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かからない魔法とめざめる奇跡
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「座り心地を確かめてもいいですよ」
真咲さんは室内の中央に置かれたソファーへ歩み寄ると、その背へ手を乗せて言う。
一人がけのソファーだが、ゆったりと座れるサイズで心地良い眠りに落ちることが出来るだろうと思えるものだ。
夢川千秋さんは真咲さんのセラピーを受けて、彼へ想いを寄せるようになったのだろうか。こんな素敵な空間で彼と二人きりで過ごしたら、恋に落ちてしまうのは必然かもしれない。
「少し、話をしますか?」
真咲さんはそう問いかけてくると、木製のチェアーに腰を下ろす。
ソファーは患者のためのもので、私は戸惑いながらも腰を下ろす。真咲さんが患者とどんな時間を過ごすのか、少しだけ興味があったのかもしれない。
「どうですか? 座り心地は」
「リラックスできる気はします……。疲れていたらすぐに眠れそう」
革張りのソファーは私の体をしっかりと支えてくれている。
「それは良かった。悠紀さんとゆっくり話す時間を持つのは久しぶりですね。長い間留守にしていましたが、遼に会ったこと以外で変わったことはありましたか?」
真咲さんは穏やかな笑みを浮かべて流暢に話すが、私はつい彼の口調に困惑してしまう。
「いつもこんな風に話を?」
「ああ、そういうつもりはありません。記憶は曖昧なものです。新しい記憶が重ねられる前に尋ねておこうと思っただけです」
「セラピーではないの……?」
「騙すようなことをして診療することはありません。患者の同意があっての治療です。それに、催眠術にはかからないタイプの方もいます。かかりたくない人。かかる必要のない人にはかからないのです。それともう一つ……俺は悠紀さんに催眠術をかけることは出来ません」
そう彼は言って、吐息を落とす。
なぜ?
そう思ったけれど、言葉は出てこない。代わりに自分でも驚くような言葉がついて出る。
なぜだろう。なぜ私は真咲さんに自分の気持ちを話したいと思っているのだろう。
「古谷先生がいない間のことはよく思い出せなくて。……そう、どうして先生が敬太のことを知ってるのか、そんなことを考えて。……それから、兄のことを」
「過去の記憶に触れてましたか」
「いつもそんなことばかり考えてて。今日も、……あ、なんでもないです」
「話してかまいません。言ってください」
私は口をつぐむが、真咲さんに促されたら言葉が溢れてくる。私は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。そう確信する。
「それが……、私、ずっと後悔してて。どうして出会ったんだろうって。出会いがなければ別れもないのに。だから、私なんて生まれてこなければ良かったって思って」
「出会うというのは、誰に?」
「いろんな……、いろんな人です。お母さんに出会ったことがもう間違いだったと思って」
「それは悠紀さんの責任ではないですよ」
「でも、お母さんは私がいない方が幸せだったから、私を捨ててどこかへ……」
「悠紀さん」
と、真咲さんは優しく私を呼ぶ。暗く落ちそうな心を温かな手ですくい上げるように。
「遼が現れたなら、迎えに来るつもりがあるのかもしれないですよ」
「もう10年以上経つのに。いまさら……」
視線を落とす。少なくともお母さんが私に会いたいなんて思ってない気がした。
「10年かかるほどの何か事情があったのかもしれません。それは遼に聞いてみなければわかりませんね」
「お兄ちゃんに、また会えるかな……」
「会えますよ。会いたい気持ちがあるなら」
「会いたい気持ち……」
私は頬に指を触れさせる。遼はきっとまた私に会いたいと思ってくれているだろう。でも兄妹だから、もう会ってはいけないと思っているかもしれない。
私は、だから、遼と引き離されたのだろうか。
あの頃の遼はただただ優しい兄だったけど、何かあったのだろうか。私が覚えていないだけで、何か。
「悠紀さん?」
私はハッとして指を下げる。無意識に唇を触っていた。遼がキスをしようとした意味を考えていた。遼が私を大切に思う気持ちの意味を。
「遼に会いたいですか? 悠紀さんは」
少し苦しげな表情で真咲さんは問う。
「兄には……会いたいです」
ある日突然引き裂かれた家族だ。会いたくないはずはない。
「兄には、ですか……」
噛みしめるようにその言葉を吐き出した真咲さんは、ふと真面目な表情を私に向ける。
「悠紀さん、結婚願望はありますか?」
「え……」
唐突に尋ねられて戸惑う。
「そんな気持ちがあるなら、なんでも話してください。力になれる自信はあります」
「……」
どう返事をしたらいいのかわからない。それでも、と思う。確かな力強い目で私を見つめてくれるから、彼なら私をこの闇から救い出してくれるかもしれないと。
「私……、また、恋ができますか?」
静かにそう吐き出した。
また、恋をする勇気を持てますか?
真咲さんがお医者様でも、あなたに恋をしてもいいですか……?
真咲さんは室内の中央に置かれたソファーへ歩み寄ると、その背へ手を乗せて言う。
一人がけのソファーだが、ゆったりと座れるサイズで心地良い眠りに落ちることが出来るだろうと思えるものだ。
夢川千秋さんは真咲さんのセラピーを受けて、彼へ想いを寄せるようになったのだろうか。こんな素敵な空間で彼と二人きりで過ごしたら、恋に落ちてしまうのは必然かもしれない。
「少し、話をしますか?」
真咲さんはそう問いかけてくると、木製のチェアーに腰を下ろす。
ソファーは患者のためのもので、私は戸惑いながらも腰を下ろす。真咲さんが患者とどんな時間を過ごすのか、少しだけ興味があったのかもしれない。
「どうですか? 座り心地は」
「リラックスできる気はします……。疲れていたらすぐに眠れそう」
革張りのソファーは私の体をしっかりと支えてくれている。
「それは良かった。悠紀さんとゆっくり話す時間を持つのは久しぶりですね。長い間留守にしていましたが、遼に会ったこと以外で変わったことはありましたか?」
真咲さんは穏やかな笑みを浮かべて流暢に話すが、私はつい彼の口調に困惑してしまう。
「いつもこんな風に話を?」
「ああ、そういうつもりはありません。記憶は曖昧なものです。新しい記憶が重ねられる前に尋ねておこうと思っただけです」
「セラピーではないの……?」
「騙すようなことをして診療することはありません。患者の同意があっての治療です。それに、催眠術にはかからないタイプの方もいます。かかりたくない人。かかる必要のない人にはかからないのです。それともう一つ……俺は悠紀さんに催眠術をかけることは出来ません」
そう彼は言って、吐息を落とす。
なぜ?
そう思ったけれど、言葉は出てこない。代わりに自分でも驚くような言葉がついて出る。
なぜだろう。なぜ私は真咲さんに自分の気持ちを話したいと思っているのだろう。
「古谷先生がいない間のことはよく思い出せなくて。……そう、どうして先生が敬太のことを知ってるのか、そんなことを考えて。……それから、兄のことを」
「過去の記憶に触れてましたか」
「いつもそんなことばかり考えてて。今日も、……あ、なんでもないです」
「話してかまいません。言ってください」
私は口をつぐむが、真咲さんに促されたら言葉が溢れてくる。私は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。そう確信する。
「それが……、私、ずっと後悔してて。どうして出会ったんだろうって。出会いがなければ別れもないのに。だから、私なんて生まれてこなければ良かったって思って」
「出会うというのは、誰に?」
「いろんな……、いろんな人です。お母さんに出会ったことがもう間違いだったと思って」
「それは悠紀さんの責任ではないですよ」
「でも、お母さんは私がいない方が幸せだったから、私を捨ててどこかへ……」
「悠紀さん」
と、真咲さんは優しく私を呼ぶ。暗く落ちそうな心を温かな手ですくい上げるように。
「遼が現れたなら、迎えに来るつもりがあるのかもしれないですよ」
「もう10年以上経つのに。いまさら……」
視線を落とす。少なくともお母さんが私に会いたいなんて思ってない気がした。
「10年かかるほどの何か事情があったのかもしれません。それは遼に聞いてみなければわかりませんね」
「お兄ちゃんに、また会えるかな……」
「会えますよ。会いたい気持ちがあるなら」
「会いたい気持ち……」
私は頬に指を触れさせる。遼はきっとまた私に会いたいと思ってくれているだろう。でも兄妹だから、もう会ってはいけないと思っているかもしれない。
私は、だから、遼と引き離されたのだろうか。
あの頃の遼はただただ優しい兄だったけど、何かあったのだろうか。私が覚えていないだけで、何か。
「悠紀さん?」
私はハッとして指を下げる。無意識に唇を触っていた。遼がキスをしようとした意味を考えていた。遼が私を大切に思う気持ちの意味を。
「遼に会いたいですか? 悠紀さんは」
少し苦しげな表情で真咲さんは問う。
「兄には……会いたいです」
ある日突然引き裂かれた家族だ。会いたくないはずはない。
「兄には、ですか……」
噛みしめるようにその言葉を吐き出した真咲さんは、ふと真面目な表情を私に向ける。
「悠紀さん、結婚願望はありますか?」
「え……」
唐突に尋ねられて戸惑う。
「そんな気持ちがあるなら、なんでも話してください。力になれる自信はあります」
「……」
どう返事をしたらいいのかわからない。それでも、と思う。確かな力強い目で私を見つめてくれるから、彼なら私をこの闇から救い出してくれるかもしれないと。
「私……、また、恋ができますか?」
静かにそう吐き出した。
また、恋をする勇気を持てますか?
真咲さんがお医者様でも、あなたに恋をしてもいいですか……?
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