9 / 56
まわり始める運命の時計
9
しおりを挟む
*
ベッドに横になって小説を読んでいると、ミカドが部屋を出ていこうとする。先程から廊下が騒々しい。真咲さんが荷運びをしているのだろうと想像はついたが、ミカドは気になって仕方ない様子だ。
しかしミカドはくぐり戸を出ていきかけたが、すぐに顔を引っ込めて戻ってきた。
「気は済んだ?」
私の胸元に顔を埋めるようにして丸くなるミカドの背をなでる。
ミカドは何を思ったか、ちょっと顔を上げて私の頬に鼻を寄せる。ひげがくすぐったくて目を細めると、彼はそわそわと足踏みして、そっぽを向いて丸くなる。まるで照れているみたいだ。こんな態度を取るミカドは珍しい。
小説の続きを読もうと本を開く。ミカドの寝息が聞こえる中、小説の内容に引き込まれていった頃、唐突にドアがノックされた。
「悠紀ちゃん、起きてる? ミカドのごはん、遅くなってごめんね」
「ミカド、お腹が空いてたの?」
だから部屋を出ていこうとしたのだと気づき、ベッドから降りる。
「それとね、古谷さんが悠紀ちゃんに見せたいものがあるんですって。良かったら下に来ない?」
古谷さんという言葉に反応して足が止まるが、同時に何を見せたいのだろうという好奇心も生まれて、私はドアを開けた。
くぐり戸からフードボウルを差し入れようと屈みかけたママが少々驚きの表情を浮かべる。私が出てくるなんて思っていなかったのだろう。
「ミカドも下で食べていい?」
「えっ……、ええ、いいわ。もちろんよ、悠紀ちゃん。リビングにサンドイッチ用意してあるの。古谷さんは食事すまされたけど、もう少し時間があるからって」
「ママは仕事してきて」
フードボウルを受け取り、ママを促す。
喫茶店の仕事は、アルバイトを雇っていた時期もあったけど、今はママが一人で切り盛りしている。私やミカドにかまっている時間なんて本当はないということは、頭の中ではわかっている。
一階に戻るママの後をついてリビングに向かう。私の後をミカドもついてくる。
リビングに真咲さんはすでにいた。小さなアルバムのようなファイルを開いて、いくつか写真を取り出しているところだった。
写真の整理なら自分の部屋ですればいいのに、と思っていると、真咲さんは私に気づいて柔和な笑みを浮かべた。
「引越しで荷物の整理をしていたら、懐かしい写真がいくつか出てきたんです。外折さんに昔の写真は一枚もないと聞いたので」
「昔の写真、ですか……?」
足元にフードボウルを置く。ミカドは私が椅子に腰かけるとすぐに食事を始めた。
「ああ、食事をどうぞ。サンドイッチ、とても美味しかったです」
真咲さんは私に食事を勧めながら、サンドイッチの乗るプレートの横に、何枚か写真を並べていく。
「遼の写真は、……そうですね、今のところ、この辺りが一番顔がわかりやすいかな」
「遼って……、お兄ちゃんの写真?」
真咲さんが指差す一番手前に置かれた写真を手に取る。
卒業式の写真だ。卒業証書を手に、仲間と肩を組む男子学生が何人か写っている。
「お兄ちゃんは、……どれ?」
小さく写る顔を一人ずつ目を皿のようにして眺めていく。
「真ん中です。遼はいつも仲間の中心だったから。……ああ、これもあった。これなら顔がよくわかります」
そう言って真咲さんが差し出したのは、ひとめで学生時代の真咲さんとわかる青年と、爽やかな短髪の青年が笑顔で並ぶ写真だ。
「これが、お兄ちゃん……」
短髪の青年を注視する。優しそうな、でもやんちゃそうに元気な笑顔を浮かべる青年を人差し指でなぞる。
私の記憶の中の兄はいつもシルエットだった。どんな顔をしていて、どんな声をしていたのか、全く記憶がない。初めて目にする青年なのに、懐かしさを感じるのは、彼が兄であると聞かされたからだ。
「俺と遼は近所に暮らしていて同級生でした。これは高校の卒業式の写真です。この後、遼とは別の大学に行ったのでほとんど連絡をしなくなり、今ではどこにいるのかわかりません」
「それは……、ううん、いいの。お兄ちゃんは元気に暮らしてるってママが言ってたから。会いたいなんて思ったりしたらいけないって、言われてるから……」
話すうちに声が震えてくる。考えたらいけないと脳内に警告が鳴る。
思い出してはいけないことがあると、何かが私をそうさせる。ずっとそうだった。兄を思う時、母に会いたいと願う時、父の存在に触れようとする時、それは必要ないのだと、してはいけないのだと、何かが私を制するのだ。
「遼は妹の悠紀さんを大切にしてましたよ。きっと普通の兄妹よりも、仲が良かったように思います」
そう言われてもぴんとは来ない。だが記憶の兄はいつも私に優しい。
「……古谷さん、これもらってもいい?」
「ええ、そのつもりでしたから」
真咲さんはふんわりと優しく微笑む。
兄と真咲さんが並ぶ写真を眺めながら、サンドイッチを口元に運ぶ。ほんの少しだけ、美味しい、という感覚がよみがえるのを感じる。
食事を終えたミカドもまた、私のひざの上にあがると、兄の写真をジッと見つめていた。
ベッドに横になって小説を読んでいると、ミカドが部屋を出ていこうとする。先程から廊下が騒々しい。真咲さんが荷運びをしているのだろうと想像はついたが、ミカドは気になって仕方ない様子だ。
しかしミカドはくぐり戸を出ていきかけたが、すぐに顔を引っ込めて戻ってきた。
「気は済んだ?」
私の胸元に顔を埋めるようにして丸くなるミカドの背をなでる。
ミカドは何を思ったか、ちょっと顔を上げて私の頬に鼻を寄せる。ひげがくすぐったくて目を細めると、彼はそわそわと足踏みして、そっぽを向いて丸くなる。まるで照れているみたいだ。こんな態度を取るミカドは珍しい。
小説の続きを読もうと本を開く。ミカドの寝息が聞こえる中、小説の内容に引き込まれていった頃、唐突にドアがノックされた。
「悠紀ちゃん、起きてる? ミカドのごはん、遅くなってごめんね」
「ミカド、お腹が空いてたの?」
だから部屋を出ていこうとしたのだと気づき、ベッドから降りる。
「それとね、古谷さんが悠紀ちゃんに見せたいものがあるんですって。良かったら下に来ない?」
古谷さんという言葉に反応して足が止まるが、同時に何を見せたいのだろうという好奇心も生まれて、私はドアを開けた。
くぐり戸からフードボウルを差し入れようと屈みかけたママが少々驚きの表情を浮かべる。私が出てくるなんて思っていなかったのだろう。
「ミカドも下で食べていい?」
「えっ……、ええ、いいわ。もちろんよ、悠紀ちゃん。リビングにサンドイッチ用意してあるの。古谷さんは食事すまされたけど、もう少し時間があるからって」
「ママは仕事してきて」
フードボウルを受け取り、ママを促す。
喫茶店の仕事は、アルバイトを雇っていた時期もあったけど、今はママが一人で切り盛りしている。私やミカドにかまっている時間なんて本当はないということは、頭の中ではわかっている。
一階に戻るママの後をついてリビングに向かう。私の後をミカドもついてくる。
リビングに真咲さんはすでにいた。小さなアルバムのようなファイルを開いて、いくつか写真を取り出しているところだった。
写真の整理なら自分の部屋ですればいいのに、と思っていると、真咲さんは私に気づいて柔和な笑みを浮かべた。
「引越しで荷物の整理をしていたら、懐かしい写真がいくつか出てきたんです。外折さんに昔の写真は一枚もないと聞いたので」
「昔の写真、ですか……?」
足元にフードボウルを置く。ミカドは私が椅子に腰かけるとすぐに食事を始めた。
「ああ、食事をどうぞ。サンドイッチ、とても美味しかったです」
真咲さんは私に食事を勧めながら、サンドイッチの乗るプレートの横に、何枚か写真を並べていく。
「遼の写真は、……そうですね、今のところ、この辺りが一番顔がわかりやすいかな」
「遼って……、お兄ちゃんの写真?」
真咲さんが指差す一番手前に置かれた写真を手に取る。
卒業式の写真だ。卒業証書を手に、仲間と肩を組む男子学生が何人か写っている。
「お兄ちゃんは、……どれ?」
小さく写る顔を一人ずつ目を皿のようにして眺めていく。
「真ん中です。遼はいつも仲間の中心だったから。……ああ、これもあった。これなら顔がよくわかります」
そう言って真咲さんが差し出したのは、ひとめで学生時代の真咲さんとわかる青年と、爽やかな短髪の青年が笑顔で並ぶ写真だ。
「これが、お兄ちゃん……」
短髪の青年を注視する。優しそうな、でもやんちゃそうに元気な笑顔を浮かべる青年を人差し指でなぞる。
私の記憶の中の兄はいつもシルエットだった。どんな顔をしていて、どんな声をしていたのか、全く記憶がない。初めて目にする青年なのに、懐かしさを感じるのは、彼が兄であると聞かされたからだ。
「俺と遼は近所に暮らしていて同級生でした。これは高校の卒業式の写真です。この後、遼とは別の大学に行ったのでほとんど連絡をしなくなり、今ではどこにいるのかわかりません」
「それは……、ううん、いいの。お兄ちゃんは元気に暮らしてるってママが言ってたから。会いたいなんて思ったりしたらいけないって、言われてるから……」
話すうちに声が震えてくる。考えたらいけないと脳内に警告が鳴る。
思い出してはいけないことがあると、何かが私をそうさせる。ずっとそうだった。兄を思う時、母に会いたいと願う時、父の存在に触れようとする時、それは必要ないのだと、してはいけないのだと、何かが私を制するのだ。
「遼は妹の悠紀さんを大切にしてましたよ。きっと普通の兄妹よりも、仲が良かったように思います」
そう言われてもぴんとは来ない。だが記憶の兄はいつも私に優しい。
「……古谷さん、これもらってもいい?」
「ええ、そのつもりでしたから」
真咲さんはふんわりと優しく微笑む。
兄と真咲さんが並ぶ写真を眺めながら、サンドイッチを口元に運ぶ。ほんの少しだけ、美味しい、という感覚がよみがえるのを感じる。
食事を終えたミカドもまた、私のひざの上にあがると、兄の写真をジッと見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる