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遺産の使い道
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「佐那子ちゃん、荷物運ぶわよー? 重たいでしょー」
「大丈夫です、一度に運べますから。遅くまで付き合ってもらってすみません」
頭をさげることで、運転席から降りようとする秋花さんを押しとどめる。彼女は申し訳なさそうにしたが、帰宅予定の時間が迫っているからか、無理に降りてこようとはしなかった。
「じゃあ、悪いけど帰るわね。何かあったら連絡して。すぐに飛んでくるから」
秋花さんの暮らすマンションは、神林邸から車で15分ほどの距離にある。連絡したら、本当にすぐに飛んできてくれるだろう。
にっこりと笑んで、もう一度頭を下げると、秋花さんは手を振り、車を発進させた。
立ち去る車を見送ったあと、足もとに置かれた荷物を持ち上げる。両手いっぱいの荷物は、夏凪さんのための生活用品や食料品だ。
充寿さんのお見舞いを済ませたあと、秋花さんと一緒にショッピングセンターへ行き、今夜にも必要とするものを買い込んできた。
裏口から屋敷の中へ入り、リビングへ行くと、夏凪さんの姿はなかった。
あれほどの剣幕で私にかみついてきたのだから、顔も合わせたくないのだろう。
それはそれで気が楽だが、私は居候の身だし、叶冬さんによろしく頼むとお願いされている。夏凪さんが困らないように最低限のお世話はしなければならないだろう。
「お夕食の準備とベッドメイキング、あ、あとはバスルームのお掃除もしなきゃ」
部屋の掃除は欠かさないものの、充寿さんが入院してからは、メインバスルームの掃除はしていなかった。
私が使わせてもらっている部屋の隣にも、バスルームやミニキッチンがあって、一人の生活ならそこですべて完結できていたのだ。
髪を一つに束ねると、チェストから取り出したエプロンを身につけ、腕まくりをした。
食材を冷蔵庫に片付け、夕食用にと購入してきたごぼうとれんこんの下ごしらえをする。
夏凪さんは長くアメリカで暮らしていた。日本食を懐かしんでいるだろうと秋花さんから聞いて、筑前煮ときんぴらごぼうを作るつもりでいる。お刺身も買ってきたし、今夜はいつもより豪勢な食卓になるだろう。食べてくれれば……、だけれど。
「さ、次はバスルームの掃除っと」
下ごしらえが済んで、キッチンから出ようとしたとき、リビングの扉がゆっくりと開いた。
裏口ではなく、エントランスホールにつながる扉の方だ。すぐに夏凪さんが来たのだとわかり、ちょっと緊張した。
私だって、いくら陰口に慣れてるといっても、面と向かって敵視されたらそれなりに居心地が悪い。
「ああー、佐那子さん。そのー……、さっきは悪かった」
夏凪さんは私と目を合わせると、少し気まずそうに口を歪めて謝罪した。
なんだろう。私を罵倒した威勢はどこへ行ったのだろうと拍子抜けするほど殊勝な態度に驚いてしまう。
「どういう風の吹き回しですか? さっきはあんなに怒ってらしたのに」
一歩後ろへ下がってそう言う。夏凪さんが一歩前へ出たから、無意識に距離を空けてしまった。それに気づいたのか、彼は大げさなぐらい申し訳なさそうに眉を下げた。
「それなんだが、何も事情を知らないまま帰国したんだ。兄さんたちから、いきなり佐那子さんの話を聞かされてね、ひどく驚いてしまった。取り乱したことは謝る」
「知らないって、そんなことあるんですか? いくら海外にいらしたからって」
どうにも素直に受け入れられなくて、そう尋ねると、彼はますます恐縮した。
「実は、父さんから佐那子さんに関する手紙は届いていたんだが、忙しくてすっかり読むのを忘れていたんだよ」
「読むのを忘れ……って、私がここへ来たのははたちのときで、6年前になりますけど」
「そうらしいね。ほら、忘れるととことん忘れるものだろう? 姉さんに言われるまで、手紙の存在すら忘れていたんだ」
お恥ずかしながら、と夏凪さんは後ろ頭をなでる。
うそを言ってるようには見えないけれど、何か隠してる気がして、彼の態度そのままを素直に受け入れることもできない。
「どちらにしても、こころよくは思わなかったでしょう?」
「それを言われると、つらい。佐那子さんを傷つけてしまって、本当に申し訳なかったと思ってる。誤解を解くには、お互いをよく知るところから始めたいと思ってるよ」
「何も誤解したつもりはありません。あなたのように思われるのは普通ですから」
冷静に答えるが、警戒心をあらわにする猫のように、今の私は全身総毛立っているだろう。それは彼にも伝わっているはずだ。
「まず、そのだな、あなたというのをやめよう。夏凪と呼んでくれていい」
「承知しました、夏凪さん」
「だからな、そういう素っ気なさが心もとない。……いや、仕方ないよな。俺が悪い。すぐにとは言わないが、俺を慕ってくれたらうれしい」
慕う? どういうつもりで?
いきなりなぜ、親しくなろうなどというのか。
警戒心はマックスにふくれあがる。
「私は居候ですので、分をわきまえています」
「ああ、別に必要以上に親しくなろうと言ったわけじゃないんだ。困ったことがあったら頼ってくれていいと言ったつもりだ」
本当によくわからない。親切を装って、何を企んでるのだろう。
「ありがとうございます。早速ですが、お夕食は7時ごろになりますが、よろしいですか? ご要望があれば、そのお時間にお作りしますが」
「いや、7時でかまわないよ。佐那子さんの都合に合わせよう」
「お食事はひとりでなさいますか?」
「いやいや、ふたりで大丈夫だよ。あまり気を遣わなくていいんだ。食事を作ってもらえるだけでもありがたい」
「そう言ってもらえると助かります。では、そろそろ失礼しますね。7時になりましたら、またこちらへお越しください」
深々と頭をさげ、会話を切り上げる。
夏凪さんはまだ何か話したそうな顔をしていたが、これ以上話を続けるのは落ち着かなくて、私はそそくさとリビングをあとにした。
「佐那子ちゃん、荷物運ぶわよー? 重たいでしょー」
「大丈夫です、一度に運べますから。遅くまで付き合ってもらってすみません」
頭をさげることで、運転席から降りようとする秋花さんを押しとどめる。彼女は申し訳なさそうにしたが、帰宅予定の時間が迫っているからか、無理に降りてこようとはしなかった。
「じゃあ、悪いけど帰るわね。何かあったら連絡して。すぐに飛んでくるから」
秋花さんの暮らすマンションは、神林邸から車で15分ほどの距離にある。連絡したら、本当にすぐに飛んできてくれるだろう。
にっこりと笑んで、もう一度頭を下げると、秋花さんは手を振り、車を発進させた。
立ち去る車を見送ったあと、足もとに置かれた荷物を持ち上げる。両手いっぱいの荷物は、夏凪さんのための生活用品や食料品だ。
充寿さんのお見舞いを済ませたあと、秋花さんと一緒にショッピングセンターへ行き、今夜にも必要とするものを買い込んできた。
裏口から屋敷の中へ入り、リビングへ行くと、夏凪さんの姿はなかった。
あれほどの剣幕で私にかみついてきたのだから、顔も合わせたくないのだろう。
それはそれで気が楽だが、私は居候の身だし、叶冬さんによろしく頼むとお願いされている。夏凪さんが困らないように最低限のお世話はしなければならないだろう。
「お夕食の準備とベッドメイキング、あ、あとはバスルームのお掃除もしなきゃ」
部屋の掃除は欠かさないものの、充寿さんが入院してからは、メインバスルームの掃除はしていなかった。
私が使わせてもらっている部屋の隣にも、バスルームやミニキッチンがあって、一人の生活ならそこですべて完結できていたのだ。
髪を一つに束ねると、チェストから取り出したエプロンを身につけ、腕まくりをした。
食材を冷蔵庫に片付け、夕食用にと購入してきたごぼうとれんこんの下ごしらえをする。
夏凪さんは長くアメリカで暮らしていた。日本食を懐かしんでいるだろうと秋花さんから聞いて、筑前煮ときんぴらごぼうを作るつもりでいる。お刺身も買ってきたし、今夜はいつもより豪勢な食卓になるだろう。食べてくれれば……、だけれど。
「さ、次はバスルームの掃除っと」
下ごしらえが済んで、キッチンから出ようとしたとき、リビングの扉がゆっくりと開いた。
裏口ではなく、エントランスホールにつながる扉の方だ。すぐに夏凪さんが来たのだとわかり、ちょっと緊張した。
私だって、いくら陰口に慣れてるといっても、面と向かって敵視されたらそれなりに居心地が悪い。
「ああー、佐那子さん。そのー……、さっきは悪かった」
夏凪さんは私と目を合わせると、少し気まずそうに口を歪めて謝罪した。
なんだろう。私を罵倒した威勢はどこへ行ったのだろうと拍子抜けするほど殊勝な態度に驚いてしまう。
「どういう風の吹き回しですか? さっきはあんなに怒ってらしたのに」
一歩後ろへ下がってそう言う。夏凪さんが一歩前へ出たから、無意識に距離を空けてしまった。それに気づいたのか、彼は大げさなぐらい申し訳なさそうに眉を下げた。
「それなんだが、何も事情を知らないまま帰国したんだ。兄さんたちから、いきなり佐那子さんの話を聞かされてね、ひどく驚いてしまった。取り乱したことは謝る」
「知らないって、そんなことあるんですか? いくら海外にいらしたからって」
どうにも素直に受け入れられなくて、そう尋ねると、彼はますます恐縮した。
「実は、父さんから佐那子さんに関する手紙は届いていたんだが、忙しくてすっかり読むのを忘れていたんだよ」
「読むのを忘れ……って、私がここへ来たのははたちのときで、6年前になりますけど」
「そうらしいね。ほら、忘れるととことん忘れるものだろう? 姉さんに言われるまで、手紙の存在すら忘れていたんだ」
お恥ずかしながら、と夏凪さんは後ろ頭をなでる。
うそを言ってるようには見えないけれど、何か隠してる気がして、彼の態度そのままを素直に受け入れることもできない。
「どちらにしても、こころよくは思わなかったでしょう?」
「それを言われると、つらい。佐那子さんを傷つけてしまって、本当に申し訳なかったと思ってる。誤解を解くには、お互いをよく知るところから始めたいと思ってるよ」
「何も誤解したつもりはありません。あなたのように思われるのは普通ですから」
冷静に答えるが、警戒心をあらわにする猫のように、今の私は全身総毛立っているだろう。それは彼にも伝わっているはずだ。
「まず、そのだな、あなたというのをやめよう。夏凪と呼んでくれていい」
「承知しました、夏凪さん」
「だからな、そういう素っ気なさが心もとない。……いや、仕方ないよな。俺が悪い。すぐにとは言わないが、俺を慕ってくれたらうれしい」
慕う? どういうつもりで?
いきなりなぜ、親しくなろうなどというのか。
警戒心はマックスにふくれあがる。
「私は居候ですので、分をわきまえています」
「ああ、別に必要以上に親しくなろうと言ったわけじゃないんだ。困ったことがあったら頼ってくれていいと言ったつもりだ」
本当によくわからない。親切を装って、何を企んでるのだろう。
「ありがとうございます。早速ですが、お夕食は7時ごろになりますが、よろしいですか? ご要望があれば、そのお時間にお作りしますが」
「いや、7時でかまわないよ。佐那子さんの都合に合わせよう」
「お食事はひとりでなさいますか?」
「いやいや、ふたりで大丈夫だよ。あまり気を遣わなくていいんだ。食事を作ってもらえるだけでもありがたい」
「そう言ってもらえると助かります。では、そろそろ失礼しますね。7時になりましたら、またこちらへお越しください」
深々と頭をさげ、会話を切り上げる。
夏凪さんはまだ何か話したそうな顔をしていたが、これ以上話を続けるのは落ち着かなくて、私はそそくさとリビングをあとにした。
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