あなたと恋ができるまで

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本当の恋人になれる日

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『土曜日の11時、鳴宮駅のレストンホテルのロビーで待ち合わせに決まったよ』

 会社を出たところで、絵美からメールが入った。了解って返事した後、大知くんのメールボックスを確認するけど、何も連絡は入ってない。

 まだ火曜日。日曜日に会ったばかりだし、すぐに会いたいって気持ちにもならないだろう。

 せっかく、いつでも会える関係になっても、これまでと変わらない。ちょっとさみしいな、なんて思う自分に苦笑して、スマホをバッグに入れる。

 今日は残業になってしまった。

 空を見上げたら、綺麗な月が見えていた。満月みたいに大きな月が、明るく私を照らす。

 なんだろう。大知くんを恋しく思ったりするのは、疲れからか、それとも月のせいか。

「千秋? 千秋か?」

 覚えのある声が、私を呼び止めた。振り返るより先に、声の主が私の前に回り込んでくる。元彼の、智弘だった。

「……お久しぶりです」

 ちょっと息を飲んだ後、ぺこりと頭を下げた。

 あいかわらず、智弘はカッコいい。紳士的なのに、やんちゃな部分も持ってる人。その雰囲気は何年経っても健在で、魅惑的。

 彼に接する時、どこか私はよそよそしい。智弘との距離感にいつも悩んでる。

「そんなに久しぶり? 残業だった?」

 智弘はちょっと笑って、オフィスビルを見上げる。

 最後に彼に会ったのは、春に実家へ遊びに行ったとき。近所で暮らす兄が、智弘を連れてやってきた。
 智弘の実家も近くだし、両親も、兄のおさななじみとしての彼を受け入れてる。

「智弘も残業?」
「俺はいつもこの時間だよ。勇一が近くに千秋の会社があるはずだって言ってたから、いつか会えると思ってた」

 まるで、私に会いたかったみたいな言い方をする。ついこの間まで、彼女がいたのに。

「どっかで、夜ごはん食べてく?」
「今日は疲れてるから」
「じゃあ、また今度行こうか」

 気楽に誘って、簡単に身を引く。智弘はいつもそう。綿密な計画なんてない。その場の雰囲気で決めてしまう。だから、流され出すと、一気に流されてしまう。

「今度はないです」

 きっぱりと言うと、智弘は眉をあげる。

「彼氏に遠慮してるの?」
「私も彼も、きっと気にするから……」
「俺を意識してるから、そう思う?」

 余裕そうに、彼は笑む。自分がいかに魅力的な男か、理解してるからそんな顔ができる。

「誤解されるようなこと、したくないって思ってる」
「俺たち、誤解されるような関係かな? まだ、俺のこと忘れられないならわかるけど?」

 いたずらっ子のように、目を細めて笑う。私が彼と過ごしたすべてを忘れてないって確信してるから。

 もちろん、覚えてる。10年経っても、すべてがはじめての経験だったから、覚えてる。だから私は、大知くんを拒めなかったんじゃなかったか。

 私を抱く彼が、智弘に似てたから……。でも、違う。智弘に似てたから、大知くんを好きになったんじゃない。見た目や雰囲気は似てても、大知くんと智弘の中身は全然違う。

「嫉妬深い男?」
「そうじゃないけど、優しいから」
「困らせたくないんだ?」
「智弘とは行けない。ごめんなさい」

 頭を下げた。これ以上話してもダメだろう。彼は私がなびく時を待ってる。これからもずっと、のらりくらりと誘惑してくるだろう。

 智弘は眉を下げて、私の肩にそっと触れた。

「疲れてるのに悪かったよ。千秋に彼氏ができたって勇一から聞いてさ、嫉妬したのかもしれないな。なんで別れたかなって後悔してる」
「……もう終わった話です」
「男と女なんてさ、いつどうなるかわからないものだよ」
 
 彼の指先が、私のうなじに触れた。ハッとして、腕を押す。

 大知くんの顔が浮かんだ。

 彼がいなかったら、智弘になびいてたかもしれない。そのぐらい、智弘は簡単に身体や心に触れてくる。それは無意識に、自然に。簡単に、恋を仕掛ける。

「また電話するよ。ずっと会えなかったのに、今日会えたのは、何かの運命かもしれない」

 なんでもないことを特別なことのように言う。

 智弘の穏やかに瞳に吸い込まれそうで、たまらなくなる。私は無言で頭を下げると、逃げるみたいにその場を後にした。
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