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優しい真実と苦しい選択
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由香と再会してから、二年近い月日が過ぎた。
京子は大手金融会社の役員と結婚した。俺に見切りをつける時は早かった。
しつこいぐらいかかってきていた由香への嫌がらせ電話も、京子の結婚が決まった頃にはパタリと止んだ。
「雫は元気か?」
喫茶店SIZUKUの常連客となった俺は、由香から雫の成長を聞くのが楽しみだった。
カウンターの奥の席が定位置だ。そこに座る俺の前で、由香が豆からひいたコーヒーを淹れてくれる。いまだ一つになれない家族だが、心は繋がっていると感じるひとときだ。
「もうすぐ中学生よ。不思議。私が創士さんに憧れていた年齢に雫がなるの」
「そうか。君はそんな頃から俺を好きでいてくれたんだな」
「雫もいつか恋をするのね」
「そうだな。いつか家族三人、堂々と暮らせる日が来るといいな。その前にお嫁に行くのは少しさみしい」
「創士さんって意外とさみしがりやね」
「意外とは余分だよ」
顔を見合わせて笑い合う時間は幸せだった。
ここに雫がいてくれたら。そう何度も思った。
それから半年も経たないある日、由香がびしょ濡れになって俺のカフェを訪れた。傘をさして来なかったわけじゃない。傘をさしていてもびしょ濡れになるほどの大雨が降っているのだ。
「どうしたんだ」
タオルで由香の髪を拭いてやる。彼女はひどく震えていた。
「寒いか?」
毛布を持ってこようと、店内の奥へ向かおうとする俺の腕を、由香はものすごく強い力でつかんできた。
「由香……?」
由香は震えていたが、泣いてはいなかった。涙すら流せない絶望が彼女に襲いかかっているのだ。俺はそう直感した。
「雫に、何かあったか?」
そう尋ねる俺の声も震えた。
写真だけでしか見たことのない雫。由香に似ているが、口元は俺に似ていて、愛らしい娘。その雫を失うなんてことは考えたくもなかった。
「由香」
青ざめる彼女の名を呼ぶと、ようやく口を開く。
「遼くんが、死んだの」
「遼……遼って……」
由香は小さくうなずく。
「お義兄さんの連れ子の遼くん。……さっき交通事故に巻き込まれたって連絡があって」
「雫は?」
「お義兄さんとお姉さんと一緒に病院へ……」
「雫は無事なんだな」
また由香は小さくうなずく。しかし俺と目を合わせたら、張り詰めていた糸が切れたように涙を流し、その場に崩れた。
「由香、雫は無事なんだろ? だったら……」
「きっと、雫がいなくなるの」
「え……?」
「前からお姉さんが言っていたの。遼くんが大学を卒業したら海外で暮らすって。お義兄さんの事業が軌道に乗ってきてるからって」
「雫も連れていくのか?」
「お姉さんはそのつもりよ。だって可愛がってるもの。本当の娘みたいに大事にしてる。遼くんがいなくなったら、すぐに海外に行っちゃう……」
呆然とする由香を見つめていた俺は、ある決心をして彼女の前にひざをつき、肩をしっかりとつかんだ。
「雫を取り返そう。雫は俺たちの子だ。俺たちと一緒にいた方が幸せに決まってる」
だから由香は俺の言う通りに、古屋夫婦へ雫を引き取りたいと申し出た。
悠美は遼を失い、病んでしまっていた。海外で療養しようと考えていた古屋夫妻は、雫も連れていこうとしていたようだったが、苦渋の選択を下した。そして、雫が由香のもとへ戻ってきた。
雫には、お母さんの具合が悪くなって入院したからお父さんにもしばらく会えないのだと話した。
お兄ちゃんは? と聞く雫が、兄の死を知らないのだと気づいた俺たちは、それは言わないでおこうと誓った。それが俺たちが雫にしてやれる優しさだと信じて疑わなかった。
由香と再会してから、二年近い月日が過ぎた。
京子は大手金融会社の役員と結婚した。俺に見切りをつける時は早かった。
しつこいぐらいかかってきていた由香への嫌がらせ電話も、京子の結婚が決まった頃にはパタリと止んだ。
「雫は元気か?」
喫茶店SIZUKUの常連客となった俺は、由香から雫の成長を聞くのが楽しみだった。
カウンターの奥の席が定位置だ。そこに座る俺の前で、由香が豆からひいたコーヒーを淹れてくれる。いまだ一つになれない家族だが、心は繋がっていると感じるひとときだ。
「もうすぐ中学生よ。不思議。私が創士さんに憧れていた年齢に雫がなるの」
「そうか。君はそんな頃から俺を好きでいてくれたんだな」
「雫もいつか恋をするのね」
「そうだな。いつか家族三人、堂々と暮らせる日が来るといいな。その前にお嫁に行くのは少しさみしい」
「創士さんって意外とさみしがりやね」
「意外とは余分だよ」
顔を見合わせて笑い合う時間は幸せだった。
ここに雫がいてくれたら。そう何度も思った。
それから半年も経たないある日、由香がびしょ濡れになって俺のカフェを訪れた。傘をさして来なかったわけじゃない。傘をさしていてもびしょ濡れになるほどの大雨が降っているのだ。
「どうしたんだ」
タオルで由香の髪を拭いてやる。彼女はひどく震えていた。
「寒いか?」
毛布を持ってこようと、店内の奥へ向かおうとする俺の腕を、由香はものすごく強い力でつかんできた。
「由香……?」
由香は震えていたが、泣いてはいなかった。涙すら流せない絶望が彼女に襲いかかっているのだ。俺はそう直感した。
「雫に、何かあったか?」
そう尋ねる俺の声も震えた。
写真だけでしか見たことのない雫。由香に似ているが、口元は俺に似ていて、愛らしい娘。その雫を失うなんてことは考えたくもなかった。
「由香」
青ざめる彼女の名を呼ぶと、ようやく口を開く。
「遼くんが、死んだの」
「遼……遼って……」
由香は小さくうなずく。
「お義兄さんの連れ子の遼くん。……さっき交通事故に巻き込まれたって連絡があって」
「雫は?」
「お義兄さんとお姉さんと一緒に病院へ……」
「雫は無事なんだな」
また由香は小さくうなずく。しかし俺と目を合わせたら、張り詰めていた糸が切れたように涙を流し、その場に崩れた。
「由香、雫は無事なんだろ? だったら……」
「きっと、雫がいなくなるの」
「え……?」
「前からお姉さんが言っていたの。遼くんが大学を卒業したら海外で暮らすって。お義兄さんの事業が軌道に乗ってきてるからって」
「雫も連れていくのか?」
「お姉さんはそのつもりよ。だって可愛がってるもの。本当の娘みたいに大事にしてる。遼くんがいなくなったら、すぐに海外に行っちゃう……」
呆然とする由香を見つめていた俺は、ある決心をして彼女の前にひざをつき、肩をしっかりとつかんだ。
「雫を取り返そう。雫は俺たちの子だ。俺たちと一緒にいた方が幸せに決まってる」
だから由香は俺の言う通りに、古屋夫婦へ雫を引き取りたいと申し出た。
悠美は遼を失い、病んでしまっていた。海外で療養しようと考えていた古屋夫妻は、雫も連れていこうとしていたようだったが、苦渋の選択を下した。そして、雫が由香のもとへ戻ってきた。
雫には、お母さんの具合が悪くなって入院したからお父さんにもしばらく会えないのだと話した。
お兄ちゃんは? と聞く雫が、兄の死を知らないのだと気づいた俺たちは、それは言わないでおこうと誓った。それが俺たちが雫にしてやれる優しさだと信じて疑わなかった。
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