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かからない魔法とめざめる奇跡
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この世でもっとも大切にしたい愛する女性を救うすべを持たない俺が、悠紀を救えるはずなどなかった。
傷つく彼女の苦しみを癒やすこともできない。無能な俺の腕の中で、彼女は気を失った。
また救えなかった。こうなる前になぜ手を差し伸べることが出来ないのだろう。
彼女はまた過去に戻りたいと願い、戻れない現実に直面して、あいまいな世界に逃げ込もうとするだろう。
明日絶望する彼女を救いたい。俺はそんな気持ちで悠紀を抱きしめた。
涙で頬に張り付く髪を指ですくい、おくれ毛に触れる。アップにした髪が乱れている。はねる髪をそっとなでつけて、彼女を抱いたまま立ち上がろうとした時、えり口からするりと光るものが落ちてきた。
俺は目を見張る。右手でそれをすくい上げ、手のひらの上に転がす。
「これは……」
ネックレスの先につながるのは、俺が悠紀にプレゼントした指輪だ。彼女はなくしたと言っていたが。
そっと指輪を握りしめる。どんな思いで毎日これを身につけているのだろう。兄である遼を思い、涙した悠紀の心は誰に向いているのか。
俺であればいい。そう願うのは、俺のひとりよがりな思いか。
「悠紀さん……」
頬に指を這わせ、柔らかな唇をなぞる。薄く開いた唇が可愛らしくて、俺はゆっくり顔を近づける。
以前のように唇を重ねたら、彼女は俺を求めてくれるだろうか。
無言で唇を寄せ、甘い果実を食むように、彼女の唇に触れようとした時、背後でコツリと音がした。
ハッとして振り返り、俺は眉をひそめる。
いつの間に入り込んだのだろう。猫のソマリが受付の前に座っている。美しく気高いフォーンの毛並みは珍しく、その面立ちも見慣れたものだ。
「ミカドくん……」
そうつぶやくと、ミカドは腰を上げ、厳しい表情で俺に近づいてくる。
悠紀を大切に思うのは彼も同じか。しかし決定的に違うものが一つある。
彼は猫だ。悠紀を幸せにすることはできない。
ミカドの前足が宙に浮いたまま止まる。苦しげに彼は身を丸める。その時だった。ミカドの体がうっすらと透け始める。
俺は我が目を疑った。猫の輪郭が溶けていき、代わりにぼんやりと浮かび始める奇妙な形が次第にくっきりとした変化を経て、人の姿へと変わる。
「ミカドくん、なのか……」
「ええ、そうですよ、真咲さん」
若い青年の風貌をした彼ははっきりとした言葉を発した。可愛らしい柔らかな風貌に似つかわしくない凛々しい声だ。
いつだったか、催眠術師の柳さんの放った言葉を思い出す。
『君の彼女の猫も、俺の催眠に感化されて、おしゃべりできるようになってるかもしれないね』
「まさか……」
柳さんの影響か。それとも、催眠術が成したと勘違いする俺だけ見える幻影か。
ミカドは頬に手を当て、待合室にある鏡を覗き込む。
「これが、俺……?」
そうつぶやいたかと思うと、わずかに喜びを唇の端に浮かべる。それはゾッとするほどに魅惑的な、危うい笑みで。
俺は悠紀に催眠術をかけられない。彼女にかからない魔法は、彼女を大切に思う彼には不思議な力を与えたのか。
「悠紀は俺が介抱します」
彼はもの言えぬ俺から悠紀を奪うように抱き上げると、クリニックの奥へと消えていく。幻影とは思えない確かな足取りで。
これが柳さんの成した奇跡か……。
俺は彼女を失ったぬくもりだけ残る手のひらを握りしめ、ぼんやりとそんなことを思った。
この世でもっとも大切にしたい愛する女性を救うすべを持たない俺が、悠紀を救えるはずなどなかった。
傷つく彼女の苦しみを癒やすこともできない。無能な俺の腕の中で、彼女は気を失った。
また救えなかった。こうなる前になぜ手を差し伸べることが出来ないのだろう。
彼女はまた過去に戻りたいと願い、戻れない現実に直面して、あいまいな世界に逃げ込もうとするだろう。
明日絶望する彼女を救いたい。俺はそんな気持ちで悠紀を抱きしめた。
涙で頬に張り付く髪を指ですくい、おくれ毛に触れる。アップにした髪が乱れている。はねる髪をそっとなでつけて、彼女を抱いたまま立ち上がろうとした時、えり口からするりと光るものが落ちてきた。
俺は目を見張る。右手でそれをすくい上げ、手のひらの上に転がす。
「これは……」
ネックレスの先につながるのは、俺が悠紀にプレゼントした指輪だ。彼女はなくしたと言っていたが。
そっと指輪を握りしめる。どんな思いで毎日これを身につけているのだろう。兄である遼を思い、涙した悠紀の心は誰に向いているのか。
俺であればいい。そう願うのは、俺のひとりよがりな思いか。
「悠紀さん……」
頬に指を這わせ、柔らかな唇をなぞる。薄く開いた唇が可愛らしくて、俺はゆっくり顔を近づける。
以前のように唇を重ねたら、彼女は俺を求めてくれるだろうか。
無言で唇を寄せ、甘い果実を食むように、彼女の唇に触れようとした時、背後でコツリと音がした。
ハッとして振り返り、俺は眉をひそめる。
いつの間に入り込んだのだろう。猫のソマリが受付の前に座っている。美しく気高いフォーンの毛並みは珍しく、その面立ちも見慣れたものだ。
「ミカドくん……」
そうつぶやくと、ミカドは腰を上げ、厳しい表情で俺に近づいてくる。
悠紀を大切に思うのは彼も同じか。しかし決定的に違うものが一つある。
彼は猫だ。悠紀を幸せにすることはできない。
ミカドの前足が宙に浮いたまま止まる。苦しげに彼は身を丸める。その時だった。ミカドの体がうっすらと透け始める。
俺は我が目を疑った。猫の輪郭が溶けていき、代わりにぼんやりと浮かび始める奇妙な形が次第にくっきりとした変化を経て、人の姿へと変わる。
「ミカドくん、なのか……」
「ええ、そうですよ、真咲さん」
若い青年の風貌をした彼ははっきりとした言葉を発した。可愛らしい柔らかな風貌に似つかわしくない凛々しい声だ。
いつだったか、催眠術師の柳さんの放った言葉を思い出す。
『君の彼女の猫も、俺の催眠に感化されて、おしゃべりできるようになってるかもしれないね』
「まさか……」
柳さんの影響か。それとも、催眠術が成したと勘違いする俺だけ見える幻影か。
ミカドは頬に手を当て、待合室にある鏡を覗き込む。
「これが、俺……?」
そうつぶやいたかと思うと、わずかに喜びを唇の端に浮かべる。それはゾッとするほどに魅惑的な、危うい笑みで。
俺は悠紀に催眠術をかけられない。彼女にかからない魔法は、彼女を大切に思う彼には不思議な力を与えたのか。
「悠紀は俺が介抱します」
彼はもの言えぬ俺から悠紀を奪うように抱き上げると、クリニックの奥へと消えていく。幻影とは思えない確かな足取りで。
これが柳さんの成した奇跡か……。
俺は彼女を失ったぬくもりだけ残る手のひらを握りしめ、ぼんやりとそんなことを思った。
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