プラトニックな事実婚から始めませんか?

水城ひさぎ

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マドンナ

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 引っ越しの日は、今年初めての雪がちらついていた。曇天の空から舞い落ちてくる玉雪を見上げながら、啓介の到着を待つ。

 そうしてるうちに、引っ越し業者のトラックが先に到着する。荷物の運び出しをお願いしたあと、ふたたび、駐車場に戻ると、到着したばかりだろう啓介が、「大家さんと話してて遅くなった。ごめんっ」と駆けてくる。

「ううん、大丈夫」
「いよいよだよな。なんかちょっと緊張してるよ、俺」

 そう言われると、今日から彼と一緒に暮らすんだという実感が、わずかながらに私も湧いてくる。

「連休もらったから、一緒に片付けするね」
「片付くまで、夕飯は俺が作るよ」

 照れくさそうに笑う啓介が、私はわりと好きだ。すごく私を好きでいてくれるんだって伝わってくる。

 私はどうだろうか。一緒に暮らしてもいいと思うぐらいには彼が好きだけど、どのぐらいその気持ちが伝わってるだろう。彼は好きな人と一緒にいたい気持ちが勝っていて、私からの愛情にあまり期待してないような気もしてしまう。

 啓介が思ってるよりあなたが好きだと思うよって言うのもおかしい気がして言えない。そう思うと、私は愛情表現が上手じゃないかもしれない。

「じゃあ、明日は一緒に買い出しに行かない? 男の人の手料理食べるなんて初めて」
「そうなんだ?」

 啓介は意外そうな顔をする。将司は料理をしない男だったんだと気づいたみたい。

 料理どころか、家事もまともにやったことがない。仕事中心の人だったから、それもあたりまえだと思ってたけど、啓介に接していると、全然あたりまえじゃなかったんだって思う。

 不倫が発覚した直後は、将司も反省の態度を見せて、一番愛してるのは私だと言ってくれたから別れたくない気持ちもあったけど、やっぱり、別れてよかったのだ。

「マンションに向かう途中で、俺の部屋にも寄ってもらって荷物積むからさ、祥子は俺の車に乗って待っててよ」

 トラックへの荷積みが終わり、業者さんから道案内を頼まれた啓介は、車に乗り込むとそう言う。

「手伝わなくて大丈夫?」
「細かい荷物はベッドが届いた日に運んだからさ、リビングのテーブルとダンボールがいくつかあるだけ。ほかの家具は、ちょうど親戚にほしいって人がいて、譲ることにしたんだ」

 私のアパートにある家具は、離婚後にすべて買いそろえたから、優先的に使おうと言ってくれたのは啓介だ。ベッドと寝具は新調して、お気に入りのリビングテーブルだけは手放したくないからと、新居のリビングで使うことにした。

「足りないものは少しずつ、ふたりで決めて、増えていくといいね」
「ああ。祥子がそういう気持ちでいてくれるだけでうれしいよ」

 啓介はそう言うと、私に触れたそうな目をするが、すぐにグッとこらえるようにハンドルを握る。

 我慢させている。手ぐらい繋いでもいいし、髪に触れられてもいいと思うけれど、それはまだ早いような気がして言い出せない。

 将司のときはどうだっただろう。お付き合いを始めてすぐ、深い関係になったように思う。今思えば、心より先に体が欲しかったのかもしれない。友人の自慢になるぐらい美人の奥さんだと褒めてくれたこともあった。結婚してからあまり抱いてくれなくなったのは、トロフィーワイフとしてそばに置いておくことに満足していたからかもしれない。

 結婚したら、男の人は変わるのだ。啓介は違うと信じてるけど、将司のことも信じていたのにあんなことになったから、やっぱりどこかで啓介の愛情をすべて受け入れてしまって大丈夫だろうかと怖がっている自分がいる。

 すぐに将司と比べてしまうことも、申し訳なくて憂鬱になる。情けない考えが浮かんでしまうのも、啓介にまだうまく甘えられていないからだ。

「ちゃんと啓介とのこと、考えてるからね」

 言葉にして言わなきゃ、啓介が不安がる。そう思って言うと、彼はそっと目を細め、「行こうか」と、エンジンをかけた。
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