プラトニックな事実婚から始めませんか?

水城ひさぎ

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「祥子、お待たせー」

 公園に入ってからまもなく、後ろから聞き慣れた声がして振り返ると、小さな女の子と手をつなぐ利根とね芹奈が、女の子の歩幅に合わせて、ゆっくりと近づいてきていた。

「ううん、全然待ってないよ。今来たとこ」
「本当? よかった。埋め合わせ、公園でごめんね」

 体調が回復したから会いたいと、芹奈から連絡をもらったのは昨日の夜のことだ。

 ちょうど明日休みだからランチでもしようと誘ったけれど、公園に行くから付き合ってほしいと言われて、私は彼女の自宅近くにある公園に来ていた。

 一面芝生の広々とした公園には、赤ちゃん連れの夫婦や、小さな子どもとピクニックを楽しむママ友らしき女性たちの姿がちらほらと見える。

 公園の樹々は、赤や黄色に色づき始めているが、子どもたちは肌寒さなどなんのそので走り回っている。

 芹奈もよくここへ遊びに来ているようで、遊び道具の入った手提げバッグを持参している。

「なんだか、のんちゃん、大きくなったんじゃない?」

 芹奈と手をつなぐ女の子の顔をひょいとのぞき込むと、ぷいっと目をそらされる。のんちゃんは相変わらずの照れ屋さんだが、とても可愛らしい顔立ちをしていて、どことなく芹奈にも似ている。

「わかる? 来年の4月から幼稚園だよ」

 のんちゃんの本名は、村山乃梨佳むらやまのりか。通称のんちゃん。芹奈の姉、優佳ゆうかの一人娘だ。

 優佳はのんちゃんを出産後に病気が見つかった。治療の甲斐なく亡くなったのは、もう3年ほど前になる。それ以来、のんちゃんの父親が仕事のときは、芹奈の実家で彼女の面倒を見ているらしい。

「のんちゃん、滑り台好きだから、あっちに行こうか」

 芹奈がそう言うと、のんちゃんが率先して歩き出す。本当に滑り台が好きなようだ。

「幼稚園に入ったら、のんちゃんになかなか会えなくなったりするの?」

 手を振りながら滑り台をすべるのんちゃんを見ながら、私は芹奈に尋ねた。

「そんなことないよ。お迎えは母がするし、誠也せいやさんも仕事が終わったらうちに来て、夜ご飯食べてのんちゃんと帰る感じ。今と何も変わらないと思う」
「誠也さんって、のんちゃんのお父さんだよね?」
「うん、そう。めちゃくちゃ優しい人なんだよ。お姉ちゃん、いい人に出会ったんだなって、すごく思う」
「そんなにいい人なんだ。いいなぁ」

 私とは大違いだ。どこでどう間違えてしまったのだろう。

 将司は、私が勤務していた旅行代理店の向かいにあった紳士用品店で、エリアマネージャーをしていた。8歳年上で、大人の色気や貫禄のある自信家。月に一度、テナントへやってくる彼は、そのたびにわざわざ、旅行代理店にまで挨拶がてら顔を出してくれていた。

 頼り甲斐があって、とても紳士な人だった。交際を申し込まれてから、どんなに仕事が忙しくても週に一度は会う時間を必ず作ってくれた。私を愛おしく抱いてくれる優しさの中に、乱暴さはまったくなかった。

 私を一生大事にしてくれる人だろう。

 そう信じられる人だったのに、全部偽りの姿だったと知ったときは激しいショックを受け、どうしたら見抜けたのだろうと後悔するばかりだった。

「私、祥子の結婚式に行けなかったから、桐谷さんには直接会ったことなかったんだよね……」

 芹奈は私の結婚式に体調不良で来られなかった。もし来ていたとしても、将司の不倫が防げたわけではないけれど、彼女なりに後悔しているのだろう。もし、直接会えていたら、彼の本性が見抜けたかもしれないのに、と。

「結果的に良かったって思ってるよ。芹奈が出席してくれる結婚式、またやれるかもしれないし」
「わあ、結婚に前向き。誰か、いい人できたの?」
「あっ、そういうんじゃなくて」

 否定しながら、啓介の顔が脳裏をよぎって、戸惑う。

 いつも穏やかな彼が、あんなにまじめな表情で告白してくれた。あれは本心で、誠実な気持ちを伝えてくれたのだと思う。

 だけど、どうしても消極的になってしまう。私ももう29歳だ。貴重な20代を将司に捧げてしまった。次は失敗したくない。恋愛を楽しむことよりも、そんな思いの方が強い。

 黙り込む私の顔をのぞき込み、芹奈が言う。

「啓介と、何かあった?」
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