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初めてをもらってもらえませんか?
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「ごめんなさい。お待たせ」
先に更衣室を出ていた御園さんに声をかける。
お化粧直しに時間がかかってしまった。謝るが、待つのは嫌いじゃないの、と言う彼女と、会社近くのレストランへ向かう。
「パールムに予約したの。行ったことある?」
「熱帯魚ね」
「え、熱帯……?」
「パールムっていう熱帯魚がいるのよ」
そうなのか。全然知らなかった。
「水槽でもあるレストランかしらね」
御園さんは付け足して、そう言う。
「あっ、うん、そうっ。すごくきれいな水槽がレストランの中央にあるの。じゃあ、初めて? 洋食レストランなんだけど、勝手に決めてよかったかしら」
「花村さんのおすすめなら間違いないと思ってるわ」
あいかわらず、私を高く買ってくれている。
「前に、環さんに教えてもらったの。仕事帰りに寄るのに、ちょうどいいレストランだからって」
「花村さんは何回か通ってるのね」
「月に一回ぐらいかな。たまに社の人に会うけど、一緒に食べようとはならないし、居心地いいの」
ほどなくしてレストランへ到着し、重厚な扉を開き、中へと進み入る。
出迎えた店員に予約名を告げていると、御園さんの前を横切った青年が足を止めた。
色白で、短い黒髪。スーツ姿だけれど、夜の街が似合う、遊び心のある雰囲気のしゃれた男の子。
私より年下に見えるが、御園さんの知り合いだろうか。その風貌からは、あまり接点がないように見えるけれど。
御園さんは無表情でじっと青年を見つめる。まるで、そんなところで立ち止まったら邪魔じゃない、と挑むような目つきをしている。
しかし、青年は何かを思う目で彼女を見返していた。
それでも、見つめ合う時間はほんの少しだっただろう。
「花村さま、お席へご案内します」
店員が声を発した途端、青年が反射的に私へと視線を移した。
しかし、目が合うか合わないかのうちに、御園さんが私たちの間を割って進んでくるから、彼も興味を失ったように席へと戻っていった。
「知り合い?」
窓際の席に座るなり、御園さんに尋ねる。私のふた席前に青年の席がある。
青年はこちらの様子を探ることもなく、連れの男性たちと食事を進めている。
一緒にいるのは、中年の男ふたりと、若い男の人の合計4人だった。全員スーツ姿で、ほがらかに談笑している。きっと接待だろう。
「知り合いではないわね」
「そうなの? すっごく御園さん見てたから」
「珍しい顔なんでしょう。よくあるのよ、通りすがりの男に足を止めさせること」
「珍しいって……」
苦笑いしつつ、なんだ、と拍子抜けしてしまった。
見知らぬ男女が出会った瞬間に、雷が落ちたみたいに見つめ合ってるなんて、何かの前触れかと期待してしまったのだけど。
「ああいう男は、花村さんみたいな女性が好みよ」
「でも年下よ、きっと」
「男はみんな、年下好きだと思ってるの?」
「若い女の子が好きなものだとは思ってる」
あきれ顔の御園さんの後ろで、青年が何気なくこちらを見た。
彼らのうわさをしてるって思われたかもしれない。
あわててメニュー表に視線を落とし、いくつかおすすめを注文する。もう一度、青年に目を戻すと、もうこちらを見ていなかった。
「御園さんの彼氏ってどんな人?」
グラスワインで乾杯をして、ほんのり酔いが回ったころ、思い切って尋ねてみた。
「いないわ」
「えっ、あれは嘘だったの?」
あっさりかえってきた返事に驚いたら、カルパッチョがフォークからこぼれ落ちる。あわてて拾い上げて口に運ぶと、御園さんは声を立てて笑った。
「別れたのよ、ずいぶん前に」
「あ、そうだったんだ」
彼女は嘘をついてない。現在進行形の彼氏がいるなんて、勝手に誤解したのは私だった。
「どうして別れちゃったの? ……って、聞いてよかった?」
興味本位で尋ねてしまって後悔するが、御園さんは少しもいやな顔をしなかった。
「サク美に入社して、ダイエットしたのよね。会社からやせろって言われたわけじゃないのよ。仕事をするうちに美容に興味が出たの」
「あ、それわかる」
同調すると、彼女はまたもやあきれたようだった。
「花村さんは最初からきれいじゃない」
「そうでもないよ。それで、ダイエットをきっかけにお付き合いしたの?」
普段は積極的に恋の話はしないけど、アルコールが私を大胆にしたのか、御園さんに興味があったのか、さらに無遠慮に尋ねていた。
「学生時代からの知り合いだったのよ。やせたねって褒めてくれて、気づいたら自然と付き合ってた」
「御園さんのがんばりを見てくれてたのね」
「そうね。私も子どもだったから、彼に見合う女性になりたかったんだと思う。サク美のダイエットって、無理がないでしょう? だから、がんばってるつもりもなく、ダイエットが継続できたのよ」
「すごくわかる。がんばってるんだけど、無理がないの」
御園さんは小さくうなずく。
「でも、彼にはがんばり過ぎてるって言われたわ。私はそんな風に思ってなかったのに。すごくショックだった」
不自然なほど淡々と言う。
「ショック?」
「がんばるのは私のためだったし、楽しかったからなのに、一方的にがんばり過ぎてるって決めつけられて。がんばらせてもくれないんだって失望したの」
だからだろうか。ダイエットという言葉が好きではないと言ったのは。
「わかり合えてないって思ったの?」
「そう。だから別れたの。いま思うと、彼はただ心配してくれてただけだったのにね。惜しいことしたわ。私を好きになってくれる人なんて、彼しかいなかったのに」
そんなことない。そう思ったけれど、恋愛経験の浅い私では説得力がない。黙っていると、今度は御園さんが聞いてくる。
「花村さんは? どんな彼氏?」
「あー、えっと……」
「言いたくないなら言わなくてもいいのよ」
人のことをさんざん聞いておいて、なんて彼女は責めない。
信頼できる人だろう。どうしてかそう思って、親友にしか話せない真実を口にしていた。
「彼氏はいないの。ずっと」
「ずっと?」
「大学時代に好きな人はいたんだけど、告白もしてないし、彼には恋人がいて、私の気持ちも知らないと思う」
「アタックしなかったの? 花村さんぐらいきれいな子なら、その時はダメでも、またご縁があったかもしれないのに」
どこまでも私を褒めてくれる彼女は、もう一つの真実も知らないのだ。
「実を言うとね、大学時代は今より太ってて、自信がなかったの。サク美に入社して、環さんに出会って、私は生まれ変わったみたいにきれいになれた」
意外そうに、御園さんの細い目が大きくなる。
「全然知らなかったわ」
「御園さんは私の一期下よね? 一年でやせたから、知らなくて当然よ」
「きれいよ、花村さんは。きっと、やせててもやせてなくても。自信がないなんて、おかしいわ」
「やせててもやせてなくても、男性から声をかけてもらったことなんてないの。近寄りがたいみたい」
そう言うと、御園さんは大きくうなずく。
「わかる気がするわ。並の男じゃ、俺は無理って思うのよ」
「かいかぶりすぎよ」
苦笑いしてしまう。ただ魅力的じゃないだけ。
「それで、Aグループのリーダーやろうとしたの? 花村さんが何か言いかけたの、私がさえぎっちゃったから気になってたのよ」
「あ、うん。菜乃花ちゃんが心配だったのもあるけど、あかりちゃんの言う通りだとも思って」
「三島さん? ああー、処女じゃ主婦の気持ちはわからないって? あんなの、気にする必要ないわよ」
「そうは言っても気になるじゃない? コンプレックスなんだわ、きっと」
親友と呼べる友人は、もう結婚してる。私に遠慮して、ご主人のグチも言わない。グチすら、自慢話に聞こえると思ってるから。
私に彼氏がいない事実が、私以外の誰かにも気をつかわせているなんて、情けなくも思う。
「そのコンプレックスは、彼氏ができたら解決するの?」
「うーん、わからないけど、きっと」
「じゃあ、誰かとヤってしまいなさいよ」
「えぇっ!」
つかんでいたグラスを落としそうになる。突拍子もない話だ。
「今から恋して、彼氏つくって……なんていう過程に時間をかけてるひまはないんでしょ? だから、小野部長に誰かいい人いたらお見合いをセッティングしてほしいなんて頼んだんでしょ」
「な、なんでそれ知って……」
あれは、酔った勢いだったのだ。
半年前、同僚の結婚式で、新郎新婦のキューピッドが小野部長だと知り、冗談めかして、私にも誰か紹介してくださいと頼んだ。
あれからまったく音沙汰はないし、部長も忘れているだろうと思っていた。
「小野部長に相談受けたのよ。花村さんはどんな男がタイプだろう? って。ピンときたわ」
なんて勘が鋭いのだろう。
「じゃあ、部長はまじめに探してくださってるのね」
「花村さんに見合う男探しは、ハードルが高いなって笑ってらしたわよ。どうせすぐに彼氏のひとりやふたり作るだろうから、俺の出番はないともおっしゃってたわね。だからてっきり、もう彼氏がいると思ってたわ」
「それが、全然よ。まあ、努力もしてないんだけど」
本気で彼氏がほしいわけじゃないのだろう。結婚願望だって、それほどない。
御園さんは私より真剣に何やら考え込んで、ふっと妙案を思いついたように手を打った。
「そうだわ、さっきの彼を誘惑してみたら? なかなかいい男だったじゃない?」
「え?」
「ほら、さっき入口で会った、彼。部長の紹介する男でいいなら、誰でもいいって話でしょ? 誰でもいいなら、さっきの彼でいいじゃない。善は急げよ」
「えぇ……」
開いた口がふさがらない。
たしかに誰でもいいと思って、小野部長にお願いしたのだから、御園さんの言うことは一理ある、と思わず納得してる私もいるけど、さっきの彼でいいなんて、あまりにも乱暴ではないか。
「ほら、まだいる」
辺りを見回して、御園さんは離れた席の青年を確認する。
「あんまりじろじろ見たらおかしいわよ」
たしなめたとき、彼らは食事を終えて、席を立つ。
「あ、帰るみたい。私たちも出ましょう」
すばやく口もとをぬぐって、彼女も立ち上がる。
「御園さんって行動力のかたまりね」
「男つくって、自信が持てて、ますます仕事で成果が出るなら動かなきゃ損よ」
「そういうもの?」
「だまされたと思ってアタックしてみなさいよ。ダメもとよ」
「無理よー」
恋愛経験もないのに、知らない男を誘惑するなんてできるわけもない。
だけど、御園さんがこのままおとなしく引き下がるようには思えなくて、私もしぶしぶ腰をあげた。
先に更衣室を出ていた御園さんに声をかける。
お化粧直しに時間がかかってしまった。謝るが、待つのは嫌いじゃないの、と言う彼女と、会社近くのレストランへ向かう。
「パールムに予約したの。行ったことある?」
「熱帯魚ね」
「え、熱帯……?」
「パールムっていう熱帯魚がいるのよ」
そうなのか。全然知らなかった。
「水槽でもあるレストランかしらね」
御園さんは付け足して、そう言う。
「あっ、うん、そうっ。すごくきれいな水槽がレストランの中央にあるの。じゃあ、初めて? 洋食レストランなんだけど、勝手に決めてよかったかしら」
「花村さんのおすすめなら間違いないと思ってるわ」
あいかわらず、私を高く買ってくれている。
「前に、環さんに教えてもらったの。仕事帰りに寄るのに、ちょうどいいレストランだからって」
「花村さんは何回か通ってるのね」
「月に一回ぐらいかな。たまに社の人に会うけど、一緒に食べようとはならないし、居心地いいの」
ほどなくしてレストランへ到着し、重厚な扉を開き、中へと進み入る。
出迎えた店員に予約名を告げていると、御園さんの前を横切った青年が足を止めた。
色白で、短い黒髪。スーツ姿だけれど、夜の街が似合う、遊び心のある雰囲気のしゃれた男の子。
私より年下に見えるが、御園さんの知り合いだろうか。その風貌からは、あまり接点がないように見えるけれど。
御園さんは無表情でじっと青年を見つめる。まるで、そんなところで立ち止まったら邪魔じゃない、と挑むような目つきをしている。
しかし、青年は何かを思う目で彼女を見返していた。
それでも、見つめ合う時間はほんの少しだっただろう。
「花村さま、お席へご案内します」
店員が声を発した途端、青年が反射的に私へと視線を移した。
しかし、目が合うか合わないかのうちに、御園さんが私たちの間を割って進んでくるから、彼も興味を失ったように席へと戻っていった。
「知り合い?」
窓際の席に座るなり、御園さんに尋ねる。私のふた席前に青年の席がある。
青年はこちらの様子を探ることもなく、連れの男性たちと食事を進めている。
一緒にいるのは、中年の男ふたりと、若い男の人の合計4人だった。全員スーツ姿で、ほがらかに談笑している。きっと接待だろう。
「知り合いではないわね」
「そうなの? すっごく御園さん見てたから」
「珍しい顔なんでしょう。よくあるのよ、通りすがりの男に足を止めさせること」
「珍しいって……」
苦笑いしつつ、なんだ、と拍子抜けしてしまった。
見知らぬ男女が出会った瞬間に、雷が落ちたみたいに見つめ合ってるなんて、何かの前触れかと期待してしまったのだけど。
「ああいう男は、花村さんみたいな女性が好みよ」
「でも年下よ、きっと」
「男はみんな、年下好きだと思ってるの?」
「若い女の子が好きなものだとは思ってる」
あきれ顔の御園さんの後ろで、青年が何気なくこちらを見た。
彼らのうわさをしてるって思われたかもしれない。
あわててメニュー表に視線を落とし、いくつかおすすめを注文する。もう一度、青年に目を戻すと、もうこちらを見ていなかった。
「御園さんの彼氏ってどんな人?」
グラスワインで乾杯をして、ほんのり酔いが回ったころ、思い切って尋ねてみた。
「いないわ」
「えっ、あれは嘘だったの?」
あっさりかえってきた返事に驚いたら、カルパッチョがフォークからこぼれ落ちる。あわてて拾い上げて口に運ぶと、御園さんは声を立てて笑った。
「別れたのよ、ずいぶん前に」
「あ、そうだったんだ」
彼女は嘘をついてない。現在進行形の彼氏がいるなんて、勝手に誤解したのは私だった。
「どうして別れちゃったの? ……って、聞いてよかった?」
興味本位で尋ねてしまって後悔するが、御園さんは少しもいやな顔をしなかった。
「サク美に入社して、ダイエットしたのよね。会社からやせろって言われたわけじゃないのよ。仕事をするうちに美容に興味が出たの」
「あ、それわかる」
同調すると、彼女はまたもやあきれたようだった。
「花村さんは最初からきれいじゃない」
「そうでもないよ。それで、ダイエットをきっかけにお付き合いしたの?」
普段は積極的に恋の話はしないけど、アルコールが私を大胆にしたのか、御園さんに興味があったのか、さらに無遠慮に尋ねていた。
「学生時代からの知り合いだったのよ。やせたねって褒めてくれて、気づいたら自然と付き合ってた」
「御園さんのがんばりを見てくれてたのね」
「そうね。私も子どもだったから、彼に見合う女性になりたかったんだと思う。サク美のダイエットって、無理がないでしょう? だから、がんばってるつもりもなく、ダイエットが継続できたのよ」
「すごくわかる。がんばってるんだけど、無理がないの」
御園さんは小さくうなずく。
「でも、彼にはがんばり過ぎてるって言われたわ。私はそんな風に思ってなかったのに。すごくショックだった」
不自然なほど淡々と言う。
「ショック?」
「がんばるのは私のためだったし、楽しかったからなのに、一方的にがんばり過ぎてるって決めつけられて。がんばらせてもくれないんだって失望したの」
だからだろうか。ダイエットという言葉が好きではないと言ったのは。
「わかり合えてないって思ったの?」
「そう。だから別れたの。いま思うと、彼はただ心配してくれてただけだったのにね。惜しいことしたわ。私を好きになってくれる人なんて、彼しかいなかったのに」
そんなことない。そう思ったけれど、恋愛経験の浅い私では説得力がない。黙っていると、今度は御園さんが聞いてくる。
「花村さんは? どんな彼氏?」
「あー、えっと……」
「言いたくないなら言わなくてもいいのよ」
人のことをさんざん聞いておいて、なんて彼女は責めない。
信頼できる人だろう。どうしてかそう思って、親友にしか話せない真実を口にしていた。
「彼氏はいないの。ずっと」
「ずっと?」
「大学時代に好きな人はいたんだけど、告白もしてないし、彼には恋人がいて、私の気持ちも知らないと思う」
「アタックしなかったの? 花村さんぐらいきれいな子なら、その時はダメでも、またご縁があったかもしれないのに」
どこまでも私を褒めてくれる彼女は、もう一つの真実も知らないのだ。
「実を言うとね、大学時代は今より太ってて、自信がなかったの。サク美に入社して、環さんに出会って、私は生まれ変わったみたいにきれいになれた」
意外そうに、御園さんの細い目が大きくなる。
「全然知らなかったわ」
「御園さんは私の一期下よね? 一年でやせたから、知らなくて当然よ」
「きれいよ、花村さんは。きっと、やせててもやせてなくても。自信がないなんて、おかしいわ」
「やせててもやせてなくても、男性から声をかけてもらったことなんてないの。近寄りがたいみたい」
そう言うと、御園さんは大きくうなずく。
「わかる気がするわ。並の男じゃ、俺は無理って思うのよ」
「かいかぶりすぎよ」
苦笑いしてしまう。ただ魅力的じゃないだけ。
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「あ、うん。菜乃花ちゃんが心配だったのもあるけど、あかりちゃんの言う通りだとも思って」
「三島さん? ああー、処女じゃ主婦の気持ちはわからないって? あんなの、気にする必要ないわよ」
「そうは言っても気になるじゃない? コンプレックスなんだわ、きっと」
親友と呼べる友人は、もう結婚してる。私に遠慮して、ご主人のグチも言わない。グチすら、自慢話に聞こえると思ってるから。
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「そのコンプレックスは、彼氏ができたら解決するの?」
「うーん、わからないけど、きっと」
「じゃあ、誰かとヤってしまいなさいよ」
「えぇっ!」
つかんでいたグラスを落としそうになる。突拍子もない話だ。
「今から恋して、彼氏つくって……なんていう過程に時間をかけてるひまはないんでしょ? だから、小野部長に誰かいい人いたらお見合いをセッティングしてほしいなんて頼んだんでしょ」
「な、なんでそれ知って……」
あれは、酔った勢いだったのだ。
半年前、同僚の結婚式で、新郎新婦のキューピッドが小野部長だと知り、冗談めかして、私にも誰か紹介してくださいと頼んだ。
あれからまったく音沙汰はないし、部長も忘れているだろうと思っていた。
「小野部長に相談受けたのよ。花村さんはどんな男がタイプだろう? って。ピンときたわ」
なんて勘が鋭いのだろう。
「じゃあ、部長はまじめに探してくださってるのね」
「花村さんに見合う男探しは、ハードルが高いなって笑ってらしたわよ。どうせすぐに彼氏のひとりやふたり作るだろうから、俺の出番はないともおっしゃってたわね。だからてっきり、もう彼氏がいると思ってたわ」
「それが、全然よ。まあ、努力もしてないんだけど」
本気で彼氏がほしいわけじゃないのだろう。結婚願望だって、それほどない。
御園さんは私より真剣に何やら考え込んで、ふっと妙案を思いついたように手を打った。
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「え?」
「ほら、さっき入口で会った、彼。部長の紹介する男でいいなら、誰でもいいって話でしょ? 誰でもいいなら、さっきの彼でいいじゃない。善は急げよ」
「えぇ……」
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たしかに誰でもいいと思って、小野部長にお願いしたのだから、御園さんの言うことは一理ある、と思わず納得してる私もいるけど、さっきの彼でいいなんて、あまりにも乱暴ではないか。
「ほら、まだいる」
辺りを見回して、御園さんは離れた席の青年を確認する。
「あんまりじろじろ見たらおかしいわよ」
たしなめたとき、彼らは食事を終えて、席を立つ。
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すばやく口もとをぬぐって、彼女も立ち上がる。
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「そういうもの?」
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