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好きじゃなきゃしない
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自己嫌悪というのは、こういうときに使うのだろう。
学生時代に好きだった先輩との、せっかくの再会だったのに、何一つかわいらしい会話ができなかった。
蓮は出会いがないから彼氏ができないんだと言ったけど、全然違う。
どんなに外見を磨いても、色気もかわいげもない私を好きになってくれる男性なんていない。まざまざと思い知らされる夜だった。
それなのに伊達さんは、また連絡するから、と言ってくれた。
緊張してうまく話せなかっただけって思ってくれたのかもしれない。そう思うほど、優しく接してくれた。
あー、情けない。
色気を磨けるストレッチがあればいいのに……。
深いため息を吐き出したとき、パソコン画面に新着メールの受信を知らせるポップアップが表示された。
胸がドキッと跳ねる。蓮からだった。
『花村様、御園様、おつかれさまです。承っていたストレッチをいくつかご提案させていただきたいと思います。スタジオを借りますので、ご都合のいい日時をお知らせください。黒瀬』
当然だけど、事務的な内容に胸をなで下ろす。蓮とは顔合わせ以来、メールのやりとりをするだけで、会っていない。
誰に見られてもかまわないメールしか来ないとわかっていても、いちいち、ドキッとしてしまう。心臓に悪い。
ポップアップを閉じる。いつものように、御園さんと相談してから返信しよう。
「おはようございまーす。よろしくお願いしますっ」
「花村さん、おはようございます」
「はい、おはよう」
個室にあかりちゃんと莉子ちゃんが入ってくる。
さあ、仕事。
クヨクヨなんてしていられない。
背筋を伸ばして、企画書を広げる。私には、tofitプロジェクトを完遂する使命がある。
「じゃあ、始めましょうか。よろしくお願いします。今日はね、tofitアプリのサンプルが来てるの」
「本当ですかー?」
「楽しみです」
目をキラキラさせる彼女たちに見えるように、タブレットをテーブルの中央に置き、サンプルを立ち上げる。
すぐにサク美アプリと同じホーム画面が現れる。
「パッと見、変わりないですね」
期待はずれそうに、あかりちゃんがつぶやく。
「そうね。大きく変えるのは、ホーム画面で入力する情報ね」
カレンダーのあるホーム画面の下部に、健康情報を入力するツールがある。サンプルとして、今は体重、体温、生理と3項目並んでいる。
「ツールに表示された内容は、タップしてすぐに入力可能よ。今は、体重、体温、生理と並んでるけど、この部分をカスタマイズできるようにしたいって、開発に問い合わせたの。期待に応えてもらえたわ」
「本当ですか? よかったー」
莉子ちゃんはほっと胸をなで下ろす。
ツールに基本的な項目があっても、興味のない項目だとずぼらな人は入力しない、と力説したのは彼女だった。
彼女の言うずぼらな人というのは母親で、母が使えるものなら大抵の人は大満足するアプリになります、と持論を展開していただけに、要求が通ってうれしかったのだろう。
「確認してもらえる? ツールの一番右にあるノートのマークをタッチするわね」
ノートの形をデザインしたマークをタッチすると、さまざまな項目が一覧で現れる。
その項目も、サク美アプリに比べたらずいぶん削った。すっきり見やすくなっている。
「ここで、ホーム画面に表示したいツールを3つ選択できるの。今は体重、体温、生理にチェックが入ってるでしょ。これを変えてみるわね」
そう言って、頭痛、腹痛、お通じの項目にチェックを入れる。そうして、ホーム画面に戻ると、ツールの内容が変わっている。
「ほんとだ。頭痛、腹痛、お通じに変わりましたね。これ、いいですね。自分がよく使う項目に変えたら、使い勝手が格段によくなります」
思い描いていた通りになってると、莉子ちゃんは満足そうにする。
「んー、でも、3項目は少ない感じしますよねー。最大で何項目ぐらい入りそうですか?」
あかりちゃんが指摘する。
「全部で4か、5項目かしら。それ以上となると、カレンダーの日付をタッチして、情報を入力してもらう形になるわね」
「4かぁ。私だったら、お腹の調子が良くない日と、頭痛のある日をパパッと記録したいので、体重、体温、生理日……全部で5項目がいいです」
「やっぱり5項目は欲しいわよね。……ちょっと待って。こういうのはどうかしら」
メモ用紙を引き寄せ、スマホ画面に見立てた長方形を描く。その中へカレンダーとツールを大ざっぱに書く。
そして、ツールから矢印を伸ばして、サブウインドウの正方形を描く。
「ここのツールを押すと、入力項目の一覧が表示されたポップアップが開くようにしたらどうかしら」
「すごくいいかも。ワンタッチしたら、あとは気になる項目のスタンプをポンポン押していくだけでいいですね」
莉子ちゃんが早速、同意してくれる。
「そう。あかりちゃん、どう思う?」
「意義なしです。項目の順序は設定で並び替えができるようにしたらいいですね。そうしたら、ツール選択の必要もないし、いろんな手間が省けそうです」
補足を加えつつ、あかりちゃんも力強くうなずく。
パソコンに提案を書き込みつつ、次の議題をあげる。
「あともう一つ、ツールで入力した情報を、スタンプでカレンダーに表示されるようにしたいわよね」
「ひとめでわかるようにですね」
「そう。カレンダーに載るのは、スタンプで登録した項目のみ。生理日は色分け表示で、数字で入力する体重や体脂肪、体温に関しては、別画面のグラフで確認する形になるわ」
サンプル画面を動かして、ふたりに確認してもらう。
「いいと思います。カレンダー見て、スタンプでパッと見てわかると使いやすいです。人それぞれだとは思いますけど、生理の数日前から頭痛がするんだなとか、そういう体調不良も周期性が見つけられるかもしれませんし」
おおむね納得いく形になっているのか、莉子ちゃんがそう言う。すると、あかりちゃんが手を挙げた。
「花村さん、質問です。体重のグラフ画面にも、体調に変化のある日はスタンプで表示できるようになりませんかー?」
「生理予定日や、やせやすい日、やせにくい日はグラフの上部に表示されるようになるわ。ほかの項目も追加で載せたいってことね?」
体重と体脂肪の折れ線グラフの画面に切り替える。シンプルなグラフの上部に、生理日、やせやすい日、やせにくい日がわかるように表示されている。
「そうです。飲み会の翌日に体重が増えた、とかわかると、反省材料が可視化されて、ダイエットの継続意欲につながると思うんです」
「それはそうかも。やせない原因がわかると、気をつけようって思うものね。逆に、やせた時の生活週間もわかると参考になるかしら。ただ、そんなにたくさんの情報を載せるのは難しいかもしれないわね」
なるべくシンプルなアプリを目指してるだけに、情報過多はさけたいところ。
「たしかに、スタンプで表示したら、ごちゃごちゃしちゃいそうですね」
莉子ちゃんもそう言うから、三人でタブレットとにらみ合って考え込む。
しばらくそうしていると、あかりちゃんが「あっ」と声をあげた。
「じゃあ、色分けしてみたら、どうですかー? 積み上げ棒グラフみたいにして、体重の折れ線グラフの奥に表示されるようにするんです」
「それ、いいかも。さすが、あかり。いいですよね、花村さん?」
うん、とうなずきつつ、気がかりを口にする。
「項目が増えすぎるとごちゃごちゃしないかしら」
「体調不良、お通じ状況、暴飲暴食の有無……入力したいのってそのぐらいかな。大丈夫じゃないですかー?」
言われてみれば、すべてのツールにスタンプを押す日なんてそうそうない。
「じゃあ、ホーム画面のツールで入力した情報が、そのままグラフ画面に連動するように、でいいわね」
それなら、なんとかなりそう。
「はい。ばっちりです。体調管理と体重管理が同時にできて、関連性が出てくるものは、ひとめでわかりそうですよねー」
「私たちが感じてた不便さも、これで解消できそう」
「ベータ版のフィードバックが楽しみだね」
あかりちゃんと莉子ちゃんが、ねー、っと顔を合わせるのを見ながら、私は続けて、ストレッチ動画画面を表示する。
思いのほか、スムーズに打ち合わせが進むから、もう一つ話し合っておこう。
「次は動画のセレクション機能に関して話し合いたいけど、いい?」
「はいっ。1ポーズずつ動画を用意して、好きなストレッチを組み合わせて10分動画を作成できるようにするって話になりましたよね」
「ええ、そう。でも、気になることがあるのよ」
「気になるってなんですか?」
あかりちゃんがそう尋ねてくる。
「ダイエット初心者って、加減がわからないと思うのよ。まして、無料アプリだもの。細かな指導まで難しいわ。やりすぎて体を壊してしまってはいけないし、10分動画を6パターンまで登録できるようにしたらどうかしら」
「全部で60分、ですね」
莉子ちゃんが確かめるように言う。
「そう。1日の運動量は、最大60分でいいと思うの。それ以上はやりすぎになると思う」
「たしかに、あれもやりたいこれもやりたいってやってるうちに、60分以上になっちゃいそうですもんねー」
やりがち、ってあかりちゃんもうなずく。
「花村さんの言う通り、最大60分の枠の中で、動画を組み合わせて使う仕様にしたら良さそうですね」
莉子ちゃんが言うのに対し、あかりちゃんが付け加える。
「朝、昼、夜と3回にわけて運動したいときもあるし、5分動画を12パターンでもいいですよね? 60分を超えない範囲で、いくつか動画リストが作れるようにできるといいですよねー」
「それ、いいわね。あかりちゃんの意見、いただきましょう。それとね、ストレッチ内容に偏りがないかどうかの判断を、AIのアドバイス、または課金でトレーナーのアドバイスを受けられるようにしたらどうかしらと思ってるの」
道しるべの有無はダイエットの継続の鍵だと思う。tofitに付加価値をつけるとしたら、この点だと思う。
「賛成でーす。かゆいところに手が届きますね。もっときちんとした指導を受けたいって方には、サク美のジムに登録していただけたら、アプリを最大限に有効活用できそうです」
「莉子ちゃんはどう?」
「バッチリです。すぐにでも使ってみたい仕様になってきましたね。あとはストレッチの内容も楽しみです」
「初心者向けにとお願いしたから、かなり初歩的なものになると思うわ」
「簡単なものでいいと思います。少しでも難しいとやる気なくすと思うので」
莉子ちゃんは天井をあおぐ。うちの母親なら……、と思ってるみたい。
彼女なりにいろいろ思うことがあるのだろう。
運動が苦手で、なるべくさけて通りたいって思ってる方にも使ってもらえるアプリを作りたいって、改めて思う。
「あっ、花村さん、動画の編集に関わるっていう、黒瀬さんに会ったんですよねー?」
あかりちゃんが唐突に、思い出したように言う。というより、その話をいつ切り出そうか、タイミングを見計らっていたのかもしれない。
「ええ」
動揺を見せないよう、ゆっくりとうなずく。
あかりちゃんは勘がいいから、言動には気をつけてるけど、蓮との関係が知られたらと思うと気が気じゃない。
「めちゃくちゃイケメンですよね」
「……そうかしら」
無関心を装ってそう言うと、彼女は目を丸くする。
「えーっ! そうですよー。黒瀬さんがイケメンじゃなかったら、誰がイケメンなんですかー」
「あんまりよく見てないから」
それも失礼な話だと思いつつも、仕事人間の私ならあり得ると思ったのか、あかりちゃんはあきれ顔を見せた。
「また会う予定あるんですか?」
「まあ、そうね」
ストレッチの講習を受ける話は、環さんには報告したものの、詳細が決まらないから、彼女たちには伝えていない。
「いいなぁ。花村さん、うらやましいー。私なんて、たまたま食堂で会ったぐらいです。ほとんど外食してるみたいですけど」
蓮も食堂に行ったりするのだ。私はお弁当の日が多いけど、御園さんとカフェでランチしたりもするから、彼に食堂で会ったことはなかった。
それにしても、あかりちゃんは情報収集に余念がない。これでは、ストレッチの講習の件もすぐに知られてしまうだろう。何も、後ろめたいことは何もないのだけど。
「黒瀬さんに会うのは、仕事だから」
「仕事でもうらやましいって話ですよー」
苦笑して受け流しつつ、パソコンに目を移す。
御園さんからメールが来ていた。
『あしたの14時はどう? 会議もないし、今日まとめた企画を黒瀬さんに伝えがてら。花村さんも良ければ、黒瀬さんへ返信お願いします』
特に意義もなく、私はすぐに蓮と御園さんあてに返信を送った。
自己嫌悪というのは、こういうときに使うのだろう。
学生時代に好きだった先輩との、せっかくの再会だったのに、何一つかわいらしい会話ができなかった。
蓮は出会いがないから彼氏ができないんだと言ったけど、全然違う。
どんなに外見を磨いても、色気もかわいげもない私を好きになってくれる男性なんていない。まざまざと思い知らされる夜だった。
それなのに伊達さんは、また連絡するから、と言ってくれた。
緊張してうまく話せなかっただけって思ってくれたのかもしれない。そう思うほど、優しく接してくれた。
あー、情けない。
色気を磨けるストレッチがあればいいのに……。
深いため息を吐き出したとき、パソコン画面に新着メールの受信を知らせるポップアップが表示された。
胸がドキッと跳ねる。蓮からだった。
『花村様、御園様、おつかれさまです。承っていたストレッチをいくつかご提案させていただきたいと思います。スタジオを借りますので、ご都合のいい日時をお知らせください。黒瀬』
当然だけど、事務的な内容に胸をなで下ろす。蓮とは顔合わせ以来、メールのやりとりをするだけで、会っていない。
誰に見られてもかまわないメールしか来ないとわかっていても、いちいち、ドキッとしてしまう。心臓に悪い。
ポップアップを閉じる。いつものように、御園さんと相談してから返信しよう。
「おはようございまーす。よろしくお願いしますっ」
「花村さん、おはようございます」
「はい、おはよう」
個室にあかりちゃんと莉子ちゃんが入ってくる。
さあ、仕事。
クヨクヨなんてしていられない。
背筋を伸ばして、企画書を広げる。私には、tofitプロジェクトを完遂する使命がある。
「じゃあ、始めましょうか。よろしくお願いします。今日はね、tofitアプリのサンプルが来てるの」
「本当ですかー?」
「楽しみです」
目をキラキラさせる彼女たちに見えるように、タブレットをテーブルの中央に置き、サンプルを立ち上げる。
すぐにサク美アプリと同じホーム画面が現れる。
「パッと見、変わりないですね」
期待はずれそうに、あかりちゃんがつぶやく。
「そうね。大きく変えるのは、ホーム画面で入力する情報ね」
カレンダーのあるホーム画面の下部に、健康情報を入力するツールがある。サンプルとして、今は体重、体温、生理と3項目並んでいる。
「ツールに表示された内容は、タップしてすぐに入力可能よ。今は、体重、体温、生理と並んでるけど、この部分をカスタマイズできるようにしたいって、開発に問い合わせたの。期待に応えてもらえたわ」
「本当ですか? よかったー」
莉子ちゃんはほっと胸をなで下ろす。
ツールに基本的な項目があっても、興味のない項目だとずぼらな人は入力しない、と力説したのは彼女だった。
彼女の言うずぼらな人というのは母親で、母が使えるものなら大抵の人は大満足するアプリになります、と持論を展開していただけに、要求が通ってうれしかったのだろう。
「確認してもらえる? ツールの一番右にあるノートのマークをタッチするわね」
ノートの形をデザインしたマークをタッチすると、さまざまな項目が一覧で現れる。
その項目も、サク美アプリに比べたらずいぶん削った。すっきり見やすくなっている。
「ここで、ホーム画面に表示したいツールを3つ選択できるの。今は体重、体温、生理にチェックが入ってるでしょ。これを変えてみるわね」
そう言って、頭痛、腹痛、お通じの項目にチェックを入れる。そうして、ホーム画面に戻ると、ツールの内容が変わっている。
「ほんとだ。頭痛、腹痛、お通じに変わりましたね。これ、いいですね。自分がよく使う項目に変えたら、使い勝手が格段によくなります」
思い描いていた通りになってると、莉子ちゃんは満足そうにする。
「んー、でも、3項目は少ない感じしますよねー。最大で何項目ぐらい入りそうですか?」
あかりちゃんが指摘する。
「全部で4か、5項目かしら。それ以上となると、カレンダーの日付をタッチして、情報を入力してもらう形になるわね」
「4かぁ。私だったら、お腹の調子が良くない日と、頭痛のある日をパパッと記録したいので、体重、体温、生理日……全部で5項目がいいです」
「やっぱり5項目は欲しいわよね。……ちょっと待って。こういうのはどうかしら」
メモ用紙を引き寄せ、スマホ画面に見立てた長方形を描く。その中へカレンダーとツールを大ざっぱに書く。
そして、ツールから矢印を伸ばして、サブウインドウの正方形を描く。
「ここのツールを押すと、入力項目の一覧が表示されたポップアップが開くようにしたらどうかしら」
「すごくいいかも。ワンタッチしたら、あとは気になる項目のスタンプをポンポン押していくだけでいいですね」
莉子ちゃんが早速、同意してくれる。
「そう。あかりちゃん、どう思う?」
「意義なしです。項目の順序は設定で並び替えができるようにしたらいいですね。そうしたら、ツール選択の必要もないし、いろんな手間が省けそうです」
補足を加えつつ、あかりちゃんも力強くうなずく。
パソコンに提案を書き込みつつ、次の議題をあげる。
「あともう一つ、ツールで入力した情報を、スタンプでカレンダーに表示されるようにしたいわよね」
「ひとめでわかるようにですね」
「そう。カレンダーに載るのは、スタンプで登録した項目のみ。生理日は色分け表示で、数字で入力する体重や体脂肪、体温に関しては、別画面のグラフで確認する形になるわ」
サンプル画面を動かして、ふたりに確認してもらう。
「いいと思います。カレンダー見て、スタンプでパッと見てわかると使いやすいです。人それぞれだとは思いますけど、生理の数日前から頭痛がするんだなとか、そういう体調不良も周期性が見つけられるかもしれませんし」
おおむね納得いく形になっているのか、莉子ちゃんがそう言う。すると、あかりちゃんが手を挙げた。
「花村さん、質問です。体重のグラフ画面にも、体調に変化のある日はスタンプで表示できるようになりませんかー?」
「生理予定日や、やせやすい日、やせにくい日はグラフの上部に表示されるようになるわ。ほかの項目も追加で載せたいってことね?」
体重と体脂肪の折れ線グラフの画面に切り替える。シンプルなグラフの上部に、生理日、やせやすい日、やせにくい日がわかるように表示されている。
「そうです。飲み会の翌日に体重が増えた、とかわかると、反省材料が可視化されて、ダイエットの継続意欲につながると思うんです」
「それはそうかも。やせない原因がわかると、気をつけようって思うものね。逆に、やせた時の生活週間もわかると参考になるかしら。ただ、そんなにたくさんの情報を載せるのは難しいかもしれないわね」
なるべくシンプルなアプリを目指してるだけに、情報過多はさけたいところ。
「たしかに、スタンプで表示したら、ごちゃごちゃしちゃいそうですね」
莉子ちゃんもそう言うから、三人でタブレットとにらみ合って考え込む。
しばらくそうしていると、あかりちゃんが「あっ」と声をあげた。
「じゃあ、色分けしてみたら、どうですかー? 積み上げ棒グラフみたいにして、体重の折れ線グラフの奥に表示されるようにするんです」
「それ、いいかも。さすが、あかり。いいですよね、花村さん?」
うん、とうなずきつつ、気がかりを口にする。
「項目が増えすぎるとごちゃごちゃしないかしら」
「体調不良、お通じ状況、暴飲暴食の有無……入力したいのってそのぐらいかな。大丈夫じゃないですかー?」
言われてみれば、すべてのツールにスタンプを押す日なんてそうそうない。
「じゃあ、ホーム画面のツールで入力した情報が、そのままグラフ画面に連動するように、でいいわね」
それなら、なんとかなりそう。
「はい。ばっちりです。体調管理と体重管理が同時にできて、関連性が出てくるものは、ひとめでわかりそうですよねー」
「私たちが感じてた不便さも、これで解消できそう」
「ベータ版のフィードバックが楽しみだね」
あかりちゃんと莉子ちゃんが、ねー、っと顔を合わせるのを見ながら、私は続けて、ストレッチ動画画面を表示する。
思いのほか、スムーズに打ち合わせが進むから、もう一つ話し合っておこう。
「次は動画のセレクション機能に関して話し合いたいけど、いい?」
「はいっ。1ポーズずつ動画を用意して、好きなストレッチを組み合わせて10分動画を作成できるようにするって話になりましたよね」
「ええ、そう。でも、気になることがあるのよ」
「気になるってなんですか?」
あかりちゃんがそう尋ねてくる。
「ダイエット初心者って、加減がわからないと思うのよ。まして、無料アプリだもの。細かな指導まで難しいわ。やりすぎて体を壊してしまってはいけないし、10分動画を6パターンまで登録できるようにしたらどうかしら」
「全部で60分、ですね」
莉子ちゃんが確かめるように言う。
「そう。1日の運動量は、最大60分でいいと思うの。それ以上はやりすぎになると思う」
「たしかに、あれもやりたいこれもやりたいってやってるうちに、60分以上になっちゃいそうですもんねー」
やりがち、ってあかりちゃんもうなずく。
「花村さんの言う通り、最大60分の枠の中で、動画を組み合わせて使う仕様にしたら良さそうですね」
莉子ちゃんが言うのに対し、あかりちゃんが付け加える。
「朝、昼、夜と3回にわけて運動したいときもあるし、5分動画を12パターンでもいいですよね? 60分を超えない範囲で、いくつか動画リストが作れるようにできるといいですよねー」
「それ、いいわね。あかりちゃんの意見、いただきましょう。それとね、ストレッチ内容に偏りがないかどうかの判断を、AIのアドバイス、または課金でトレーナーのアドバイスを受けられるようにしたらどうかしらと思ってるの」
道しるべの有無はダイエットの継続の鍵だと思う。tofitに付加価値をつけるとしたら、この点だと思う。
「賛成でーす。かゆいところに手が届きますね。もっときちんとした指導を受けたいって方には、サク美のジムに登録していただけたら、アプリを最大限に有効活用できそうです」
「莉子ちゃんはどう?」
「バッチリです。すぐにでも使ってみたい仕様になってきましたね。あとはストレッチの内容も楽しみです」
「初心者向けにとお願いしたから、かなり初歩的なものになると思うわ」
「簡単なものでいいと思います。少しでも難しいとやる気なくすと思うので」
莉子ちゃんは天井をあおぐ。うちの母親なら……、と思ってるみたい。
彼女なりにいろいろ思うことがあるのだろう。
運動が苦手で、なるべくさけて通りたいって思ってる方にも使ってもらえるアプリを作りたいって、改めて思う。
「あっ、花村さん、動画の編集に関わるっていう、黒瀬さんに会ったんですよねー?」
あかりちゃんが唐突に、思い出したように言う。というより、その話をいつ切り出そうか、タイミングを見計らっていたのかもしれない。
「ええ」
動揺を見せないよう、ゆっくりとうなずく。
あかりちゃんは勘がいいから、言動には気をつけてるけど、蓮との関係が知られたらと思うと気が気じゃない。
「めちゃくちゃイケメンですよね」
「……そうかしら」
無関心を装ってそう言うと、彼女は目を丸くする。
「えーっ! そうですよー。黒瀬さんがイケメンじゃなかったら、誰がイケメンなんですかー」
「あんまりよく見てないから」
それも失礼な話だと思いつつも、仕事人間の私ならあり得ると思ったのか、あかりちゃんはあきれ顔を見せた。
「また会う予定あるんですか?」
「まあ、そうね」
ストレッチの講習を受ける話は、環さんには報告したものの、詳細が決まらないから、彼女たちには伝えていない。
「いいなぁ。花村さん、うらやましいー。私なんて、たまたま食堂で会ったぐらいです。ほとんど外食してるみたいですけど」
蓮も食堂に行ったりするのだ。私はお弁当の日が多いけど、御園さんとカフェでランチしたりもするから、彼に食堂で会ったことはなかった。
それにしても、あかりちゃんは情報収集に余念がない。これでは、ストレッチの講習の件もすぐに知られてしまうだろう。何も、後ろめたいことは何もないのだけど。
「黒瀬さんに会うのは、仕事だから」
「仕事でもうらやましいって話ですよー」
苦笑して受け流しつつ、パソコンに目を移す。
御園さんからメールが来ていた。
『あしたの14時はどう? 会議もないし、今日まとめた企画を黒瀬さんに伝えがてら。花村さんも良ければ、黒瀬さんへ返信お願いします』
特に意義もなく、私はすぐに蓮と御園さんあてに返信を送った。
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