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悲しみのキャストドール
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延々と続くかと思われた石畳の先に、これまたどこまで広いのだろうと驚くほど荘厳な洋館が現れた。
周囲の樹々はさやさやと静かに揺れる。
この場に不似合いな来客でさえ、温かく迎えてくれているようだ。
優しい。けして都会ではない片田舎のこの街でも、こんなに穏やかな空気が吸える場所は他にないのではないかと思う。
裏山には神社があると聞いたが、神聖な場所にふさわしい澄んだ風が流れていく。
本当に神は存在するかも。にわかにそんな気持ちになるような場所だ。
「凪、こっちこっちー」
この洋館の住人である那波と芽依は、すでに石段を上がって玄関前にいた。
階段の上から芽依が手を振っている。アッシュブラウンのふわふわと広がる長い髪が、陽の光を受けてキラキラと輝く。
まぶしいほどの笑顔も可愛らしい。芽依は純真無垢であどけない。だから男たちは彼女に惹かれていても、決して触れてはならないと感じている。
そこになくてはならないけれど、手の届かない場所にいる。芽依はそんな存在感を持つ。
まるで太陽だ。
だから、芽依は全てから愛されている。そう思えてならない。
芽依の後ろで、那波の後ろ姿が玄関扉の奥に消えていく。
今日俺をこの屋敷に招いたのは芽依だが、あまりに素っ気ない那波の態度に戸惑う俺がいる。那波は俺のことどう思っているのだろう。
頼みもしないのに心理学研究部に出入りする変わり者。そのぐらいにしか思ってないだろうか。
図星に思えて、自嘲ぎみに笑う。
「凪ー、はやくーっ」
芽依が急かすから、俺は急いで石段を駆け上がった。
「さあ、どうぞ、凪。パパもママもいないけど、ママがケーキ買っておいてくれるって言ってたから、後で那波の部屋に持っていくね」
大きな玄関扉を開きながら芽依はそう言って、俺が中へと進むと、正面の階段を指さした。
西洋風の赤い絨毯が敷かれた階段だ。こんな優雅な階段は映画の中でしか見たことがない。
断りきれずにここまで来てしまったが、ますます場違いなところへ来てしまったと感じる。
飛流姉妹は、3DKのアパートに暮らす俺の平凡な生活とはかけ離れた空間の中で生きているのだ。
「那波の部屋は階段上がって右手の廊下をずーっと、ずーっと歩いていったところよ。突き当たりの部屋だから先に行ってて」
「先にって……」
「ケーキと紅茶用意したらすぐに行くから」
芽依はすぐに左側にあるドアの中へと入っていく。
おきざりにされた俺はこのまま立っているわけにもいかず、言われた通り階段を昇った。
長い長い廊下にはいくつものガラス窓が等間隔に並んでいる。窓から差し込む日差しを浴びながら、何気に外へ目を向ける。
広大な敷地の一角しか見えないが、それでも十分に広いと感じる庭がある。人工的に植えられた様々な植物が裏山の景観に溶け込むような、そんな自然溢れる温かい庭だ。
祖父母の暮らしていたこの屋敷に、小さな頃は遊びに来ていたと那波が言っていた。
那波も芽依もこの庭で遊んでいたのだろう。二人の姉妹がはしゃぐ様子を思い浮かべてみる。
想像は自由だ。那波の笑顔が脳裏に浮かぶ。小さな頃はきっと彼女も芽依のように笑ったのだろう。その笑顔を今の彼女に望むのは、やはり酷だろうか。
いくつもの部屋の前を通り過ぎ、突き当たりの部屋にたどり着く。どの部屋も使用しているとは考えにくい。那波はなぜ玄関から一番離れた部屋を使っているのだろう。
ドアをノックしようと手を挙げた時、内側からドアが開く。そして、無表情の那波が顔をのぞかせた。
「あら、芽依は? 木梨くん、ここまで一人で来たの? 遠かったでしょ? 今から芽依の部屋へ行こうと思ってたの」
「ちょっとした運動をしたみたいだ。芽依はここに来るって言ってたよ」
「……そう。じゃあ、入って。いくつか服を選んでみたの」
那波はためらいもなくドアを大きく開く。
「だからさっきも言ったけど、俺はチケットのもぎりだから、女装はしないんだ」
「芽依に話してたのはそのことだったのね。でもいいわ。服の貸し出しを芽依が約束してきたみたいだから、学校へ運ぶのは木梨くんに手伝ってもらうそうよ」
「芽依は自由だな」
「それがあの子のいいところよ」
「まあ、そうかな。自由すぎて心配にもなりそうだけど」
「それは、目が離せないってこと?」
那波は時々どきりとすることを言う。まばたきもせずに俺を見つめるんだから、胸の高鳴りが何によって引き起こされたのかと混乱もする。
「そういう意味じゃ……」
「いいの。誰かが芽依のことをそんな風に言ってたから、木梨くんもそうなのかしらと思っただけよ」
「あの、飛流さん、俺さ、前から気になってたんだけど、ちょっと誤解があると思うんだ」
那波は俺が芽依を好きだと勘違いしている。もちろん、恋愛感情とかはないとわかっているようだけど、俺はどんな誤解も那波にはされたくないと感じているのだ。
「誤解?」
「芽依のことは友人として嫌いじゃないっていうか。友人っていうほど仲良くしてるわけでもないけどさ。その、恋愛ではないっていうか……」
なんて遠回りな言い方しかできないんだろう。これでは那波には伝わらない。そう思うが、那波を恋愛感情として好きで、芽依は友人として好きだなんて言ったりしたら、それは告白だ。それを口にする勇気はない。
「恋愛ではないって、どうして言えるの?」
那波の純粋な疑問にどぎまぎする。彼女は違いを知りたいだけなのに、まるで責められているように感じてしまう。
「それはその……す、好きな女の子のことは、抱きしめたいとか、キスしたいとか、思ったりするから……」
頬が上気する。何を言ってるんだ、俺は。
だが、那波は至って真面目に俺の言葉に耳を傾けている。本当に純粋なのだ、飛流姉妹は。
「抱きしめて欲しいって、私も思ったことあるわ」
延々と続くかと思われた石畳の先に、これまたどこまで広いのだろうと驚くほど荘厳な洋館が現れた。
周囲の樹々はさやさやと静かに揺れる。
この場に不似合いな来客でさえ、温かく迎えてくれているようだ。
優しい。けして都会ではない片田舎のこの街でも、こんなに穏やかな空気が吸える場所は他にないのではないかと思う。
裏山には神社があると聞いたが、神聖な場所にふさわしい澄んだ風が流れていく。
本当に神は存在するかも。にわかにそんな気持ちになるような場所だ。
「凪、こっちこっちー」
この洋館の住人である那波と芽依は、すでに石段を上がって玄関前にいた。
階段の上から芽依が手を振っている。アッシュブラウンのふわふわと広がる長い髪が、陽の光を受けてキラキラと輝く。
まぶしいほどの笑顔も可愛らしい。芽依は純真無垢であどけない。だから男たちは彼女に惹かれていても、決して触れてはならないと感じている。
そこになくてはならないけれど、手の届かない場所にいる。芽依はそんな存在感を持つ。
まるで太陽だ。
だから、芽依は全てから愛されている。そう思えてならない。
芽依の後ろで、那波の後ろ姿が玄関扉の奥に消えていく。
今日俺をこの屋敷に招いたのは芽依だが、あまりに素っ気ない那波の態度に戸惑う俺がいる。那波は俺のことどう思っているのだろう。
頼みもしないのに心理学研究部に出入りする変わり者。そのぐらいにしか思ってないだろうか。
図星に思えて、自嘲ぎみに笑う。
「凪ー、はやくーっ」
芽依が急かすから、俺は急いで石段を駆け上がった。
「さあ、どうぞ、凪。パパもママもいないけど、ママがケーキ買っておいてくれるって言ってたから、後で那波の部屋に持っていくね」
大きな玄関扉を開きながら芽依はそう言って、俺が中へと進むと、正面の階段を指さした。
西洋風の赤い絨毯が敷かれた階段だ。こんな優雅な階段は映画の中でしか見たことがない。
断りきれずにここまで来てしまったが、ますます場違いなところへ来てしまったと感じる。
飛流姉妹は、3DKのアパートに暮らす俺の平凡な生活とはかけ離れた空間の中で生きているのだ。
「那波の部屋は階段上がって右手の廊下をずーっと、ずーっと歩いていったところよ。突き当たりの部屋だから先に行ってて」
「先にって……」
「ケーキと紅茶用意したらすぐに行くから」
芽依はすぐに左側にあるドアの中へと入っていく。
おきざりにされた俺はこのまま立っているわけにもいかず、言われた通り階段を昇った。
長い長い廊下にはいくつものガラス窓が等間隔に並んでいる。窓から差し込む日差しを浴びながら、何気に外へ目を向ける。
広大な敷地の一角しか見えないが、それでも十分に広いと感じる庭がある。人工的に植えられた様々な植物が裏山の景観に溶け込むような、そんな自然溢れる温かい庭だ。
祖父母の暮らしていたこの屋敷に、小さな頃は遊びに来ていたと那波が言っていた。
那波も芽依もこの庭で遊んでいたのだろう。二人の姉妹がはしゃぐ様子を思い浮かべてみる。
想像は自由だ。那波の笑顔が脳裏に浮かぶ。小さな頃はきっと彼女も芽依のように笑ったのだろう。その笑顔を今の彼女に望むのは、やはり酷だろうか。
いくつもの部屋の前を通り過ぎ、突き当たりの部屋にたどり着く。どの部屋も使用しているとは考えにくい。那波はなぜ玄関から一番離れた部屋を使っているのだろう。
ドアをノックしようと手を挙げた時、内側からドアが開く。そして、無表情の那波が顔をのぞかせた。
「あら、芽依は? 木梨くん、ここまで一人で来たの? 遠かったでしょ? 今から芽依の部屋へ行こうと思ってたの」
「ちょっとした運動をしたみたいだ。芽依はここに来るって言ってたよ」
「……そう。じゃあ、入って。いくつか服を選んでみたの」
那波はためらいもなくドアを大きく開く。
「だからさっきも言ったけど、俺はチケットのもぎりだから、女装はしないんだ」
「芽依に話してたのはそのことだったのね。でもいいわ。服の貸し出しを芽依が約束してきたみたいだから、学校へ運ぶのは木梨くんに手伝ってもらうそうよ」
「芽依は自由だな」
「それがあの子のいいところよ」
「まあ、そうかな。自由すぎて心配にもなりそうだけど」
「それは、目が離せないってこと?」
那波は時々どきりとすることを言う。まばたきもせずに俺を見つめるんだから、胸の高鳴りが何によって引き起こされたのかと混乱もする。
「そういう意味じゃ……」
「いいの。誰かが芽依のことをそんな風に言ってたから、木梨くんもそうなのかしらと思っただけよ」
「あの、飛流さん、俺さ、前から気になってたんだけど、ちょっと誤解があると思うんだ」
那波は俺が芽依を好きだと勘違いしている。もちろん、恋愛感情とかはないとわかっているようだけど、俺はどんな誤解も那波にはされたくないと感じているのだ。
「誤解?」
「芽依のことは友人として嫌いじゃないっていうか。友人っていうほど仲良くしてるわけでもないけどさ。その、恋愛ではないっていうか……」
なんて遠回りな言い方しかできないんだろう。これでは那波には伝わらない。そう思うが、那波を恋愛感情として好きで、芽依は友人として好きだなんて言ったりしたら、それは告白だ。それを口にする勇気はない。
「恋愛ではないって、どうして言えるの?」
那波の純粋な疑問にどぎまぎする。彼女は違いを知りたいだけなのに、まるで責められているように感じてしまう。
「それはその……す、好きな女の子のことは、抱きしめたいとか、キスしたいとか、思ったりするから……」
頬が上気する。何を言ってるんだ、俺は。
だが、那波は至って真面目に俺の言葉に耳を傾けている。本当に純粋なのだ、飛流姉妹は。
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