お仕事女子のふつつかな恋愛事情

水城ひさぎ

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好きじゃなきゃしない

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「えっ! 私っ? 私は、だ、大丈夫だけど」

 ずいっと近づいてくる蓮に驚いて、すくみあがる。

 近いっ。
 心拍数がはねあがって、目が泳いでしまう。

 ここはベッドの上でもないのに、何を動揺してるんだろう。

「骨盤が歪んでますよね。気になってたんです」
「えっ! 気になるって……」

 いつから?

 まさか、さっきのストレッチで見抜いたっていうの? それとも……。

 脳裏をよぎるのは、蓮と体を重ねた白昼のこと。私の腰をつかんだ大きな手の感覚がよみがえってきて、心臓がばくばくする。

「ひどくはないんですけどね。せっかくなので治しましょう」

 蓮は平然として、真っ赤になる私をヨガマットの上に仰向けにさせると、足首にそっと触れた。

 ビクッと反応してしまう私などおかまいなしに、彼は何やら両足を確認してる。

「右足の方が少し長くなってますね」
「……そうなの?」
「はい。力抜いてていいですよ」

 知らないうちに力んでたみたい。言われるがまま、力を抜いて天井を見上げる。

 ひざを立てたり、伸ばしたりしてくる蓮をぼんやりと眺める。

 やましいことばかり考えてる私と違って、彼は真剣に体の歪みを確認してるみたい。

 うつ伏せになるように言われて、体の向きを変えた。すると、彼の手が腰に触れてきた。押すようにほぐしてるんだろうけど、優しい手つきが恥ずかしくてたまらない。

 ぎゅっと目を閉じていると、今度は仰向けになるように言われた。体の向きを変えたら、彼が上からのぞき込んでいる。

 妙な既視感に襲われて、グッと胸がつまる。

 息をこらすと、もう一度、「力抜いてください」とささやかれ、ますます緊張してしまった。

 くすっと笑う彼は、私の右足を曲げながら持ち上げて、優しくほぐすようにゆっくりと回してくる。

 目が合うと、やっぱり恥ずかしくてまぶたをおろした。

 ひざから曲げた足をお腹に押し付けるようにされる。蓮の体重が優しく乗ってくる。

 私を見下ろしながら、ゆっくり揺れる彼が眼裏に浮かんで、下腹部がぎゅっとした。

 施術されてるだけなのに、なんてこと考えてるんだろう。

 私、また……蓮に抱かれたいって思ってるんだろうか。

 あらぬ思いを振り切りたくて、パッと目をあけたら、蓮が足を抱えたまま真剣な目をして私を見下ろしていた。

 ふたたび思い出してしまって、足がモゾッと動いてしまう。それを見逃さなかった彼が、うっすら笑むから、顔をそらした。

 蓮の手を意識しないように、目を閉じて、力を抜く。

 はやく終わって、って思いながら、意識しないようにするのに、まるで愛おしいものに触れるような彼の手つきに、戸惑わずにはいられなかった。

 施術が終わり、しばらく放心状態だった私に、「花村さん、大丈夫?」と、御園さんが声をかけてくるからハッと起きあがった。

 彼女の目の奥に、愉快げな笑みが浮かんでる。私情をはさまないなんて、やっぱり無理じゃない、とからかわれてるみたい。

 気を取り直して、軽く足を回してみる。

「あ……、すごく軽くなったみたい」
「よかった。それでは、少し、休憩しましょうか。あとで、5分くらいの軽い運動をやってみようと思います」

 ささやかに感動する私を見て、蓮は本分が達成されたのか、充実した笑みを見せる。

 そんな笑顔にはっとする。彼は仕事に喜びを見出せる人なのだ。

 やましい気持ちで私に触れようなんて一切考えてなかったのに、私はいったい何を考えていたのか。

 蓮と一緒にいるだけで仕事に影響が出てしまうんだから、職場に好きな人がいたら大変だろう。

 そう言えば、小野部長にお見合い相手を探してほしいなんてお願いしてたけど、正式に気の迷いだったと謝罪した方がいいだろう。

 職場恋愛なんて、できる気がしない。情けないけれど。

 処女を喪失したら、私を縛り付けていた引け目も捨てられると思ってたけど、心から好きになった人と結ばれないと、本当の意味で自信なんて持てないのかもしれない。

 ふと、伊達さんの顔が脳裏に浮かぶ。

 彼は、私が唯一、好きになった人だった。

「花村さん、ちょっといい?」

 御園さんが話しかけてくる。

 うわの空だった私は、足もとに落ちていたノートを引き寄せて、メモを取る準備をする。

「ええ、なに?」
「全体の流れなんだけど、ストレッチと軽い運動の間に、体ほぐしのストレッチを入れたらどうかしら? 人によってほぐす場所は変わってくるとは思うけど」
「あっ、さっきのみたいな?」
「そう。いくら運動しても、かたい場所はやせていかないんじゃないかと思ったのよ」

 嘘かと思うかもしれないけど、むくみが取れてるのよ、と御園さんはふくらはぎをもみもみしてる。早速、効果を実感してるみたい。

「いい案だと思うわ。黒瀬さんに相談して決めていきましょ。じゃあ、流れとしては、朝のストレッチ、体ほぐしのストレッチ、軽い運動と、眠る前のストレッチがいいわね。60分以内におさまるかしら」
「大丈夫よ。余裕があると思うわ。一連の動画をやってもやせない場合は、別のストレッチや運動を試してみる感じで幅を広げていくといいわね」
「あのー」

 おずおずと菜乃花ちゃんが手を挙げる。

「菜乃花ちゃんも何かある?」
「軽い運動をどうするかなんですけど、黒瀬さんは5分くらいのものを考えてきたって言ってたので、時間的な余裕があるなら、ラジオ体操を入れたらいいかなと思いまして」
「ラジオ体操?」

 思いがけない提案だった。

「はい。やっぱりラジオ体操は有能な運動だと思うんです。年齢によっては、気をつけなきゃいけない動作もあるとは思うし、マンション住まいの方にはジャンプ運動はない方がいいと思うので、すごく簡単で楽しいラジオ体操を黒瀬さんに提案してもらえないかなと」
「ポップな音楽を使ったりするのも良さそうね」

 御園さんも、一考の余地はあるわね、と賛成するから、ノートに提案を箇条書きしながら、うなずく。

「わかった。黒瀬さんに提案してみるわ」

 辺りを見回す。蓮は窓際に立って、外を眺めながら給水してるところだった。

「今なら、相談できるんじゃないかしら?」
「え?」
「いいわよ。行ってきて」

 ふたりきりになりたいでしょ? なんて、変な気をきかせてるんじゃないかしら、と思いつつ、御園さんの言葉に甘えて腰を上げる。

「じゃあ、ちょっとだけ」
「ゆっくりでいいわよ」

 苦笑する彼女から離れて、蓮のもとに向かう。

 彼も私に気づいて、ペットボトルのふたをしめながら、私の方へやってくる。

 向かい合って立つと、胸がどきどきした。蓮に触れられた高揚感がまだ残ってるみたい。公私混同もはなはだしいと、邪念を振り払いながら、ノートを開く。

「あの、ちょっといくつか提案があるんだけど、いい?」
「どうぞ」
「えっと、軽い運動の内容なんだけど……あっ、ちょっと待って。電話かな。係長かも」

 ジャージのポケットで震えるスマホを取り出す。ロック画面に浮かぶ通知にハッとして、すぐにスマホをしまった。

 メールの差出人は伊達さんで、金曜日、の文字だけが見えた。

「電話じゃなかったですか?」
「あ、うん、そう」

 ポケットの方へ視線を向ける蓮は、「ふーん」とだけつぶやいた。

 見られたかもしれない。別に見られたってかまわないのに、焦燥感だけが胸に残る。

「えっと、何の話だっけ……。あっ、そうそう、軽い運動の件で提案があるんだけど」

 ノートの文字を追う指先が動揺してるみたいに揺れている。どうにもおさまらないから、指をぎゅっと握りしめ、沈黙してる蓮に向かって、一方的に提案を続けた。
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