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マドンナ
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しおりを挟むアパートの目の前で停車すると、「作業中は路駐してもいいって大家さんの許可もらったから」と、啓介は助手席に座る私に言い残し、業者の待つ駐車場へ走っていった。
作業を待つ間、私はなんとはなしに対向車を眺めていた。通りを一本入っている生活道路だからか、それほど車通りは多くない。
時々、通り過ぎる車の運転手がこちらを見る。邪魔なところに停車しているんじゃないかと気になってくる。
まだ啓介は戻らないのだろうか。アパートの方へ目を向けようとしたとき、私はハッと息をのんだ。
サイドミラーに、ショートボブの女の人が映り込んでいる。少し明るめの茶髪に、濃茶のワンピース。その姿には見覚えがある。
あれは、将司の愛を確信し、私に勝ち誇った笑みを見せた……吉川綾だ。
実際は、妻の元に戻ると答えた将司に振られた哀れな女で、いまだに私を逆恨みしているのだろうか。もう、将司とはいっさい連絡していないのに。
振り返りそうになり、かろうじて思いとどまる。気づいてないふりをした方がいいだろう。我ながら、冷静な判断が取れていると思う。
しかし、心中は穏やかではない。心臓はバクバクと音を立て、呼吸が荒くなるのを感じながら、深く息を吐き出す。
はやく啓介、戻ってきて。
そう祈ったとき、駐車場から啓介が出てくる。すぐにサイドミラーに視線を移すと、綾の姿はもうない。
「祥子、どうかした?」
後方を気にする私に気づいて、啓介もそちらへ目を向ける。
「ううん。いくら大丈夫って言っても、ここに停まってていいのかなって気になってただけ」
「そうだよな。ごめん。すぐに出すから」
運転席に乗り込んだ彼が車を発進させようとしたとき、赤い対向車に目を奪われた。運転席の茶髪の女が、私をにらみつけていた。間違いない。綾だ。
アパートからつけられていたのだろうか。赤い車は信号が変わると右折していく。先回りする気だろうか。
「そう言えば、啓介、いつもの道って工事してたよね。信号左折して、遠回りした方がいいかも」
動悸がして、体が熱くなるのを感じながら、平静を装う。
「工事なんかしてた?」
「してたよ。もしかしたら休工中かもしれないけど、念のため、遠回りしよう」
「そうだな。トラックあるしな。わかった。いつもと違う道で行ってみるよ」
啓介は素直にうなずくと、来た道を戻り始める。
バックミラーを確認する。トラックはちゃんとついてくる。サイドミラーを見ても、後方から赤い車がついてきているかはよくわからない。
もどかしく思っているうちに、新居となるマンションへ到着する。我先にと車を降り、大通りを眺め見る。赤い車は見当たらない。
大丈夫。きっと、大丈夫だから。
そう言い聞かせて、ふしぎそうにこちらを見る啓介のもとへと駆け戻る。
「祥子、どうした? やっぱり何か……」
「違うの。工事、やってなかったみたいって思って。業者さんに遠回りさせちゃってごめんね」
「そっか。気にするなよ。帰りは大通りにすぐ出れる道、教えておくからさ」
何も不審がらずに啓介がそう言うから、私はほっと胸をなでおろすと、エントランスで待つ業者とともに、エレベーターに乗り込んだ。
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