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理不尽な要求
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お盆休みということもあり、鳴宮駅は旅行客で混雑していた。
構内のお土産売り場近くにある改札口で、彰さんを待った。以前と同じ待ち合わせ場所だったから、わかりやすいと思ったのだ。
「すみませんっ、遅くなりました」
彼は息を乱し、約束の時間を遅れてやってきた。落ち着いた印象の男性だったから、取り乱す姿は意外だった。
「私もさっき来たばかりなので」
嘘だった。だけど、待たされたというほど待ってない。それより、彰さんの様子の方が気になった。
「何かあったんですか?」
「会わせたい人がいたんですが、体調が良くないって出かけに連絡があったものですから」
「大丈夫なんですか?」
驚いてしまう。体調不良で来れなくなったというのもだけど、誰か別の人を連れてくるつもりだったなんて。
彰さんはマッチングアプリで出会った人だ。それなりに警戒してるつもりではあったけど、3人で会うとなると、妙な勧誘を想像してしまう。
「薬飲んで落ち着いたらしいんですが、風邪だったらチアキさんに移してしまうといけないからって、来るのはやめたみたいです」
「お大事にしてくださいと、お伝えください。どんな方なんですか?」
「旧知の中と言いますか。また元気になったら、3人で食事しましょう」
「はあ」
気のない返事をしてしまった。彰さんに会うのは、今日が最後と決めてきたのに。
「すみません。先にお話してなくて」
彰さんは素直に謝罪する。とても紳士で、良い人のように見えるけれど。
「お連れの方が見えないなら、このまま帰りますか?」
大事な話は、会わせたい人がいるってことだったのだろうと思い、尋ねた。
「ずいぶんとご無沙汰していましたので、お食事ぐらいはしませんか?」
構内の天井を指差して、彼は言う。上部フロアーには、洒落たレストランがいくつか入っている。
断る前に、彰さんは歩き出す。断れない私の性格を見抜いてるんだろう。少し遅れて、彼の背中を追う。
「もう、半年近く前でしたか、お会いしたのは」
「そのぐらいになりますね。先月……、先々月ぐらいだったでしょうか、久しぶりにメールをいただいて、驚きました」
「またご縁ができましたね」
彰さんは、ふふっと笑って、エスカレーターに先に乗るようにと、私を促す。そのしぐさはとてもスマート。大人だなって思うけど、大知くんも同じようにするだろうとも思う。
どこのレストランも混雑していたが、比較的待ち時間の短い店を選んだ。ほんの少し食事してすぐに帰るつもりだった。カウンター席なら空いてると言われ、思ったよりはやく店内に入ることができた。
おすすめメニューを注文し、ワインで乾杯する。
グラスの奥でほほえむ彰さんは、清潔感はもちろんのこと、エネルギッシュなたくましさがある。だからだろうか。ほんの少し、ついていけないって感じてしまうのは。
ワインをひと口飲んで、グラスを置くと、彰さんが先に口を開いた。
「なかなかメールのお返事がいただけなかったので、ご迷惑だったかと悩んでました」
「すみません。迷ってしまって」
正直に答えた。
「迷う? 迷うようなことがありましたか? たとえば、恋人ができた、とか?」
ずばりと聞いてくる。そんなに私はわかりやすいだろうか。
「……恋人なんでしょうけど」
大知くんをどう紹介したものかと悩む。彼が堂々と私の彼氏だと言えないのと同様、私も言えないのだと思う。
「けど?」
「好きって、なかなか言ってあげられないんです」
「あぁー、そうですか」
「すみません、なんか。こんな話……」
柔らかくほほえむ彼に、頭を下げる。
「いいんですよ。最初にチアキさんへの連絡をやめたのは、俺の方ですから。お互いに、恋愛対象ではないと感じたのでしょう。それで、その彼には、俺のことを話してない?」
「え、ええ。嫉妬するような子でもないし、むしろ、マッチングアプリなんて使わなくても出会いなんであるでしょうって笑い飛ばしてくれるような彼だと思うんです」
終始、彰さんはにこやかにうなずく。
「自信がないのかもしれないです。どんどんのめり込んだら、今まで築き上げてきたもの全部、捨てちゃうかもしれないって」
「意外と、尽くしすぎるタイプですか。それでもいいじゃないですか。お仕事も順調なようですし、捨てられるものなんてないはずです。それとも、結婚を意識されてる?」
あわてて首をふる。
「結婚なんて、とんでもない。彼、学生なんです。勉強の邪魔しちゃいけないし、結婚なんてずっと先まで無理。そんな頃、おばあちゃんになっちゃいそう」
「おばあちゃんですか。おかしいな」
あはは、って彰さんは笑って、目尻の涙をぬぐう仕草をする。
「今は学生でも、すぐに稼ぐようになりますよ。チアキさんが尽くす以上に尽くしてもらえば、対等でしょう」
「対等の関係になれるでしょうか」
「なれますよ。俺が保証します」
なんとも信頼のない保証だ。あきれつつも、彰さんに話を聞いてもらってよかったと思う。
「彰さんの方はどうですか? 良い方に、出会えました?」
「えぇ。最近なんですけどね、いいなぁと思う女性に。結婚願望もおありのようでしたし、一度お会いしてみようかと」
「あ……、すみません。私、結婚願望がないなんて言ってしまって」
真剣に結婚したがってる男性に、なんという軽率な発言したのだろう。ぺこりと頭をさげる。
「あぁ、いえ。結果的に、よかったんだと思いますよ。チアキさんも、新しい出会いがあってよかったですね」
「ありがとうございます。それじゃあ、メールするの、もうやめませんか?」
私たちはもう会う必要がない。友人として付き合っていけるほど、趣味が合う気もしない。それは彼も感じてるはずなのに、返ってきた答えは意外なものだった。
「なぜです?」
「なぜって……、私のことばっかり考えてるなんて送ってきたら、相手の女性に誤解されちゃいますよ」
なるべく深刻にならないように、茶目っ気を込めて言ってみたが、彰さんの答えは揺るぎがなかった。
「メールはこれからも続けてください。会いたくても会えないときに、メールしたいんです」
お盆休みということもあり、鳴宮駅は旅行客で混雑していた。
構内のお土産売り場近くにある改札口で、彰さんを待った。以前と同じ待ち合わせ場所だったから、わかりやすいと思ったのだ。
「すみませんっ、遅くなりました」
彼は息を乱し、約束の時間を遅れてやってきた。落ち着いた印象の男性だったから、取り乱す姿は意外だった。
「私もさっき来たばかりなので」
嘘だった。だけど、待たされたというほど待ってない。それより、彰さんの様子の方が気になった。
「何かあったんですか?」
「会わせたい人がいたんですが、体調が良くないって出かけに連絡があったものですから」
「大丈夫なんですか?」
驚いてしまう。体調不良で来れなくなったというのもだけど、誰か別の人を連れてくるつもりだったなんて。
彰さんはマッチングアプリで出会った人だ。それなりに警戒してるつもりではあったけど、3人で会うとなると、妙な勧誘を想像してしまう。
「薬飲んで落ち着いたらしいんですが、風邪だったらチアキさんに移してしまうといけないからって、来るのはやめたみたいです」
「お大事にしてくださいと、お伝えください。どんな方なんですか?」
「旧知の中と言いますか。また元気になったら、3人で食事しましょう」
「はあ」
気のない返事をしてしまった。彰さんに会うのは、今日が最後と決めてきたのに。
「すみません。先にお話してなくて」
彰さんは素直に謝罪する。とても紳士で、良い人のように見えるけれど。
「お連れの方が見えないなら、このまま帰りますか?」
大事な話は、会わせたい人がいるってことだったのだろうと思い、尋ねた。
「ずいぶんとご無沙汰していましたので、お食事ぐらいはしませんか?」
構内の天井を指差して、彼は言う。上部フロアーには、洒落たレストランがいくつか入っている。
断る前に、彰さんは歩き出す。断れない私の性格を見抜いてるんだろう。少し遅れて、彼の背中を追う。
「もう、半年近く前でしたか、お会いしたのは」
「そのぐらいになりますね。先月……、先々月ぐらいだったでしょうか、久しぶりにメールをいただいて、驚きました」
「またご縁ができましたね」
彰さんは、ふふっと笑って、エスカレーターに先に乗るようにと、私を促す。そのしぐさはとてもスマート。大人だなって思うけど、大知くんも同じようにするだろうとも思う。
どこのレストランも混雑していたが、比較的待ち時間の短い店を選んだ。ほんの少し食事してすぐに帰るつもりだった。カウンター席なら空いてると言われ、思ったよりはやく店内に入ることができた。
おすすめメニューを注文し、ワインで乾杯する。
グラスの奥でほほえむ彰さんは、清潔感はもちろんのこと、エネルギッシュなたくましさがある。だからだろうか。ほんの少し、ついていけないって感じてしまうのは。
ワインをひと口飲んで、グラスを置くと、彰さんが先に口を開いた。
「なかなかメールのお返事がいただけなかったので、ご迷惑だったかと悩んでました」
「すみません。迷ってしまって」
正直に答えた。
「迷う? 迷うようなことがありましたか? たとえば、恋人ができた、とか?」
ずばりと聞いてくる。そんなに私はわかりやすいだろうか。
「……恋人なんでしょうけど」
大知くんをどう紹介したものかと悩む。彼が堂々と私の彼氏だと言えないのと同様、私も言えないのだと思う。
「けど?」
「好きって、なかなか言ってあげられないんです」
「あぁー、そうですか」
「すみません、なんか。こんな話……」
柔らかくほほえむ彼に、頭を下げる。
「いいんですよ。最初にチアキさんへの連絡をやめたのは、俺の方ですから。お互いに、恋愛対象ではないと感じたのでしょう。それで、その彼には、俺のことを話してない?」
「え、ええ。嫉妬するような子でもないし、むしろ、マッチングアプリなんて使わなくても出会いなんであるでしょうって笑い飛ばしてくれるような彼だと思うんです」
終始、彰さんはにこやかにうなずく。
「自信がないのかもしれないです。どんどんのめり込んだら、今まで築き上げてきたもの全部、捨てちゃうかもしれないって」
「意外と、尽くしすぎるタイプですか。それでもいいじゃないですか。お仕事も順調なようですし、捨てられるものなんてないはずです。それとも、結婚を意識されてる?」
あわてて首をふる。
「結婚なんて、とんでもない。彼、学生なんです。勉強の邪魔しちゃいけないし、結婚なんてずっと先まで無理。そんな頃、おばあちゃんになっちゃいそう」
「おばあちゃんですか。おかしいな」
あはは、って彰さんは笑って、目尻の涙をぬぐう仕草をする。
「今は学生でも、すぐに稼ぐようになりますよ。チアキさんが尽くす以上に尽くしてもらえば、対等でしょう」
「対等の関係になれるでしょうか」
「なれますよ。俺が保証します」
なんとも信頼のない保証だ。あきれつつも、彰さんに話を聞いてもらってよかったと思う。
「彰さんの方はどうですか? 良い方に、出会えました?」
「えぇ。最近なんですけどね、いいなぁと思う女性に。結婚願望もおありのようでしたし、一度お会いしてみようかと」
「あ……、すみません。私、結婚願望がないなんて言ってしまって」
真剣に結婚したがってる男性に、なんという軽率な発言したのだろう。ぺこりと頭をさげる。
「あぁ、いえ。結果的に、よかったんだと思いますよ。チアキさんも、新しい出会いがあってよかったですね」
「ありがとうございます。それじゃあ、メールするの、もうやめませんか?」
私たちはもう会う必要がない。友人として付き合っていけるほど、趣味が合う気もしない。それは彼も感じてるはずなのに、返ってきた答えは意外なものだった。
「なぜです?」
「なぜって……、私のことばっかり考えてるなんて送ってきたら、相手の女性に誤解されちゃいますよ」
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