お仕事女子のふつつかな恋愛事情

水城ひさぎ

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初めてをもらってもらえませんか?

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 ジウの店内は、隣の席に座る客の顔がはっきりとは確認できないぐらい薄暗く、デートするにはちょうどいい雰囲気があった。

 若い頃はこういうお店も親友と行ったけれど、久しぶりで新鮮だった。

 ふたり掛けのソファーに案内されて、彼と並んで座った。

 彼はバーに慣れてるのだろう。ワインが好きだけど、おすすめでいいと言うと、サングリアを注文してくれた。彼は生ビール。乾杯して、アルコールがのどを通ると、初対面の私たちを包んでいた緊張がゆるむ。

「名前、なんていうんですか?」

 彼はそう尋ねてくると、つまみを口に運ぶ。

「花村佳澄です」

 お堅く、生真面目に答えてしまった。彼はおかしかったのか、目を細める。

「佳澄さん、きれいな名前ですね。俺、蓮。黒瀬蓮」

 私に合わせてか、彼も苗字を名乗る。

「黒瀬くんもアイドルみたいにカッコいい名前」
「蓮でいいよ」

 急にタメ口になってどきりとする。くどかれようとしてるみたい。そんな経験もないから、気のせいかもしれないけど。

 黙っていると、蓮が顔を近づけてくる。

「蓮でいい」

 もう一度、色っぽくかすれた声で言う。いきなり距離を縮められて驚いた。

 ソファーの背に、さりげなく回された腕が私の肩に触れる。

 グラスに注がれたビールを片手で飲む横顔が、モデルみたいにきれいに輝いて見えた。

 とてもカッコいい子だ。蓮なら後悔しないと思う。本分を思い出して、よし、と心の中で気合いをいれる。

 今夜、私は彼に処女を奪ってもらう。

「佳澄さん、すごく美人だよね」

 世間話をすっ飛ばして、彼は容姿をほめてくれた。

 これは脈があるのかもしれない。私が思うように、彼も私に好感を抱いてると。

「呼び捨てにしてって言って、私はさん付けなの?」
「呼び捨てにしていい?」

 改めてそう言われると、ちょっと怖じ気づく。

「一線越えちゃいそうで、いや」

 素直な気持ちで答えたのに、蓮は意味ありげに笑んで、私の髪をもてあそびながら耳にかけ、唇を近づけてきた。

「越えても、いいよ?」

 生ぬるい息が耳に触れると、身体の芯がぞくりとした。

「いつもこうやって、くどいてるの?」
「くどかれたくてついてきたと思った」

 まるで下心丸出しだったみたいで恥ずかしい。赤らむほおに手をあてると、かわいいんだ、ってささやかれた。

 気恥ずかしさを隠したくて、お酒を飲み干したくなる。グラスをつかもうとした手に、とっさに伸びてきた彼の指がからむ。

「俺はいいよ。遊び相手になっても」

 もう片方の腕が私の肩を抱く。彼はひどく落ち着いていた。やっぱりすごくなれてる。私の胸は張り裂けそうなのに。

 でももう引き下がれない。こんなチャンス、もう二度とない。

 上目遣いで彼を見上げる。私だって、一世一代の大勝負に出てるのだ。

 きっとこうやって見つめたら、男の人は誘いに乗る。ゆっくりまばたきをして、薄く唇を開く。

「今夜だけだよ」

 蓮ののど仏がゆっくりと上下した。つばを飲み込んだのだろう。なれない演技でも、効果はあったはず。

「明日は仕事休み?」
「うん、休み」
「俺んちに来る?」
「もうちょっと飲んでから」
「焦らすんだ」

 苦笑する彼の手をはなして、グラスを持ち直す。

 私にだって心の準備がいる。酔った勢いじゃないと、無理な気がするのだ。

 そのあと、何杯か飲んで、蓮のマンションに向かった。

 いよいよ、私も処女を奪われる日が来た、と緊張した。

 たまたまだけど、今日はお気に入りのワンピースを着てる。記念すべき日に、後悔のない下着もつけてる。

 初めてを失うって、どんな感じだろう。

 そう思いながら、ベッドに横たわる私にかぶさる蓮の背中を抱きしめた。

 彼をその気にさせるのに、一悶着ひともんちゃくあったけど、はじめてを捧げる相手は彼でいいと思えてる。

 彼から香るシトラスは、一生忘れないだろう。そのぐらい、初めてのときの記憶は鮮明に残るのだろうと思う。

「本当にいいの?」

 蓮はもう一度、私にそう尋ねた。

「……うん。大丈夫」

 ちょっと怖いけど。でもそれは言わない。

「仕事のためにここまでするなんて、佳澄さんは真面目なんだね」
「経験しておきたいの」
「佳澄さんのはじめてもらえるなんて、考えてみたらいい気がするな」

 一度は処女の相手はめんどくさいと言った蓮の視線が、私の胸を妖艶になぞっていく。

 見つめられるだけで抱かれてるみたいな気分になるなんて、彼の経験値は底なしじゃないかと思えてくる。

「安心して。俺、うまいから」

 私の不安や恐怖心をやわらげて、ふたたび、胸に口づけてくる。優しく触れたと思ったら、先端を強く口に含むから、身体の芯がじんとなる。

「かわいい色してる。俺、好きだな、色も形も柔らかさも……」

 そうささやいて、両手で胸を覆う。

「手から少しあふれるぐらいで、ちょうどいい大きさだよ」

 褒めすぎ……って思うけど、恥ずかしくて何も言えない。

 蓮は入念に、私の体も心もほぐすみたいに全身にキスをした。はじめてを奪うだけなのに、こんなにも時間をかけるのかと思うぐらい。

「じゃあ、そろそろいいかな」

 上半身を起こした彼が、開いた足の間に割り込んでくる。

「あ……、待って」

 急に怖くなって、足を閉じようとするけど、彼の足によってそれは阻まれてしまった。

「今さら焦らすとか」
「だって、怖い……」
「痛かったら、言って」

 優しくささやいて、キスを落としてくる。甘くてかわいらしいキスだった。

「蓮くん……」
「大丈夫だから」

 一旦はなれた彼が、私を見下ろして、様子を確認しながら中へと入ってくる。

 眉間に力が入る。

 痛い……。

 その思いは、ため息にしかならなかった。

 ぎゅっと目を閉じて、彼を受け止める。ミシミシと切り拓かれていくみたいな痛みに、背をのけぞらせたら、背中に回った腕に抱きしめられた。

「もうちょっとがまんして」
「う、うん……」
「あんまり健気だと、やばいんだけど」

 そんな言葉も遠くで聞こえてるみたい。考える余裕なんてなくて、息を荒げながら、彼を受け入れていく。

「佳澄さん」

 名前を呼んで、唇を重ねてくる。息を乱す私の口をふさいで、下腹部の痛みから気をそらさせようとしてくれてるみたいに、どこまでも甘いキスに口内は満たされていく。

「蓮くん……っ」

 ズキンッと奥深くに痛みが走った瞬間に彼を強く抱きしめたら、背中にじっとりと汗が浮かんでいた。

 彼も苦しかったんだ……。

 申し訳なくて、あやまるように背をなでたら、蓮は耳もとでちょっと笑った。

「佳澄さん、俺が入ってるの、わかる?」
「うん……」

 わからないわけがない。

「動かないでいるの、難しいんだけど」
「そうなの?」
「佳澄さんをめちゃくちゃにしたいって、すごく葛藤してんだけど」

 めちゃくちゃにって……。

 不安そうな顔をしたのだろうか、うそだよ、って笑って、彼は離れていった。

 ひたいに浮かぶ汗をぬぐって、ひと仕事終えたみたいにあんどの笑みを浮かべた蓮が、髪をゆるりとなでてくる。

 終わった……みたい。

 あっけなかったな……なんて、彼を見上げながら思うけど、すぐに動けない。

「ちょっと横になってていいよ。なんなら、泊まってく?」

 ベッドサイドの目覚まし時計は夜の12時をすぎていた。

 いいのかな。泊まっても。
 今夜だけなら帰ってもいいけど、処女を奪ってもらう代わりに、2回目の約束もしてしまっている。

 蓮には、また会う。

「このまま、2回目してもいいよ」

 ずるずると関係を続けるのもいけない気がしてそう言うと、キッチンからペットボトルのミネラルウォーターを持ってきた彼は、ベッドに腰をおろして、私のほおに指をすべらせる。

「だーめ」

 ミネラルウォーターを口に含んで、唇を重ねてくる。少しずつ口に流れ込む液体がのどの奥へと落ちていく。

「ゆっくり寝てよ。朝までいてくれたら、佳澄さんがまぼろしじゃないって、俺も信じられるからさ」

 そう言って、蓮はペットボトルを目覚まし時計の横に置くと、私の隣へ横たわり、優しく抱き寄せてくれた。

 すごく大切にされてるみたいに錯覚して、彼の胸に鼻先をうずめて、急におそってくる眠気に身を任せたまま、まぶたを落とした。
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