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約束の場所で待ってる
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「急いでどこに行くんですか?」
「紀子が……、友だちがいなくなって、探しにいかなきゃ」
すがるように、蓮に駆け寄る。
どうして蓮がここにいるのか。そんなこと、考える余裕もなかった。
紀子はずっと傷ついて、落ち込んでいた。だから、定期的に連絡もしてたし、見守ってるつもりだった。
でも、全然ダメだった。
紀子の本当の悩みなんて、電話越しでわかるわけなかった。
「いなくなったって?」
眉をひそめる彼に、結婚生活が思うようにならなくて紀子は悩んでたと、手短に説明する。
「息子の駿くんも連れて出ていったみたいなの。誰にも何も言わずにいなくなるなんて、心配で……」
もしかしたら……、って最悪の事態がさっきから頭の中をよぎってる。
「行かなきゃ……」
紀子は待ってるかもしれない。苦しみに気づいてくれる誰かを。
それがわかってあげられるのは、私だったんじゃないのか。どうしてもっと連絡してあげなかったんだろう。
「佳澄さんっ」
走り出そうとする私の手を、蓮がグッとつかむ。
「なに……っ」
「闇雲に探しても無駄だよ。その、紀子さんって人の行きそうな場所に心当たりはないの?」
落ち着いた蓮の声音が、私を冷静にさせていく。
「紀子の行きそうな場所……」
「ご主人のことで悩んでたなら、ご主人との思い出の場所とか」
「思い出って……。私たち、あんまりそういう話はしたことなくて」
恋の話は無意識に遠ざけていた。私は自分に自信がなかったから、相談されても困ると思ってた。照れ屋の紀子だって、のろけ話を積極的にする子じゃなかった。
蓮は少し考え込んで、言う。
「俺だったら、好きな人とはじめて出会った場所に行きたいと思う。あの時に戻れるならって、きっと考えると思う」
「紀子は旦那さまとバイト先で出会ったって言ってたから。そのお店ももうないし」
出会った場所に行くとは考えにくい。
「じゃあ、ご主人との思い出の場所かな」
「そんな場所、わからないわ」
「初デートの場所とか」
首を横に振る。
本当に私は、紀子を何も知らない。
ふたたび、蓮は眉間にしわを寄せて考え込んだ。彼なりに、紀子の気持ちを考えてくれてるみたい。
「さっき、同居が負担で家を出てきたらしいって、佳澄さんは言ってたけど、紀子さんはご主人と連絡してたのかな?」
「旦那さまとは……どうかな。温度差はありそうだったよ」
紀子が家を出るとき、旦那さまはついてこなかったと言っていた。別居が継続中なのは間違いないけど、連絡を絶っていたのかまではわからない。
「ご主人とうまくいってないんだったら、ご主人に関係する場所なんて行かないかもね」
「じゃあ、どこに……」
「死にたいのかな。落ち込むと、そう思うことあるよね」
蓮はさらっと不吉なことを口にする。その心配はあったけど、言葉として耳にするとショックだった。
「そんな言い方しないで」
「死ぬ気はなくてもさ、死にたい気分なんじゃないかって話だよ」
「死にたい気分って……」
「紀子さんにとって、佳澄さんが一番相談できる相手なんだよね、きっと。だったらさ、佳澄さんを待ってるんじゃないかな」
ひょんなことを言う。
「私を待ってる?」
「助けてほしいって思ってるなら、助けに来てくれるだろう人を待ってるよ。現に、佳澄さんは紀子さんを探そうとしてるし」
蓮はにこっと微笑む。
蓮は……わかってくれるんだ。私と紀子の関係。
私たちは似たもの同士だけど、出来ることが違って、お互いに尊敬し合ってた。
離れてても、紀子のことは忘れないからね。
彼女が結婚したとき、私はそう言ったんじゃなかったか。
同居だから、なかなか遊びにいけないと思って。
「私たち……、高校時代、ずっと一緒にいたの」
ひとつ、思い出したことがある。
それは懐かしい出来事のひとつだった。
「そう」
「嫌なことがあるとね、よく公園に寄り道して帰ったの。もう学校にも家にも帰りたくないねって笑って、さあ明日からがんばるぞって気合い入れて」
お互いになぐさめあって、笑いあった。私たちにとって、あの公園は、元気を取り戻せる場所だった。
「その公園、どこ?」
「水族館近くの、海の見える公園。地下鉄に乗って、終着駅まで乗るのが楽しかったから」
「佳澄さんの通ってた高校の近く?」
「あ、うん。水族館までは、ここから地下鉄で1時間ぐらいで行けると思う」
「ああ、わかった。それ、さざなみ公園だね」
とっさに思い出せなかった名称を、蓮は言い当てた。
「あっ、そうそう。さざなみ公園!」
穏やかな海への眺望がとてもいい、芝生とベンチしかない公園だけど、水族館のそばにあるから、地元では有名な公園のひとつだった。
「じゃあ、車で行くより、地下鉄の方が早いね。行こうか」
「行こうかって、蓮くんも?」
「佳澄さんだけで行かせられると思う? だいたい、まだそこに紀子さんがいるって決まったわけじゃないしさ。見つかるまで付き合うよ」
行こう、と蓮は私の手を引いて走り出す。
あんまり足が速いから、手が離れそうになって、私も必死に彼の手を握り返す。
もうふたりきりで会ったりしたらいけないと思ってたけど、やっぱりどうしようもなく会いたかったんだと思った。
紀子が見つかったら伝えよう。
お見合いしたんだって。
相手は三浦さんだって。
誰もがうらやむ開発部のエリートで、私にはもったいないぐらいの人だって。
私には、三浦さんを断る理由なんて、何一つないんだって。
そう伝えたら、蓮は、おめでとう、って言ってくれるだろうか。言ってくれたら、三浦さんと結婚しよう。これ以上ない良縁で、絶対後悔しないと思うから。
「紀子が……、友だちがいなくなって、探しにいかなきゃ」
すがるように、蓮に駆け寄る。
どうして蓮がここにいるのか。そんなこと、考える余裕もなかった。
紀子はずっと傷ついて、落ち込んでいた。だから、定期的に連絡もしてたし、見守ってるつもりだった。
でも、全然ダメだった。
紀子の本当の悩みなんて、電話越しでわかるわけなかった。
「いなくなったって?」
眉をひそめる彼に、結婚生活が思うようにならなくて紀子は悩んでたと、手短に説明する。
「息子の駿くんも連れて出ていったみたいなの。誰にも何も言わずにいなくなるなんて、心配で……」
もしかしたら……、って最悪の事態がさっきから頭の中をよぎってる。
「行かなきゃ……」
紀子は待ってるかもしれない。苦しみに気づいてくれる誰かを。
それがわかってあげられるのは、私だったんじゃないのか。どうしてもっと連絡してあげなかったんだろう。
「佳澄さんっ」
走り出そうとする私の手を、蓮がグッとつかむ。
「なに……っ」
「闇雲に探しても無駄だよ。その、紀子さんって人の行きそうな場所に心当たりはないの?」
落ち着いた蓮の声音が、私を冷静にさせていく。
「紀子の行きそうな場所……」
「ご主人のことで悩んでたなら、ご主人との思い出の場所とか」
「思い出って……。私たち、あんまりそういう話はしたことなくて」
恋の話は無意識に遠ざけていた。私は自分に自信がなかったから、相談されても困ると思ってた。照れ屋の紀子だって、のろけ話を積極的にする子じゃなかった。
蓮は少し考え込んで、言う。
「俺だったら、好きな人とはじめて出会った場所に行きたいと思う。あの時に戻れるならって、きっと考えると思う」
「紀子は旦那さまとバイト先で出会ったって言ってたから。そのお店ももうないし」
出会った場所に行くとは考えにくい。
「じゃあ、ご主人との思い出の場所かな」
「そんな場所、わからないわ」
「初デートの場所とか」
首を横に振る。
本当に私は、紀子を何も知らない。
ふたたび、蓮は眉間にしわを寄せて考え込んだ。彼なりに、紀子の気持ちを考えてくれてるみたい。
「さっき、同居が負担で家を出てきたらしいって、佳澄さんは言ってたけど、紀子さんはご主人と連絡してたのかな?」
「旦那さまとは……どうかな。温度差はありそうだったよ」
紀子が家を出るとき、旦那さまはついてこなかったと言っていた。別居が継続中なのは間違いないけど、連絡を絶っていたのかまではわからない。
「ご主人とうまくいってないんだったら、ご主人に関係する場所なんて行かないかもね」
「じゃあ、どこに……」
「死にたいのかな。落ち込むと、そう思うことあるよね」
蓮はさらっと不吉なことを口にする。その心配はあったけど、言葉として耳にするとショックだった。
「そんな言い方しないで」
「死ぬ気はなくてもさ、死にたい気分なんじゃないかって話だよ」
「死にたい気分って……」
「紀子さんにとって、佳澄さんが一番相談できる相手なんだよね、きっと。だったらさ、佳澄さんを待ってるんじゃないかな」
ひょんなことを言う。
「私を待ってる?」
「助けてほしいって思ってるなら、助けに来てくれるだろう人を待ってるよ。現に、佳澄さんは紀子さんを探そうとしてるし」
蓮はにこっと微笑む。
蓮は……わかってくれるんだ。私と紀子の関係。
私たちは似たもの同士だけど、出来ることが違って、お互いに尊敬し合ってた。
離れてても、紀子のことは忘れないからね。
彼女が結婚したとき、私はそう言ったんじゃなかったか。
同居だから、なかなか遊びにいけないと思って。
「私たち……、高校時代、ずっと一緒にいたの」
ひとつ、思い出したことがある。
それは懐かしい出来事のひとつだった。
「そう」
「嫌なことがあるとね、よく公園に寄り道して帰ったの。もう学校にも家にも帰りたくないねって笑って、さあ明日からがんばるぞって気合い入れて」
お互いになぐさめあって、笑いあった。私たちにとって、あの公園は、元気を取り戻せる場所だった。
「その公園、どこ?」
「水族館近くの、海の見える公園。地下鉄に乗って、終着駅まで乗るのが楽しかったから」
「佳澄さんの通ってた高校の近く?」
「あ、うん。水族館までは、ここから地下鉄で1時間ぐらいで行けると思う」
「ああ、わかった。それ、さざなみ公園だね」
とっさに思い出せなかった名称を、蓮は言い当てた。
「あっ、そうそう。さざなみ公園!」
穏やかな海への眺望がとてもいい、芝生とベンチしかない公園だけど、水族館のそばにあるから、地元では有名な公園のひとつだった。
「じゃあ、車で行くより、地下鉄の方が早いね。行こうか」
「行こうかって、蓮くんも?」
「佳澄さんだけで行かせられると思う? だいたい、まだそこに紀子さんがいるって決まったわけじゃないしさ。見つかるまで付き合うよ」
行こう、と蓮は私の手を引いて走り出す。
あんまり足が速いから、手が離れそうになって、私も必死に彼の手を握り返す。
もうふたりきりで会ったりしたらいけないと思ってたけど、やっぱりどうしようもなく会いたかったんだと思った。
紀子が見つかったら伝えよう。
お見合いしたんだって。
相手は三浦さんだって。
誰もがうらやむ開発部のエリートで、私にはもったいないぐらいの人だって。
私には、三浦さんを断る理由なんて、何一つないんだって。
そう伝えたら、蓮は、おめでとう、って言ってくれるだろうか。言ってくれたら、三浦さんと結婚しよう。これ以上ない良縁で、絶対後悔しないと思うから。
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