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愛なんてなくてもいい
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『じゃあ、近場でドライブできるところ探しておくよ』
日曜日は高校時代の友だちに会う約束ができた、と伝えて、届いた伊達さんからのメールを眺めていると、眉間にしわが寄ってくる。
どうしよう。今さら断りにくいけど、ドライブには行けないって話した方がいいだろうか。
ふたりきりで出かけるってだけで、私にもその気があるんだと思われたって仕方ない。誤解されるような言動はしたらいけないと思う。
だから、今まで恋人ができなかったんでしょ?
隙見せないと、彼氏なんてできないよ。
って、加奈江の声が頭上から降ってくる気がして、天井をあおぐ。
お手上げだ。
どうしたらいいか決められない。
私って、こんなに優柔不断だったんだろうか。
ふと、斜め後ろの席を振り返る。
いつもそこにいる御園さんがいない。今日に限って、彼女は有給休暇を取っている。
御園さんだったら、どんなアドバイスをくれるだろう。
誰だっていいなら、伊達さんでもいいんじゃない? って言うだろうか。
それとも、蓮の気持ちを確認してからでも遅くないんじゃない? って言ってくれるだろうか。
「そっか……」
ぽつりとつぶやく。
蓮に、この気持ちを素直に話せばいいんだ。
伊達さんとふたりで出かける約束をしてしまったけど、彼とはいいお友だちで、恋愛感情があるわけじゃないって。
私はもしかしたら蓮が好きなのかもしれないんだけど、愛がないとわかってて、体だけの関係を続けるのは嫌だと思ってる、とも。
蓮を好きかもしれない。
そういうあいまいな言い方は逃げになるんだろうか。
でも、何がなんでもお付き合いしたいなんていうつもりもない。蓮の心が私にないなら、あきらめられるとも思ってる。
勝手なことばかり言うって、彼をあきれさせてしまうかもしれないけれど、今の気持ちを嘘偽りなく告白したら、蓮は私をどう思ってるのか教えてくれるかもしれない。
愛があるなら抱いてもいいって言ったら、蓮は私を愛してるって言うだろうか。
その言葉は私を抱くための偽りかもしれない、なんて悩んでしまうかもしれないけれど、何も伝えないよりはいい気がする。
じゃあ、伊達さんにはどう伝えたらいいだろう。
誤解させるようなことしてごめんなさいって、素直に謝ろうか。
これからも、親しい先輩後輩の関係でいたいのだと伝えたら、彼はなんと言うだろう。
小さなため息をつく。
白黒はっきりしない恋は、こんなにも大変なのだ。
やっぱり私には、勢いで結婚を決めてしまえるお見合いが向いているのかもしれない。
お昼休憩を取ったばかりだっていうのに、ドッと疲れてきた。
伊達さんへの返信は保留にして、スマホをポケットにしまったとき、パソコンにポニーテールの影が映り込む。
「花村さーん、今日って御園さん休みなんですよね? 半休じゃないですよねー?」
そう確かめるように話しかけてくるのは、あかりちゃんだった。
「そうよ、一日休みよ。何かあった?」
振り返ると、彼女は少々困り顔をしていた。
「2時からの黒瀬さんのレッスン、私と菜乃花ちゃんのふたりで行けばいいのかなって思ったんですけど、係長に聞いてきた方がいいですよね?」
「あ、そうね。ごめんなさい、気づかなくて。私が係長に確認しておくわ」
「わあ、頼りになる! お願いしますっ」
どうも、なかなかつかまらない環さんと連絡を取るのがおっくうだったみたい。現金に喜んだ彼女は、足取り軽くデスクに戻っていく。
環さんは午後からサク美ジムに出かけると言っていた。tofit動画に出演するインストラクターの面接があるから同行するらしい。
きれいなモデル体型の若いインストラクターや、主婦が親しみやすい40代のインストラクターを採用するかもしれないと話していた。
アプリの完成目標は来年の3月。4月からベータ版の配信を始め、5月には正式リリースする予定だ。
年内には企画書を完成させ、提出しなければならない。細かいところで気になる項目がまだ詰められてなくて、私も開発から助言をあおがないといけない。
恋だなんだとうつつを抜かしてるひまなんて、本当のところは全然ない。
tofitの企画書が完成したら、次の企画が始まるだろうし、そうやって年を重ねて、現在に至ることを思うと、恋は隙間時間で勝ち取っていかないといけないのだと思う。
二の次にしていたら、恋なんてできない。やっぱり、結婚を望むなら、お見合い結婚が一番手っ取り早いのだろう。
蓮にふられたら、お見合いしようかな……。
そんなことを考えながら、受話器を取る。
環さんに電話はすぐにつながった。レッスンの件を伝えると、『花村が行きなさい』と言われてしまった。
菜乃花ちゃんはしっかり者だけど、今日のレッスン内容を的確に御園さんに伝えるのは荷が重いだろうというのだ。
あかりちゃんと御園さんの仲を考えると、これまた正確な伝達が難しいと判断したのかもしれない。
受話器を置くと、あかりちゃんが「どうでしたー?」と尋ねてくる。
「私が御園さんの代わりに行くことになったわ。莉子ちゃん、悪いけど、一人で勧めてくれる?」
「大丈夫ですよ。レッスンって、1時間ぐらいですよね? 資料つくっておきます」
莉子ちゃんが頼もしい返事を即座にしてくれる。
「莉子ちゃんに何かあれば私が抜けるから、あかりちゃん、その時はよろしくね」
「はーい! 任せてください」
手をまっすぐに挙げるあかりちゃんにうなずいてみせて、席に腰をおろす。
レッスンに行くつもりなんてなかったから、ジャージを持ってきてない。仕事にならないような気がしつつも、蓮と距離を置いて仕事ができるのはよかったかもしれないと思う。
少しだけ胸をなでおろしつつ、2時になると、あかりちゃんと菜乃花ちゃんを連れてスタジオへと向かった。
『じゃあ、近場でドライブできるところ探しておくよ』
日曜日は高校時代の友だちに会う約束ができた、と伝えて、届いた伊達さんからのメールを眺めていると、眉間にしわが寄ってくる。
どうしよう。今さら断りにくいけど、ドライブには行けないって話した方がいいだろうか。
ふたりきりで出かけるってだけで、私にもその気があるんだと思われたって仕方ない。誤解されるような言動はしたらいけないと思う。
だから、今まで恋人ができなかったんでしょ?
隙見せないと、彼氏なんてできないよ。
って、加奈江の声が頭上から降ってくる気がして、天井をあおぐ。
お手上げだ。
どうしたらいいか決められない。
私って、こんなに優柔不断だったんだろうか。
ふと、斜め後ろの席を振り返る。
いつもそこにいる御園さんがいない。今日に限って、彼女は有給休暇を取っている。
御園さんだったら、どんなアドバイスをくれるだろう。
誰だっていいなら、伊達さんでもいいんじゃない? って言うだろうか。
それとも、蓮の気持ちを確認してからでも遅くないんじゃない? って言ってくれるだろうか。
「そっか……」
ぽつりとつぶやく。
蓮に、この気持ちを素直に話せばいいんだ。
伊達さんとふたりで出かける約束をしてしまったけど、彼とはいいお友だちで、恋愛感情があるわけじゃないって。
私はもしかしたら蓮が好きなのかもしれないんだけど、愛がないとわかってて、体だけの関係を続けるのは嫌だと思ってる、とも。
蓮を好きかもしれない。
そういうあいまいな言い方は逃げになるんだろうか。
でも、何がなんでもお付き合いしたいなんていうつもりもない。蓮の心が私にないなら、あきらめられるとも思ってる。
勝手なことばかり言うって、彼をあきれさせてしまうかもしれないけれど、今の気持ちを嘘偽りなく告白したら、蓮は私をどう思ってるのか教えてくれるかもしれない。
愛があるなら抱いてもいいって言ったら、蓮は私を愛してるって言うだろうか。
その言葉は私を抱くための偽りかもしれない、なんて悩んでしまうかもしれないけれど、何も伝えないよりはいい気がする。
じゃあ、伊達さんにはどう伝えたらいいだろう。
誤解させるようなことしてごめんなさいって、素直に謝ろうか。
これからも、親しい先輩後輩の関係でいたいのだと伝えたら、彼はなんと言うだろう。
小さなため息をつく。
白黒はっきりしない恋は、こんなにも大変なのだ。
やっぱり私には、勢いで結婚を決めてしまえるお見合いが向いているのかもしれない。
お昼休憩を取ったばかりだっていうのに、ドッと疲れてきた。
伊達さんへの返信は保留にして、スマホをポケットにしまったとき、パソコンにポニーテールの影が映り込む。
「花村さーん、今日って御園さん休みなんですよね? 半休じゃないですよねー?」
そう確かめるように話しかけてくるのは、あかりちゃんだった。
「そうよ、一日休みよ。何かあった?」
振り返ると、彼女は少々困り顔をしていた。
「2時からの黒瀬さんのレッスン、私と菜乃花ちゃんのふたりで行けばいいのかなって思ったんですけど、係長に聞いてきた方がいいですよね?」
「あ、そうね。ごめんなさい、気づかなくて。私が係長に確認しておくわ」
「わあ、頼りになる! お願いしますっ」
どうも、なかなかつかまらない環さんと連絡を取るのがおっくうだったみたい。現金に喜んだ彼女は、足取り軽くデスクに戻っていく。
環さんは午後からサク美ジムに出かけると言っていた。tofit動画に出演するインストラクターの面接があるから同行するらしい。
きれいなモデル体型の若いインストラクターや、主婦が親しみやすい40代のインストラクターを採用するかもしれないと話していた。
アプリの完成目標は来年の3月。4月からベータ版の配信を始め、5月には正式リリースする予定だ。
年内には企画書を完成させ、提出しなければならない。細かいところで気になる項目がまだ詰められてなくて、私も開発から助言をあおがないといけない。
恋だなんだとうつつを抜かしてるひまなんて、本当のところは全然ない。
tofitの企画書が完成したら、次の企画が始まるだろうし、そうやって年を重ねて、現在に至ることを思うと、恋は隙間時間で勝ち取っていかないといけないのだと思う。
二の次にしていたら、恋なんてできない。やっぱり、結婚を望むなら、お見合い結婚が一番手っ取り早いのだろう。
蓮にふられたら、お見合いしようかな……。
そんなことを考えながら、受話器を取る。
環さんに電話はすぐにつながった。レッスンの件を伝えると、『花村が行きなさい』と言われてしまった。
菜乃花ちゃんはしっかり者だけど、今日のレッスン内容を的確に御園さんに伝えるのは荷が重いだろうというのだ。
あかりちゃんと御園さんの仲を考えると、これまた正確な伝達が難しいと判断したのかもしれない。
受話器を置くと、あかりちゃんが「どうでしたー?」と尋ねてくる。
「私が御園さんの代わりに行くことになったわ。莉子ちゃん、悪いけど、一人で勧めてくれる?」
「大丈夫ですよ。レッスンって、1時間ぐらいですよね? 資料つくっておきます」
莉子ちゃんが頼もしい返事を即座にしてくれる。
「莉子ちゃんに何かあれば私が抜けるから、あかりちゃん、その時はよろしくね」
「はーい! 任せてください」
手をまっすぐに挙げるあかりちゃんにうなずいてみせて、席に腰をおろす。
レッスンに行くつもりなんてなかったから、ジャージを持ってきてない。仕事にならないような気がしつつも、蓮と距離を置いて仕事ができるのはよかったかもしれないと思う。
少しだけ胸をなでおろしつつ、2時になると、あかりちゃんと菜乃花ちゃんを連れてスタジオへと向かった。
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