プラトニックな事実婚から始めませんか?

水城ひさぎ

文字の大きさ
11 / 38
マドンナ

3

しおりを挟む



 アパートの目の前で停車すると、「作業中は路駐してもいいって大家さんの許可もらったから」と、啓介は助手席に座る私に言い残し、業者の待つ駐車場へ走っていった。

 作業を待つ間、私はなんとはなしに対向車を眺めていた。通りを一本入っている生活道路だからか、それほど車通りは多くない。

 時々、通り過ぎる車の運転手がこちらを見る。邪魔なところに停車しているんじゃないかと気になってくる。

 まだ啓介は戻らないのだろうか。アパートの方へ目を向けようとしたとき、私はハッと息をのんだ。

 サイドミラーに、ショートボブの女の人が映り込んでいる。少し明るめの茶髪に、濃茶のワンピース。その姿には見覚えがある。

 あれは、将司の愛を確信し、私に勝ち誇った笑みを見せた……吉川綾だ。

 実際は、妻の元に戻ると答えた将司に振られた哀れな女で、いまだに私を逆恨みしているのだろうか。もう、将司とはいっさい連絡していないのに。

 振り返りそうになり、かろうじて思いとどまる。気づいてないふりをした方がいいだろう。我ながら、冷静な判断が取れていると思う。

 しかし、心中は穏やかではない。心臓はバクバクと音を立て、呼吸が荒くなるのを感じながら、深く息を吐き出す。

 はやく啓介、戻ってきて。

 そう祈ったとき、駐車場から啓介が出てくる。すぐにサイドミラーに視線を移すと、綾の姿はもうない。

「祥子、どうかした?」

 後方を気にする私に気づいて、啓介もそちらへ目を向ける。

「ううん。いくら大丈夫って言っても、ここに停まってていいのかなって気になってただけ」
「そうだよな。ごめん。すぐに出すから」

 運転席に乗り込んだ彼が車を発進させようとしたとき、赤い対向車に目を奪われた。運転席の茶髪の女が、私をにらみつけていた。間違いない。綾だ。

 アパートからつけられていたのだろうか。赤い車は信号が変わると右折していく。先回りする気だろうか。

「そう言えば、啓介、いつもの道って工事してたよね。信号左折して、遠回りした方がいいかも」

 動悸がして、体が熱くなるのを感じながら、平静を装う。

「工事なんかしてた?」
「してたよ。もしかしたら休工中かもしれないけど、念のため、遠回りしよう」
「そうだな。トラックあるしな。わかった。いつもと違う道で行ってみるよ」

 啓介は素直にうなずくと、来た道を戻り始める。

 バックミラーを確認する。トラックはちゃんとついてくる。サイドミラーを見ても、後方から赤い車がついてきているかはよくわからない。

 もどかしく思っているうちに、新居となるマンションへ到着する。我先にと車を降り、大通りを眺め見る。赤い車は見当たらない。

 大丈夫。きっと、大丈夫だから。

 そう言い聞かせて、ふしぎそうにこちらを見る啓介のもとへと駆け戻る。

「祥子、どうした? やっぱり何か……」
「違うの。工事、やってなかったみたいって思って。業者さんに遠回りさせちゃってごめんね」
「そっか。気にするなよ。帰りは大通りにすぐ出れる道、教えておくからさ」

 何も不審がらずに啓介がそう言うから、私はほっと胸をなでおろすと、エントランスで待つ業者とともに、エレベーターに乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...