって歩き出す。その間にも私たちへ向かって流れてくるのは桜の花びら。
暖かな風が桜の木の周囲に渦を巻くように吹き、満開の桜が花びらを散らす。
ほおをかすめる花びらを、湘子さんが受け止めるが、とめどなく溢れる花びらはみるみるうちに芝生の上に積もる。
「やっぱり御簾路は生きる宝庫なのね」
きらきらと瞳を輝かせる湘子さんの上へ、桜吹雪はいつまでも舞い続けた。
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