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二度あることは三度ある?

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 午前10時になると、おそろいのタンブラーを片手に、あかりちゃんと莉子ちゃんが個室に入ってきた。

 あらかじめ用意しておいた資料を手渡すと、「さすが花村さん、仕事がはやいですね」とおだて、ふたりは並んで向かいに座る。

「タンブラー変えた?」

 尋ねると、あかりちゃんが口を開く。

「週末、莉子と一緒に。だいぶ寒くなってきたし、真空断熱のやつ、前から気になってて、買っちゃいましたー」
「それ良さそう。最近はなに飲んでるの?」
「私はずっとルイボスティーですよー。莉子は?」

 早速、資料をのぞき込んでいる莉子ちゃんは、顔をあげて言う。

「今日はダージリン。ハーブティーもいいけど、私はやっぱり紅茶派かなぁ」
「どっちも体に良さそう」

 なごやかな雰囲気で打ち合わせに入れる空気を作るのは、もう慣れた。

 ふたりとも美意識が高いから、ちょっとした変化に気づくだけでも上機嫌になって仕事熱心になる。

「花村さんは? すっごくスタイルいいし、美の秘訣、知りたいです」

 あかりちゃんは私のタンブラーに視線を移す。

「私はいっつも緑茶よ。あかりちゃんたちもスタイルいいじゃない。教える秘訣なんてないわよ」
「やっぱり素材がいいんですよねー。花村さん、ほんときれいでうらやましいー」

 ねー、と顔を見合わせるふたりに、「じゃあ、そろそろ始めよっか」とタブレットをつける。

「tofitなんだけどね、係長の話だと、ホーム画面はサク美アプリと同じ形式になるそうよ」

 株式会社サク美が東崎大学と共同開発したヘルスケアアプリ、サク美アプリを立ち上げる。

 ホーム画面にはカレンダーがあり、その下にあるツールから体重などの健康情報が記録できるようになっている。この形式は変わらないらしい。

「サク美アプリを使ってる人が移行しやすいようにですね」
「そう。ただし、ツールにある項目は自由に変えてもらってかまわないそうよ」

 タブレットに表示されたサンプルデータをふたりに見せる。

 サンプルにはすでに、体重などの健康情報が入力されていて、カレンダーにいくつかのスタンプがついている。

 健康情報を入力すると、自動的にカレンダーの中におさめられ、その日付にスタンプがつくようになっているのだ。

 タブレットをのぞき込む莉子ちゃんが、カレンダーを指差す。

「サク美アプリのカレンダーって使いにくいと思いません? いちいち日付を押さないと、健康管理で入力した中身が見れないんですもん。毎日入力してたら、カレンダーがスタンプだらけになるだけで、飽きますよね」
「それ、私も思ってたー。わざわざ隠してるのかなって思うぐらいの機能。使えないなーって思うひとつだよね」

 あかりちゃんもすぐに同調する。

「毎日入力する習慣をつけるために、この形式になったみたい」
「そっかー。スタンプが並び出すと、一日も欠かさず入力したいって思うかもー」
「でも、改善の余地ありね」

 ノートパソコンを手もとに寄せ、改善点を入力していく。

「せめて、生理日や体調不良の日ぐらいは、カレンダーをパッと見てわかるといいですよね」

 莉子ちゃんは手もとの資料に、ホーム画面にあるといい項目をメモする。

「あっ、わかるー。体調不良が生理日と重なってたりして、規則性が見えると体調管理しやすくなるもん」
「だよね。生理予定日なんて一番パッと見て知りたい情報」

 ふたりとも、体調変化の入力情報が確認しやすくなるといいって思ってるみたい。記録できる機能はあっても、見やすくなければ情報が生かせない。

「男性の方にも使っていただけるアプリだから、そうなってるのかもしれないわね。病院で最終生理日いつでした? って聞かれて、ワンクリックしないと確認できないのは手間だって、アンケートでもご意見があったみたい。じゃあ、そこも改善ね」

 莉子ちゃんのメモを確認しつつ、さらに改善事項をパソコンに打ち込みながら、続けて言う。

「今回のターゲットは、40代以降の主婦層でしょ。主婦って言ってもいろいろよね。お仕事されてる方、そうでない方、出産経験があるかどうかでも生活スタイルは違うでしょうし。でも共通するのは、体調の変化を感じる年頃だってところかしら」
「うちの親なんて、やせなくてもいいから、無理なく健康維持したいって言ってますよー」
「あかりちゃんのお母さまは40代だっけ?」
「私をはたちで産んでるから、結構若い方かな」

 あかりちゃんがそう言うと、莉子ちゃんが目を丸くする。

「若い。うちの親は55」
「莉子は三姉妹の末っ子だからでしょー」
「まあ、そうだけど。でも、若いっていいなー。親にサク美アプリ使ってみて、って言ったんだけど、ちょこっと入力して、めんどくさいってやめちゃったし。そんなんだから、ダイエットなんて続かない。あかりのお母さんはアプリ使ってくれてるんだよね」

 不満そうに唇をとがらせる莉子ちゃんは、心底あかりちゃんがうらやましそう。

「うちはもともと記録とかアプリとか好きだから、抵抗ないみたい。でも、サク美アプリは入力方法が複雑だから、改善の余地ありって言ってる」
「そうなのね。そうなると、入力の手間が一番の大敵かしら。どう? まずは、サク美アプリで便利だと思うもの、いらないもの、あってもいいかもって迷うものを振り分けていかない?」

 用意した資料をめくる。
 サク美アプリの機能一覧が載っている用紙を取り出し、ボールペンを手に取る。

「3枚目に機能一覧、4枚目に機能についてのアンケート結果が載ってるから参考にしましょう」
「最終的に、絶対必要な機能だけ取り出すんですね。あったらいいなはきっと、なくてもいいなだから」
「そこへ、tofitならではの便利機能をつけられたらいいわね」

 莉子ちゃんは一覧を手に取り、ササッといくつかの機能に丸をつけていく。
 
 体重、体脂肪、基礎体温、生理日、体調不良項目の入力機能。

 次回生理予定日、やせやすい日とそうでない日の表示機能。

 彼女がまず最初に丸をつけたのは、私も使ってる機能。誰もが必要とする機能だろう。

 実際のところ、ダイエット初心者にはそれだけでもじゅうぶんだと思う。いきなりいろんなことを始めると、たいてい続かない。

「やっぱり、生理予定日は一年先までわかると助かりますよね。前に使ってたアプリ、三ヶ月先までしかわからなくて困ったしー」

 便利機能の抜き出しは莉子ちゃんに任せることにしたのか、タンブラーを手に取って、あかりちゃんがそう言う。

「一年先もわかると、健康診断や人間ドック、婦人検診の予約入れやすくて便利よね」
「花村さん、大事なこと忘れてますよ。彼氏との旅行にも使えますって」

 タンブラーを口もとに運びながら、あかりちゃんは気のゆるんだ表情をする。

 来た。恋バナだ。

 身構えそうになるのをこらえて、「そうね」とうなずいてみせる。彼氏と旅行なんて行ったことないけれど。

「彼氏って、やっぱり旅行で絶対やりたいんですよー」

 絶対なの?

 言い切っちゃうんだ、って内心驚いてる私の顔を、あかりちゃんはにやにやしながらのぞき込む。

「花村さんもそうじゃありませんでした?」
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