非才の催眠術師

つづき綴

文字の大きさ
上 下
50 / 56
優しい真実と苦しい選択

3

しおりを挟む
***


「もしかして、外折由香?」

 外折由香との再会は彼女が高校一年生、俺が高校三年生になる直前の春のことだった。

「あ……、益田先輩」

 黒いエプロンをつけ、長い髪をポニーテールに結んだ由香は、恥ずかしそうに俺を見つめた。

 その表情だけで俺はすぐに彼女の気持ちを悟った。

 二年ほど前、中学を卒業する俺に「ずっと憧れてました」と告白してきた由香の気持ちはまだ俺に向いていると。

「アルバイト?」
「はい。春休みの間だけ。お姉ちゃんが結婚して、お祝いにプレゼントを買おうと思って。このカフェ、親戚のおじさんが経営してて、それで」

 矢継ぎ早にカフェでアルバイトしている理由を語った由香の純粋な微笑みはひどく可愛らしいと、俺の目に映った。

 中学卒業する時は彼女がいた。由香の告白も憧れていたというものだったし、彼女を恋愛対象に見ることなく過ぎてきた。

 由香は注文を取るとすぐに席を離れたが、俺が視線を送ると、真っ赤になってうつむいた。

 しばらくすると、アイスコーヒーを運んで俺のところへ戻ってきた。

「益田先輩は今日はお一人ですか?」
「今日も一人だよ」

 くすりと笑うと、由香は赤くなる。純粋な子だ。だから俺はすぐに興味を持った。

「一人でカフェにはよく来るんですか?」
「そうだね。将来カフェを経営したくてさ、いろんなカフェを食べ歩いてるんだ」
「そうなんですね! 私も先輩の夢を応援したいです! あっ、その、聞きたいことがあればおじさんに聞いてあげられるってことです!」

 少しばかり興奮して話す彼女は俺への愛情が隠しきれてなくて、それでも隠そうとするからおかしくてたまらなかった。

「今日は何時にバイト終わる? っていうか、高校はどこ?」

 俺はすぐに彼女を誘った。

 13時にアルバイトを終える由香を待って、近くの女子校に通う予定だと笑顔で話す彼女とそのままデートした。

 ほとんど毎日のように春休みの間、由香とデートした。

 再会したのがつい最近のこととは思えないぐらい俺たちは意気投合した。そして春休み最後の日、俺は彼女を自宅に呼んだ。

 由香は初めてだった。多少覚悟を決めて俺の部屋を訪れたようだったが、好きだとも、付き合おうとも言わない俺を素直に受け入れてくれた。

 もちろん好きだった。付き合っているつもりでいた。

 ただそれを口に出さなかっただけだった。そのぐらい、俺にとって由香の存在はいつも側にいて当たり前のものだった。

 それから会える時は必ず由香を自宅へ呼んだ。彼女はアルバイトしていると嘘をついて俺に会いに来ていた。

 そんな嘘がすぐに両親に知られてしまうのは当たり前だったのに、俺たちは無我夢中で抱き合った。

 可愛かった、由香が。
 俺と目を合わせるだけで恥ずかしがる由香。俺を楽しませようと学校での出来事を一生懸命話す由香。そのどれもがかけがえのない由香だった。

 由香の身体に異変が起きたのは梅雨も明けようという七月のことだった。

「顔色が良くないね」
「ちょっと食欲がなくて……」
「最近暑いからかなぁ。これからまだ暑くなるから大変だ」
「……うん」

 俺の気楽な返事に、由香は言い出せなかったのだと思う。

 その日を境に、由香は俺との連絡を絶った。

 なぜなのか、理解できなかった。彼女の自宅へ行こうと何度も思った。しかし結局勇気が出なくて、訪ねることは出来なかった。

 夏休みが明けた頃、妙な噂を聞くようになった。

 近くの女子校の生徒が退学処分を受けた。理由は妊娠。おろしたくないと学校で騒いだ。それが退学処分の決め手だった。そんな噂だ。

 女子高と聞いた瞬間、由香が思い出されたが、俺はふられたのだ、彼女のことを気にするのはやめよう。そう思って耳を塞いだ。
しおりを挟む

処理中です...