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好きじゃなきゃしない
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「えぇーっ! 花村さんたち、黒瀬さんからレッスン受けるんですかー?」
ホワイトボードに環さんがレッスン体験と書くと、あかりちゃんは騒ぎ立てるように声をあげた。
「三島」
と、環さんは鋭い声でたしなめつつ、第三企画の面々を見回す。
「これから、花村、御園、高木の三人には、動画に載せる運動を体験して、難易度の確認をやってもらいます」
「菜乃花ちゃんもー?」
顔にはっきりと、うらやましい、と書いたあかりちゃんが、途方にくれた目をする。
「今日は高木に行ってもらいます。花村はほかの仕事も抱えてるから、次回は三島か江上にお願いします。いい? 御園」
「はい。もともと私の提案ですので、私が責任を持ってやらせていただきます」
立ち上がって、御園さんがそう言う。
「えー……、御園さんが責任者なんだー」
こそこそと、あかりちゃんが莉子ちゃんに話しかけている。御園さんと一緒は、どうも苦手らしい。
「三島、抵抗があるなら、花村のフォローを頼む」
淡々と環さんが言うと、あかりちゃんはあわてて立ち上がる。
「あっ、いえっ、大丈夫ですっ。やりますっ」
すると、今度は莉子ちゃんが手を挙げた。
「係長、私は花村さんのフォローに回りたいです。御園さんチームの提案と整合性を取るのにいい案がいくつかありますし、運動に関しては三島さんの方が知識も豊富ですから」
「三島はインストラクター経験があったわね。そうすると、適任か。今日は花村に行ってもらうけど、次からは三島にチェンジで。花村、そうしてくれる?」
「わかりました。よろしくお願いします」
蓮に会う機会が減った。
ホッと胸をなで下ろしつつ、あかりちゃんの様子をうかがう。
ラッキー、なんてささやきながら、莉子ちゃんとあいかわらずこそこそ話している。
あかりちゃんはすっかり蓮のファンみたい。
蓮は抱けるなら誰でもいいと言っていた。彼女が誘惑したら、簡単に抱いてしまうのだろう。
私でよかったんだから、かわいらしくて若いあかりちゃんを拒む理由なんてない。
私は蓮の彼女じゃないし、あかりちゃんが彼を誘惑するなんて決まったわけでもないのに、なんだかもやもやする。
「はい。じゃあ、花村たち、行ってきて。第二スタジオで、黒瀬くん、待ってるそうよ」
「わかりました」
一礼して、御園さんと菜乃花ちゃんと一緒にオフィスを出る。
スタジオは別棟の一階にある。途中、ロッカールームに寄って着替え、スタジオに向かった。
「あかりちゃんの態度、よくなかったわ。あとで注意しておく」
エレベーターに乗り込み、申し訳なく思って言うと、御園さんは無表情で首をひねりながら私を見る。
「いいわよ。気にしてない。今頃、係長に注意受けてるでしょうし」
「気にしてよ。甘やかしてきた私の責任もあるわ」
「そう? じゃあ、止めないわ。仕事に私情をはさまない。なんて、言えるのかしらね?」
ふふん、と鼻を鳴らす御園さんがすごくいじわるに見える。絶対、楽しんでる。
普段は無表情で何を考えてるのかわかりにくいのに、こういう時ばかりは感情をあらわにするのだ。
「い、言えるわ」
「頼もしいわね」
くすりと笑う御園さんの腕をひじで小突くと、私たちの様子をうかがっていた菜乃花ちゃんがおずおずと口を開く。
「あのー、黒瀬さんって、すごく優秀だって聞きましたけど、そうなんですか?」
「そうみたい。東崎大病院に勤務してたらしいわ」
あえて、蓮の情報を耳に入れようとしてないから、そのぐらいしか知らない。
「東崎の黒瀬さんって……あ、ああー、それでなんですね。わかりました。黒瀬さんの知識、吸収しなきゃ」
菜乃花ちゃんはなにやら勝手に納得して、両手にこぶしを握ると、うん、と力強くうなずいている。
まだ入社して半年。彼女の性格はよく知らないけど、意欲はたくましいぐらいある。
私はあまり自分に自信がなくて、入社当時は環さんの指導についていくのに必死だったけれど、何事もそつなくこなす菜乃花ちゃんは、新入社員としてはかなりしっかりしてると思う。
動画に関しては御園さんと菜乃花ちゃん、あとはあかりちゃんに任せていれば大丈夫だろう。
エレベーターを降りて、右手へ進むと、真っ白な大きな扉が現れる。第二スタジオと書かれたプレートを確認して、扉を押し開く。
「おつかれさまでーす」
ロールカーテンをあげている青年の背中に、ひかえめに声をかける。
振り返って、私を見つけるなり笑むのは、蓮だった。
「花村さん、おつかれさまです。よろしくお願いします」
ジャージ姿の彼はすぐに私たちに駆け寄ってきて、頭を下げた。
「こちらこそ、お願いします。彼女が高木です。次回からは御園と高木、私の代わりに三島が来ますので、よろしくお願いします」
菜乃花ちゃんを紹介すると、ふたりはお互いにあいさつする。そして、蓮は私へ目を移す。
「花村さんは今後、来られないんですか?」
表情からは、どういうつもりで聞いてきたのかわからない。
会えるの、楽しみにしてくれてた?
残念に思ってくれてるのかも。
そんなわけないか。
蓮が求めてるのは、体の関係だけ。
自問してみたけど、答えは簡単に出てしまう。
「え、ええ。インストラクターの経験がある三島の方が適任だろうとなったので……」
「そうですか。仕方ないですね」
何が仕方ないのか。
戸惑う私から目を離し、蓮は言う。
「早速、始めましょうか。軽いストレッチから。食後の運動にちょうどいいですよ」
「えぇーっ! 花村さんたち、黒瀬さんからレッスン受けるんですかー?」
ホワイトボードに環さんがレッスン体験と書くと、あかりちゃんは騒ぎ立てるように声をあげた。
「三島」
と、環さんは鋭い声でたしなめつつ、第三企画の面々を見回す。
「これから、花村、御園、高木の三人には、動画に載せる運動を体験して、難易度の確認をやってもらいます」
「菜乃花ちゃんもー?」
顔にはっきりと、うらやましい、と書いたあかりちゃんが、途方にくれた目をする。
「今日は高木に行ってもらいます。花村はほかの仕事も抱えてるから、次回は三島か江上にお願いします。いい? 御園」
「はい。もともと私の提案ですので、私が責任を持ってやらせていただきます」
立ち上がって、御園さんがそう言う。
「えー……、御園さんが責任者なんだー」
こそこそと、あかりちゃんが莉子ちゃんに話しかけている。御園さんと一緒は、どうも苦手らしい。
「三島、抵抗があるなら、花村のフォローを頼む」
淡々と環さんが言うと、あかりちゃんはあわてて立ち上がる。
「あっ、いえっ、大丈夫ですっ。やりますっ」
すると、今度は莉子ちゃんが手を挙げた。
「係長、私は花村さんのフォローに回りたいです。御園さんチームの提案と整合性を取るのにいい案がいくつかありますし、運動に関しては三島さんの方が知識も豊富ですから」
「三島はインストラクター経験があったわね。そうすると、適任か。今日は花村に行ってもらうけど、次からは三島にチェンジで。花村、そうしてくれる?」
「わかりました。よろしくお願いします」
蓮に会う機会が減った。
ホッと胸をなで下ろしつつ、あかりちゃんの様子をうかがう。
ラッキー、なんてささやきながら、莉子ちゃんとあいかわらずこそこそ話している。
あかりちゃんはすっかり蓮のファンみたい。
蓮は抱けるなら誰でもいいと言っていた。彼女が誘惑したら、簡単に抱いてしまうのだろう。
私でよかったんだから、かわいらしくて若いあかりちゃんを拒む理由なんてない。
私は蓮の彼女じゃないし、あかりちゃんが彼を誘惑するなんて決まったわけでもないのに、なんだかもやもやする。
「はい。じゃあ、花村たち、行ってきて。第二スタジオで、黒瀬くん、待ってるそうよ」
「わかりました」
一礼して、御園さんと菜乃花ちゃんと一緒にオフィスを出る。
スタジオは別棟の一階にある。途中、ロッカールームに寄って着替え、スタジオに向かった。
「あかりちゃんの態度、よくなかったわ。あとで注意しておく」
エレベーターに乗り込み、申し訳なく思って言うと、御園さんは無表情で首をひねりながら私を見る。
「いいわよ。気にしてない。今頃、係長に注意受けてるでしょうし」
「気にしてよ。甘やかしてきた私の責任もあるわ」
「そう? じゃあ、止めないわ。仕事に私情をはさまない。なんて、言えるのかしらね?」
ふふん、と鼻を鳴らす御園さんがすごくいじわるに見える。絶対、楽しんでる。
普段は無表情で何を考えてるのかわかりにくいのに、こういう時ばかりは感情をあらわにするのだ。
「い、言えるわ」
「頼もしいわね」
くすりと笑う御園さんの腕をひじで小突くと、私たちの様子をうかがっていた菜乃花ちゃんがおずおずと口を開く。
「あのー、黒瀬さんって、すごく優秀だって聞きましたけど、そうなんですか?」
「そうみたい。東崎大病院に勤務してたらしいわ」
あえて、蓮の情報を耳に入れようとしてないから、そのぐらいしか知らない。
「東崎の黒瀬さんって……あ、ああー、それでなんですね。わかりました。黒瀬さんの知識、吸収しなきゃ」
菜乃花ちゃんはなにやら勝手に納得して、両手にこぶしを握ると、うん、と力強くうなずいている。
まだ入社して半年。彼女の性格はよく知らないけど、意欲はたくましいぐらいある。
私はあまり自分に自信がなくて、入社当時は環さんの指導についていくのに必死だったけれど、何事もそつなくこなす菜乃花ちゃんは、新入社員としてはかなりしっかりしてると思う。
動画に関しては御園さんと菜乃花ちゃん、あとはあかりちゃんに任せていれば大丈夫だろう。
エレベーターを降りて、右手へ進むと、真っ白な大きな扉が現れる。第二スタジオと書かれたプレートを確認して、扉を押し開く。
「おつかれさまでーす」
ロールカーテンをあげている青年の背中に、ひかえめに声をかける。
振り返って、私を見つけるなり笑むのは、蓮だった。
「花村さん、おつかれさまです。よろしくお願いします」
ジャージ姿の彼はすぐに私たちに駆け寄ってきて、頭を下げた。
「こちらこそ、お願いします。彼女が高木です。次回からは御園と高木、私の代わりに三島が来ますので、よろしくお願いします」
菜乃花ちゃんを紹介すると、ふたりはお互いにあいさつする。そして、蓮は私へ目を移す。
「花村さんは今後、来られないんですか?」
表情からは、どういうつもりで聞いてきたのかわからない。
会えるの、楽しみにしてくれてた?
残念に思ってくれてるのかも。
そんなわけないか。
蓮が求めてるのは、体の関係だけ。
自問してみたけど、答えは簡単に出てしまう。
「え、ええ。インストラクターの経験がある三島の方が適任だろうとなったので……」
「そうですか。仕方ないですね」
何が仕方ないのか。
戸惑う私から目を離し、蓮は言う。
「早速、始めましょうか。軽いストレッチから。食後の運動にちょうどいいですよ」
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