お仕事女子のふつつかな恋愛事情

水城ひさぎ

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愛なんてなくてもいい

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「わあ、すごくきれい。こんなにきれいな紅葉見るの、はじめてです」

 山肌を埋める赤や黄色の樹々が、澄んだ青空のもと、色鮮やかに広がっている。

 にぎやかな観光地のはずれにある大自然に、私は思わず驚嘆していた。

 山道を進んでいく紅葉狩り客は、まばらだ。一様に上を眺めながら、ゆったりと紅葉を楽しんでいる。

 私たちもその人の流れに添いつつ、小休憩のできる店先で立ち止まった。

 肩にかけたショールをかき寄せる。ほんのり冷たい風が吹いている。売店を覆うように広がる大木の葉が、ひらひらと舞い落ちてくるのを眺めていると、伊達さんも上を見上げる。

 黄色はブナで赤はモミジ。この地方のモミジはイロハモミジだよ。今年は秋口の気温が低かったから、色づきがはやいね、なんて教えてくれる。

「こっちに来て、正解でしたね」
「俺もここは見落としてたなぁ。近くにこんなにいい紅葉スポットがあるなんて知らなかったよ」

 観光地から少しはずれたここは、穴場スポットなのだそう。

 有名な紅葉スポットに行こうと計画していたけれど、道中の道の駅で、日帰りで紅葉を堪能するなら、大きな神社や派手な催し物はないけれど、こちらの方がゆっくり楽しめるのではないかと教えてもらい、ふらりと立ち寄ってみたのだ。

 優しい笑顔の伊達さんを見ていると、今日のお誘いを受けてよかったのだと思う。

 ふたりきりで会うのはもう、今日が最後と決めてるけれど、せっかくだから楽しもう。今はそう、前向きな気持ちになれていた。

「夜になると、川のそばはライトアップされるらしいよ」

 店先に貼られたイベントのポスターを見ながら、伊達さんが言う。

 ライトアップは今年はじめての試みみたい。

 まだ知らない人も多いだろうから、それほど混み合わないだろうと、通りがかる家族連れが話すのを聞きながら、彼に言う。

「また違う景色が見られるんですね」
「帰る時間が少し遅くなるけど、日が沈んだら、もう一度見に来ようか」
「はい」

 と、迷いなくうなずく。

 夜の紅葉を見てから、どこかで夕食を済ませて帰れば、あまり遅くならずに帰れるだろう。

「じゃあ、もう少し上まで行ったら、一回車に戻って、どこかで昼食にしようか」
「近くに雰囲気のいいレストランがあるって言ってましたね。秋限定のランチが食べられるって」
「そこに行く?」
「伊達さんが良ければ。いろいろ調べてくれて、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。佳澄ちゃんが楽しんでくれたら、それで」

 そう言って、伊達さんは私の腰に手を回して歩みを促した。

 付き合ってるとかそうじゃないとか関係なく、女性をいたわれる人なのだと思うけど、歩き出してもなかなか離れてくれないから、どうしたらいいんだろうって戸惑ってしまう。

 ちらりと彼を盗み見たら、目が合ってどきりとした。

「佳澄ちゃん」

 柔らかな笑みを浮かべて、伊達さんはささやいた。樹々のすれ合う音にまぎれてはいたが、私の名前ははっきりと耳に届いた。

 柔和だった瞳に、生真面目な色が浮かぶ。

 何かを告白される。

 そんな予感がして、無意識に突き放すように腕を押していた。

「あの、こういうのは慣れてなくて……」

 一歩さがって、彼から離れる。

「わかってる」

 何がわかってるんだろう。

 もしかして、加奈江から聞いたのかな。ずっと彼氏がいないって。

 恥ずかしい。

 熱くなるほおを自覚しながらうつむくと、彼の大きな手が私の後頭部をするりとなでた。




 ライトアップされた紅葉を見たら、緊張がほぐれていくのを感じた。

 ふたりきりの車内も、ランチしているときも、伊達さんが何かを告白するんじゃないかと思って落ち着かなかった。

 その何かはやっぱり、恋愛関係として意識させられる何かだと思う。彼は私にキスをしたのだ。それ以上の何かを求められても不思議じゃなかった。

 きれいな景色は、そわそわする雑多な心を無にしてくれる。

 自然とほおがほころぶのを感じていると、伊達さんが言う。

「そろそろ帰ろうか。途中どこかで、ごはんでも食べよう」
「ハイウェイオアシスのレストランもいいですね。すごく広いんですよね? テレビで紹介されてるの見て、行ってみたかったんです」
「じゃあ、そうしようか。ガソリンスタンドに寄ってからでいい?」
「高速乗る前の方がいいですよね。伊達さんにお任せします」

 ライトアップされた紅葉を背に歩き出す。
 今日という日は、大学時代に憧れていた伊達さんとの優しい思い出に変わるだろう。

 駐車場に戻り、ナビを設定して、高速道路の入り口に近いガソリンスタンドに寄ることにした。

 疲れてない? と案じてくれる彼とたわいのない会話を楽しみながら、ガソリンスタンドへと到着した。

 小さなガソリンスタンドで、給油機はふたつしかない。そのふたつとも、県外ナンバーの車が停まっていた。

「何かあったのかな?」

 伊達さんが眉をひそめてそう言う。

 店員がふたり、それぞれの運転手と給油機の前で話し込んでいる。

 店員はふたりしかいないのだろうか。私たちの車に気づいた店員が、待つようにとジェスチャーする。

 駐車スペースに移動するものの、セルフではないし、店員が一向にやってこないから、「ちょっと様子見てくる」と、伊達さんは仕方なしに車を降りていった。

 彼が事務所へ行こうとすると、ちょうど先客の一台がガソリンスタンドを出ていった。対応していた中年の店員が、早速彼に駆け寄る。

 店員は私の後方を指差して、手振り身振りで何かを訴えている。驚いたように見える伊達さんも、店員の指差す方を見て、神妙にうなずいている。

 やっぱり、何かあったみたい。

 しばらくすると、伊達さんは駆け足で戻ってきた。

「何があったんですか?」

 運転席に乗り込む彼に、すぐさま尋ねる。

「うん。少し前に、高速道路の入り口で玉突き事故があったらしい。今は通行止めになってるらしいよ」
「えっ、それじゃあ……」
下道したみち使って迂回して帰ってもいいけど、みんな下道に向かってるから、そっちは渋滞。うまく動いても、帰るのが深夜になるかもしれない」
「そうなんですか。困りましたね」
「いっそ、泊まっていった方がいいかもね。さっきの人に聞いたら、近くにいい旅館があるって。あとは山の上にファミリー向けの格安ホテルがあるから、そっちなら空いてるだろうってさ」

 ナビを検索しながら、彼はどんどん話を進めてしまう。

 泊まるって……どうしよう。でも、渋滞に巻き込まれるってわかってて、帰りたいなんて言いにくい。運転だって、ずっと彼がしてくれてる。免許は持ってるけれど、普段乗らないペーパードライバーの私が、彼の車を運転する勇気もない。

「ああ、旅館は、これだ。風花屋かざはなや。雰囲気良さそうだね」

 ナビとスマホを操作しながら、彼は早速、ガソリンスタンドの店員に教えてもらった旅館とホテルを探し当てていた。

「風花屋……」

 加奈江がおすすめしてくれた旅館だ。一度は泊まってみたいと思うような、露天風呂付きの部屋が思い浮かぶ。

「知ってる?」
「あ、いえ。知らないですっ」

 あわてて首を左右にふる。
 泊まってみたい気持ちはあるけど、今はその時じゃない。伊達さんと泊まるなんて考えられない。

「空いてるか、電話してみようか?」

 すぐに電話しようとするから、その行動力に驚きながらも、彼の手首をとっさにつかむ。

「でも、旅館って、一人だと予約取りにくいですよね?」
「ふたり部屋は、さすがに困る?」

 茶化すような目をする彼が、手を重ねてくる。

「困るっていうか……」

 そっと手を引く。そういう問題じゃない気がするのだけど。

「何もしないよって言っても信じてくれないかな。……いいよ。ホテルでシングルふたつ取ろう」

 返事に困って黙っていると、彼が落としどころを見つけたみたいにそう言う。

 まだ泊まるかどうかすら相談してなかったのに、やっぱり強引だ。彼を好きだったら、頼りになるって心酔しちゃうかもしれないけど、私はただ戸惑うばかりだった。

 伊達さんは山の上にあるという、紅ノ井べにのいホテルに電話をした。

 数年前、ファミリー向けにオープンしたホテルで、近隣のホテルに比べ、かなりの部屋数があるらしい。

 高速道路の事故で、宿泊客の予約が一斉に入ったみたいだったけど、シングルルーム希望ということもあってか、無事に2部屋予約できた。

 ガソリンを補給した後、紅ノ井ホテルへ行くと、私たちと同じような理由で予約した客がロビーにごったがえしていた。

 格安ホテルだからか、ベルパーソンによる客室への案内はなく、フロントで部屋のキーを渡された。私たちの部屋番号は並びで、隣り合ってるみたい。

「食事まで時間があるね。俺の方の部屋で、何か飲む?」

 部屋の前まで来ると、伊達さんが誘ってくる。

 それでは、部屋を別々にした意味がない。彼には下心がなくても、私の心の片隅に住み着いた警戒心が離れてくれない。

「着替えがないから、売店で買ってきます。伊達さんは?」
「そうだな。俺も売店行くよ。じゃあ、30分後に呼びに行く」

 約束をして、部屋の鍵を開けて中へ入った。

 後ろ手にドアを閉めて、ホッと息をつく。
 部屋はシンプルだった。ベッドとドレッサー、テレビしかないけれど、絵画やカーテンがおしゃれで、一泊するにはじゅうぶんすぎる落ち着いた空間が広がっている。

 バッグをドレッサーの上に置き、ベッドに横になって目を閉じた。あんどしたからか、急に眠たくなってくる。

 今日はすごく楽しかった。伊達さんと過ごす時間はいつも楽しい。だけど、恋愛対象として見られると、途端に戸惑ってしまう。

 大学時代は、絶対に彼は私を好きにならない、そうわかっていたから、安心して好きでいられたのだと思う。

 昔からずっと、伊達さんは憧れの人だったのだ。

 だって、蓮と体を重ねたように、伊達さんとは夜を過ごせないと思う。

 やっぱり、蓮がいい。
 蓮に会いたい。

 伊達さんと出かけたことを知ったら、蓮はどう思うだろう。

 仰向けになり、しばらく天井を見上げていたが、眠っちゃいけないと思って、体を起こす。鏡に映る私が疲れた顔をしてる。

 ドレッサーのいすに座り直し、乱れた髪を整えていると、バッグの中のスマホが震えた。

 伊達さんかな? とスマホを取り出して、息を飲む。蓮からの電話だった。
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