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愛なんてなくてもいい
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「あれ? 花村さんっ。御園さんから休みの件はうかがってたんですが、代わりに花村さんが来てくれるなんて知りませんでした」
蓮は私を見つけるなり駆け寄ってくると、笑顔でそう言う。
来てくれるなんて……って。
もしかしたら、私が来るのを待ち遠しく思ってたのかなと思える無意識な発言に、どきりとしてしまう。
「あ、今日の予定はどうなってますか?」
察しのいいあかりちゃんの前で動揺なんてしていられない。背筋を伸ばして問う。
「今日は、本当に体がかたい人向けのストレッチを提案する予定です。御園さんとの打ち合わせは済んでいますので、予定通り進めさせてもらって大丈夫ですか?」
「はい。黒瀬さんにおまかせします」
何も言うことはなくて、頭を下げる。
御園さんの仕事は普段から抜け目がない。きっと私より先に出世しちゃうだろう。ぼやぼやしてたら置いていかれてしまう。
私は恋も仕事もどっちつかずになって、出世も結婚もできないんだろうなって、気弱になってしまいそうだ。
「花村さんは見学ですか?」
スカート姿の私を見て、彼は言う。
「私の確認不足で、体操できない服装ですみません」
「急きょ、決まったんですね。ここにいるみなさんは簡単にできてしまう内容だと思いますから、体験されなくても大丈夫ですよ。見ていて気になる点があれば言ってください」
「わかりました。見学させてもらいます」
もう一度、頭を下げたとき、ヨガマットを敷き終えたあかりちゃんが蓮に視線をそそぐ。
「黒瀬さーん、準備できましたよー!」
いつにもまして、彼女のテンションは高い。蓮との仕事が楽しくて仕方ないみたい。
「ありがとうございます。早速、始めましょうか」
さわやかな笑顔で応える彼は、ヨガマットの上に移動し、「では、準備体操から」と言う。
いつもの流れなのだろう。
あかりちゃんと菜乃花ちゃんはすっかり慣れているようで、同様にヨガマットの上に立ち、蓮に続いて体を伸ばし始めた。
私もふたりの後ろでメモを取る準備をする。
「そういえばー、黒瀬さんのお父さん、新聞に載ってるの見ましたよー」
簡単なストレッチをしながら、あかりちゃんは唐突に世間話を始める。
思いがけない話だったからか、蓮は一瞬、動きを止めたけれど、「そうですか」と、すぐに何食わぬ顔で受け流した。
「難しい話は全然わからないんですけど、研究についての内容でしたねー」
研究?
蓮のお父さんは、研究者なんだろうか。
「俺は……、あんまりよく知らないから」
蓮は苦笑する。知ってるのに、笑ってごまかしたみたいに見えた。
反応のない菜乃花ちゃんを盗み見る。
彼女はわざと何も聞いてないみたいな態度だった。無関心を装って、準備体操を入念にすすめている。あかりちゃんと一緒になって騒ぐタイプではないから、彼女もきっと何か知ってるんだろう。
蓮のお父さんって、新聞に載るような有名な人なの? なんて今さら野暮なことは聞けなくて黙っていると、あかりちゃんがパッと私を振り返る。
「花村さんは知ってますよねー?」
そう言いながら、知らない、と答える私を期待してるみたいな笑顔をしてる。話したくてたまらないのだろう。
蓮と目を合わせたら、素っ気なくそらされた。あんまりこの話をしたくないみたい。
どう返事をしたらいいだろうと迷っていると、あかりちゃんは私が何も知らないと判断したようだった。
「黒瀬さんって、東崎大の黒瀬恭介教授の息子さんなんですよー」
「東崎大の黒瀬……教授?」
「そうですよ。サク美アプリの監修をした、黒瀬教授ですよっ」
あっ、と声をあげそうになる。
御園さんが、蓮について思い出したことがある、と言っていた話はこのことだったのだ。週末はいろいろあって、すっかり忘れていたけれど。
「そうだったの」
ようやく言葉をしぼり出すと、あかりちゃんは「花村さんも知らなかったんですねー」と優越そうに言って、続ける。
「菜乃花ちゃんがサク美アプリの企画書を見てて、黒瀬教授の名前に気づいたらしいですよー」
「あっ、私は……たまたまです。東崎大の黒瀬さんって聞いて、もしかして、ご家族か親戚の方かなって勝手に思ってただけで」
恐縮そうに菜乃花ちゃんは肩をすくめる。
「東崎大の教授が監修にあたってくれたことはもちろん存じ上げていたんだけど、名前までは……すぐに気づかなくてごめんなさい」
複雑そうな表情で黙っている蓮に頭を下げる。
サク美アプリが開発された頃に、黒瀬という名前は聞いていたものの、今の今まですっかり忘れていた。
「たしかに、父の紹介でサク美に来ましたが、大げさにする話じゃないです」
渋い顔をする彼を見れば、黒瀬教授の息子という肩書きは隠しておきたかったのだろうと思った。
このことを環さんが知らないとは考えにくい。こうやって騒がれるのが嫌で、必要以上に言わないでほしいとお願いしていたかもしれない。
「あかりちゃん、その話はこのぐらいにしましょう。私たちは黒瀬教授のご子息とお仕事してるのではなくて、黒瀬蓮さんを信頼してお願いしてるんだから」
肩書きと仕事してるわけじゃないのだと伝えると、あかりちゃんは、「はーい」と小さな声で返事して、しょぼんとする。
うわさ話が大好きなんだろう。話のネタにされる蓮だって、いい気はしないはずだ。
この話はこれで終わり、と釘をさすと、蓮もホッとした表情を見せた。
「それでは、前回の議題にあがった、すごく体がかたい人向けの……」
蓮のレッスンが始まる。
私は後ろに身を引いて、レッスンの様子を見守った。
あいかわらず、菜乃花ちゃんは熱心にメモを取りながら、質問をしては疑問を解決していく。
理学療法士になりたかったと言った彼女は、蓮からいい刺激を受けているのだろう。
tofitアプリのリリースが開始されても、動画のアップデートは繰り返し行われるだろう。そうなったら、菜乃花ちゃんに担当をお願いしてもいいかもしれない。
あかりちゃんも、仕事とは関係ない話をしがちだけど、基本的には真面目で、仕事熱心。菜乃花ちゃんの面倒もよく見てくれている。意外と相性がいいかもしれない。
環さんへの報告事項をまとめつつ、レッスン内容もしっかりと記録する。1時間強のレッスンは、おおむね良好に粛々と進んだ。
レッスンを終え、オフィスに戻ると、環さんから電話が入った。インストラクターの面接は無事終了して、小野部長に報告後、第三企画に戻るとのことだった。
きっと残業になるなぁ、と16時をまわる時計を見たあと、パソコンを開く。
私あてに、新着メールが一件届いていた。
『おつかれさまでした。ありがとうございました。黒瀬』
たったそれだけのメールだったけれど、何に対してお礼を言っているのかはすぐにわかった。
蓮にとって、それほど父親である黒瀬教授の存在は公にされたくない関係なのだろうか。
19時すぎに、環さんはオフィスへ顔を出した。面接の様子をザッと説明し、明日からの予定を確認したあと、ふたたび、部長と打ち合わせがあるからと出ていった。
環さんには上がっていいと言われたけれど、すぐに帰る気になれなくて、明日の打ち合わせに使う資料をまとめておこうとパソコンへ向かった。
蓮も今日、残業かな……。
帰りに会えたらいいのに。
そう思っていると、新着メールがふたたび届いた。蓮からだった。
『本日のレッスン内容』
というタイトルで、わかりやすくまとめた資料を添付してくれている。
メールの送り先に御園さんも入っている。資料作成の手間を省いてくれたのだろう。
蓮は気遣いが細やかで、仕事ができる。その上、どんな女性だって惹かれる容姿をしている。
その気になればいくらだって恋人は作れるし、遊び相手にも困らないだろう。
私と付き合ってくれるはずないよね。
好きこのんで私を選ぶ理由が見つからない。
小さなため息をついたあと、添付資料をコピーして、ふたたびパソコンに向かった。
「あれ、まだ花村いたの。仕事熱心もいいけど、帰れるときは帰りなさいよ」
環さんの声にハッとして、パソコンから目を離す。
時計を見ると、21時になっていた。
「あっ、すみませんっ。明日の朝に使う打ち合わせの資料を作ってました」
「もう出来そう?」
「はい。あとはコピーするだけなので、明日の朝、やります」
「そう。じゃあ、帰りましょう。開発ももう、みんな帰ったわよ」
tofitプロジェクトに関わる開発部の社員は全員、帰宅したらしい。
そっか。蓮も帰ったのだ。
先に帰って、ラルゴで待っていればよかったかも。
後悔しながら、環さんと一緒にオフィスを出て、エレベーターに乗り込む。
「花村、彼氏いるの?」
「えっ!」
ふたりきりになった途端、プライベートに踏み込まれた。
環さんはおかしそうに目を細めて、動揺する私を眺めている。
「いや、ちょっと気になっただけ。tofitプロジェクトがうまく軌道に乗ったら、花村も出世かなと思ってね」
「……結婚の予定はないと思うんですけど」
「ないと思う? 変な言い方するね」
「お見合いしようかなって考えてて……って、それも迷ってるんですけど」
眉をわずかにあげた環さんは、煮え切らない私を横目で見る。
「あー、見合いか。小野部長に相談されたな、そう言えば。花村が異動になると困るから、企画と開発の男はダメだって牽制しておいたけど、余計なお世話だったか?」
「小野部長、係長にまで……。そんなにちゃんと考えてくださってたんですね」
何も言われないから、お見合い話はなくなったものと受け止めていたけれど。申し訳なくなってくる。
「結婚はしたければするといい。でも私は、花村がいなくなるとさみしいから、仕事はやめてほしくないな。産前産後をどう乗り切るかだ。まあ、その時は相談に乗るよ」
「産前産後って……」
意味ありげな視線を向けられて、戸惑う。あらぬ妄想がふくらみそうになってうつむくと、環さんは大げさに笑った。
「なんだ、恥ずかしがって。花村はうぶだな。じゃあ、私は車だからここで」
エレベーターを降りると、環さんは颯爽と立ち去る。
私はひとりで地下鉄の駅に向かった。
改札を抜け、ちょうどやってきた車両の先頭に乗り込んだとき、「佳澄さん」と声をかけられた。声だけですぐに誰かわかる。
「蓮くん……」
振り返ると、もう帰ったとばかり思っていた蓮が立っていた。
蓮は私を見つけるなり駆け寄ってくると、笑顔でそう言う。
来てくれるなんて……って。
もしかしたら、私が来るのを待ち遠しく思ってたのかなと思える無意識な発言に、どきりとしてしまう。
「あ、今日の予定はどうなってますか?」
察しのいいあかりちゃんの前で動揺なんてしていられない。背筋を伸ばして問う。
「今日は、本当に体がかたい人向けのストレッチを提案する予定です。御園さんとの打ち合わせは済んでいますので、予定通り進めさせてもらって大丈夫ですか?」
「はい。黒瀬さんにおまかせします」
何も言うことはなくて、頭を下げる。
御園さんの仕事は普段から抜け目がない。きっと私より先に出世しちゃうだろう。ぼやぼやしてたら置いていかれてしまう。
私は恋も仕事もどっちつかずになって、出世も結婚もできないんだろうなって、気弱になってしまいそうだ。
「花村さんは見学ですか?」
スカート姿の私を見て、彼は言う。
「私の確認不足で、体操できない服装ですみません」
「急きょ、決まったんですね。ここにいるみなさんは簡単にできてしまう内容だと思いますから、体験されなくても大丈夫ですよ。見ていて気になる点があれば言ってください」
「わかりました。見学させてもらいます」
もう一度、頭を下げたとき、ヨガマットを敷き終えたあかりちゃんが蓮に視線をそそぐ。
「黒瀬さーん、準備できましたよー!」
いつにもまして、彼女のテンションは高い。蓮との仕事が楽しくて仕方ないみたい。
「ありがとうございます。早速、始めましょうか」
さわやかな笑顔で応える彼は、ヨガマットの上に移動し、「では、準備体操から」と言う。
いつもの流れなのだろう。
あかりちゃんと菜乃花ちゃんはすっかり慣れているようで、同様にヨガマットの上に立ち、蓮に続いて体を伸ばし始めた。
私もふたりの後ろでメモを取る準備をする。
「そういえばー、黒瀬さんのお父さん、新聞に載ってるの見ましたよー」
簡単なストレッチをしながら、あかりちゃんは唐突に世間話を始める。
思いがけない話だったからか、蓮は一瞬、動きを止めたけれど、「そうですか」と、すぐに何食わぬ顔で受け流した。
「難しい話は全然わからないんですけど、研究についての内容でしたねー」
研究?
蓮のお父さんは、研究者なんだろうか。
「俺は……、あんまりよく知らないから」
蓮は苦笑する。知ってるのに、笑ってごまかしたみたいに見えた。
反応のない菜乃花ちゃんを盗み見る。
彼女はわざと何も聞いてないみたいな態度だった。無関心を装って、準備体操を入念にすすめている。あかりちゃんと一緒になって騒ぐタイプではないから、彼女もきっと何か知ってるんだろう。
蓮のお父さんって、新聞に載るような有名な人なの? なんて今さら野暮なことは聞けなくて黙っていると、あかりちゃんがパッと私を振り返る。
「花村さんは知ってますよねー?」
そう言いながら、知らない、と答える私を期待してるみたいな笑顔をしてる。話したくてたまらないのだろう。
蓮と目を合わせたら、素っ気なくそらされた。あんまりこの話をしたくないみたい。
どう返事をしたらいいだろうと迷っていると、あかりちゃんは私が何も知らないと判断したようだった。
「黒瀬さんって、東崎大の黒瀬恭介教授の息子さんなんですよー」
「東崎大の黒瀬……教授?」
「そうですよ。サク美アプリの監修をした、黒瀬教授ですよっ」
あっ、と声をあげそうになる。
御園さんが、蓮について思い出したことがある、と言っていた話はこのことだったのだ。週末はいろいろあって、すっかり忘れていたけれど。
「そうだったの」
ようやく言葉をしぼり出すと、あかりちゃんは「花村さんも知らなかったんですねー」と優越そうに言って、続ける。
「菜乃花ちゃんがサク美アプリの企画書を見てて、黒瀬教授の名前に気づいたらしいですよー」
「あっ、私は……たまたまです。東崎大の黒瀬さんって聞いて、もしかして、ご家族か親戚の方かなって勝手に思ってただけで」
恐縮そうに菜乃花ちゃんは肩をすくめる。
「東崎大の教授が監修にあたってくれたことはもちろん存じ上げていたんだけど、名前までは……すぐに気づかなくてごめんなさい」
複雑そうな表情で黙っている蓮に頭を下げる。
サク美アプリが開発された頃に、黒瀬という名前は聞いていたものの、今の今まですっかり忘れていた。
「たしかに、父の紹介でサク美に来ましたが、大げさにする話じゃないです」
渋い顔をする彼を見れば、黒瀬教授の息子という肩書きは隠しておきたかったのだろうと思った。
このことを環さんが知らないとは考えにくい。こうやって騒がれるのが嫌で、必要以上に言わないでほしいとお願いしていたかもしれない。
「あかりちゃん、その話はこのぐらいにしましょう。私たちは黒瀬教授のご子息とお仕事してるのではなくて、黒瀬蓮さんを信頼してお願いしてるんだから」
肩書きと仕事してるわけじゃないのだと伝えると、あかりちゃんは、「はーい」と小さな声で返事して、しょぼんとする。
うわさ話が大好きなんだろう。話のネタにされる蓮だって、いい気はしないはずだ。
この話はこれで終わり、と釘をさすと、蓮もホッとした表情を見せた。
「それでは、前回の議題にあがった、すごく体がかたい人向けの……」
蓮のレッスンが始まる。
私は後ろに身を引いて、レッスンの様子を見守った。
あいかわらず、菜乃花ちゃんは熱心にメモを取りながら、質問をしては疑問を解決していく。
理学療法士になりたかったと言った彼女は、蓮からいい刺激を受けているのだろう。
tofitアプリのリリースが開始されても、動画のアップデートは繰り返し行われるだろう。そうなったら、菜乃花ちゃんに担当をお願いしてもいいかもしれない。
あかりちゃんも、仕事とは関係ない話をしがちだけど、基本的には真面目で、仕事熱心。菜乃花ちゃんの面倒もよく見てくれている。意外と相性がいいかもしれない。
環さんへの報告事項をまとめつつ、レッスン内容もしっかりと記録する。1時間強のレッスンは、おおむね良好に粛々と進んだ。
レッスンを終え、オフィスに戻ると、環さんから電話が入った。インストラクターの面接は無事終了して、小野部長に報告後、第三企画に戻るとのことだった。
きっと残業になるなぁ、と16時をまわる時計を見たあと、パソコンを開く。
私あてに、新着メールが一件届いていた。
『おつかれさまでした。ありがとうございました。黒瀬』
たったそれだけのメールだったけれど、何に対してお礼を言っているのかはすぐにわかった。
蓮にとって、それほど父親である黒瀬教授の存在は公にされたくない関係なのだろうか。
19時すぎに、環さんはオフィスへ顔を出した。面接の様子をザッと説明し、明日からの予定を確認したあと、ふたたび、部長と打ち合わせがあるからと出ていった。
環さんには上がっていいと言われたけれど、すぐに帰る気になれなくて、明日の打ち合わせに使う資料をまとめておこうとパソコンへ向かった。
蓮も今日、残業かな……。
帰りに会えたらいいのに。
そう思っていると、新着メールがふたたび届いた。蓮からだった。
『本日のレッスン内容』
というタイトルで、わかりやすくまとめた資料を添付してくれている。
メールの送り先に御園さんも入っている。資料作成の手間を省いてくれたのだろう。
蓮は気遣いが細やかで、仕事ができる。その上、どんな女性だって惹かれる容姿をしている。
その気になればいくらだって恋人は作れるし、遊び相手にも困らないだろう。
私と付き合ってくれるはずないよね。
好きこのんで私を選ぶ理由が見つからない。
小さなため息をついたあと、添付資料をコピーして、ふたたびパソコンに向かった。
「あれ、まだ花村いたの。仕事熱心もいいけど、帰れるときは帰りなさいよ」
環さんの声にハッとして、パソコンから目を離す。
時計を見ると、21時になっていた。
「あっ、すみませんっ。明日の朝に使う打ち合わせの資料を作ってました」
「もう出来そう?」
「はい。あとはコピーするだけなので、明日の朝、やります」
「そう。じゃあ、帰りましょう。開発ももう、みんな帰ったわよ」
tofitプロジェクトに関わる開発部の社員は全員、帰宅したらしい。
そっか。蓮も帰ったのだ。
先に帰って、ラルゴで待っていればよかったかも。
後悔しながら、環さんと一緒にオフィスを出て、エレベーターに乗り込む。
「花村、彼氏いるの?」
「えっ!」
ふたりきりになった途端、プライベートに踏み込まれた。
環さんはおかしそうに目を細めて、動揺する私を眺めている。
「いや、ちょっと気になっただけ。tofitプロジェクトがうまく軌道に乗ったら、花村も出世かなと思ってね」
「……結婚の予定はないと思うんですけど」
「ないと思う? 変な言い方するね」
「お見合いしようかなって考えてて……って、それも迷ってるんですけど」
眉をわずかにあげた環さんは、煮え切らない私を横目で見る。
「あー、見合いか。小野部長に相談されたな、そう言えば。花村が異動になると困るから、企画と開発の男はダメだって牽制しておいたけど、余計なお世話だったか?」
「小野部長、係長にまで……。そんなにちゃんと考えてくださってたんですね」
何も言われないから、お見合い話はなくなったものと受け止めていたけれど。申し訳なくなってくる。
「結婚はしたければするといい。でも私は、花村がいなくなるとさみしいから、仕事はやめてほしくないな。産前産後をどう乗り切るかだ。まあ、その時は相談に乗るよ」
「産前産後って……」
意味ありげな視線を向けられて、戸惑う。あらぬ妄想がふくらみそうになってうつむくと、環さんは大げさに笑った。
「なんだ、恥ずかしがって。花村はうぶだな。じゃあ、私は車だからここで」
エレベーターを降りると、環さんは颯爽と立ち去る。
私はひとりで地下鉄の駅に向かった。
改札を抜け、ちょうどやってきた車両の先頭に乗り込んだとき、「佳澄さん」と声をかけられた。声だけですぐに誰かわかる。
「蓮くん……」
振り返ると、もう帰ったとばかり思っていた蓮が立っていた。
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