太陽と傀儡のマドンナ

水城ひさぎ

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悲しみのキャストドール

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「那波ー、今の人って三年の樋野先輩じゃない?」

 輝と入れ違うようにして部室に入ってきたのは芽依だ。
 バスケ部に所属する友人二人を連れている。名前は確か、川原かわはら優香ゆうか佐野さの弥生やよいだったか。

 以前、好きな男性が芽依を好きなんだと悩んでいたのは優香だ。
 長い髪を二つに結んだ、おとなしそうな雰囲気の可愛らしい子。

 弥生の方は対称的に、ボーイッシュなショートカットがよく似合う、明るくて元気な子。芽依は彼女たちと三人で行動することが多い。

 三人でここへ来る時は部活を早々に切り上げてきた時か、部活が休みの時だ。
 今日もどちらかだろうと思ったが、芽依が「大丈夫だ」と答えるのは明白で、尋ねるのはやめた。

「ええ、そう言っていたわ」

 紅茶の準備をしようと立ち上がると、凪が三人分の椅子を用意する。

 最近三人はよく部室を訪れるから、自前のマグカップを持ってきている。そのマグカップを優香が棚から取り出してくれ、弥生が凪を手伝って椅子を並べる。
 すると、芽依はきょろきょろした後、「私、これからここにする!」と凪の隣に好んで座った。

 凪は私をちらりと見たが、目が合うと気まずそうに視線を落として、紅茶を口に含んだ。

「凪は樋野先輩知ってる?」
「え……あ、初めて会ったよ」

 凪は声をかけられるとは思ってなかったのか、落ち着きなく答える。
 なぜだか私をちらちら見る。芽依と話すのは苦手なのだろうか。だが、芽依はかまわず彼に話しかける。

「びっくりしたでしょ? 三年生とは校舎が離れてるからなかなか会えないけど、カッコイイからっていつもグラウンドは女の子でいっぱいなんだよ」

 口ぶりからすると、芽依は輝を知っているようだ。

「グラウンドがいっぱい?」
「うん。樋野先輩、サッカー部だから。みんな先輩見たさに集まるの」
「へえ」

 凪は輝の話題に興味なさげだ。というより、至近距離で話す芽依を直視できなくて会話に身が入らないのかもしれない。

「樋野先輩っていつも眼帯してるのに、まるで見えてるみたいなプレーするんだって。試合には出ないらしいけど、エースより上手らしいよ」
「見えてる? なんか、すごい人なんだな」
「でしょー? 眼帯はおしゃれでつけてるのかな?」

 大げさに芽依が首を傾けると、ふんわりと髪が揺れる。

「おしゃれ? まさか。いくらおしゃれでもサッカーする時ぐらいは外すんじゃないかな」
「やっぱりそうかな。先輩の彼女だった人たちは見たことあるみたいなんだけど、誰もそのことは言わないんだって」
「彼女だった人たち?」
「樋野先輩って彼女たくさんいるんだって。先輩に目付けられて、彼女にならなかった人はいないらしいよ。あ、そう! だからさっきなんでここに来てたのかなって思って。もしかしたら樋野先輩、那波が好きなのかな?」

 芽依は唐突に思いもよらないことを言うと、私に目を向ける。と同時に、部室にいる面々のすべての視線が私に集中した。

 芽依だけでなく、優香や弥生も好奇心があるようだ。
 輝はどうやら女子生徒の間で噂になるような美男子らしい。その輝が私に会いに来た理由は、もちろんそんな理由ではないけれど。

「私、そういうのよくわからないわ」

 率直な思いだ。
 私にはいくつかの感情が欠落していて、恋人にしたいぐらい好きだという感情を理解することも察することも出来ないだろう。そう思う。

 そう答えたら、凪が小さく息をついた。ようやく芽依の目が自分からそれた安堵感からだろう。

「でも那波に恋人が出来たらいいね。だってそれって、那波にも好きな人が出来るってことでしょ?」
「そうなのかしら。よくわからないわ」
「違うの? 凪はわかる?」

 また芽依は凪に話をふる。やっと芽依の話から解放されたのにとばかりに彼は困った様子だが、彼女の悩みを無視したりはしない優しい青年は言う。

「好きでもない相手と付き合うことはあるんじゃないかな。でもきっと、付き合ううちに好きになったりするんだよ。そういう可能性のある相手となら、恋人になれると思う」
「そうなんだー。私は好きな人たくさんいるけど、那波にはいないみたいだから、一人でも好きな人が出来たらいいなって思ったんだけど。付き合ってるからって、お互いに好きって感情があるわけじゃないんだね」

 芽依は感心しながらも、全てが理解できたわけではないのか不思議そうだ。

 自分で言う通り、芽依には好きな人がたくさんいる。友達のことは全員好きだと公言する彼女だ。しかし、彼女もきっと私と同じ。友達として好きな人と恋人にしたいぐらい好きな人の区別はつかないだろう。

 首を傾げる芽依を見て、凪はくすりと笑う。

「なんだか飛流さんたちって、びっくりするぐらいそういうのにうといんだね。飛流さんだけかと思ったら、芽依もなんだ? やっぱり双子だね」
「そういうのにうとい?」

 と、芽依は知らない言葉を聞いたみたいにたどたどしく言うが、その辺は細かいことを気にしない彼女らしく、「そういうの、いつか誰かが教えてくれるよね?」と笑顔を見せる。

「あ、……まあ、たぶん」

 凪がほんの少し赤らむ。
 私にはなぜ赤らんだのかも意味がわからないが、その様子を見てくすくす笑うのは優香と弥生だ。

「凪くん、芽依や飛流さんと一緒にいると毎日楽しいでしょ?」

 弥生がにやにやしながら言う。どうやら、彼女は私たち姉妹と一緒にいると楽しいと感じているようだ。

「あ、そうかな。まあ確かに、ちょっと変わってて楽しいっていうか……」
「美人だしね。飛流さんとこんなに普通に一緒にいる人って、凪くんだけだよ」
「美人は……、関係ないかもしれないけど」

 落ち着きなく髪をなで付ける凪をじっと見ていた芽依は、不意に浮かんだのだろう疑問を口にする。

「凪は那波が好き?」
「……え、あ、そういうのは……、えっと」

 ますます当惑する凪が私を見る。私はすぐに彼に救いの手を差し伸べる。きっと誤解されたくないと感じていると思ったから。

「木梨くんは芽依が好きなのよ。恋人にしたいぐらい好きなのか、そこまでは私にもわからないけれど」

 そう言うと、凪は呆然としたが、芽依はますます笑顔になって、両手をそっと合わせた。

「嬉しいっ、私も凪が好きよ」

 すっかり気を良くした芽依は、また凪に質問を投げかける。今日は凪目当てで部室を訪れたようだ。

「凪のクラスは文化祭、喫茶店するんだよね? さっき教室覗いたら、みんな看板作ったりしてたよ。凪は何するの?」

 文化祭。
 私には無縁の行事だ。A組は様々なものを展示販売すると言っていたが、私は蚊帳の外で、具体的に何をするのか知らない。

 凪のクラスが喫茶店をするというのも初耳だ。といってもB組に行くことはないだろう。
 やはり、文化祭の日も私はこの部室で過ごすことになるだろうと思うだけだ。

「俺は当日の手伝いだよ。チケットのもぎりかな。他の手伝いはあれば声かけるって言われてるけど、まあきっとないよ」
「凪が受付なら絶対行くね。ね、那波も行くよね?」

 無邪気な笑顔をする芽依は、去年も私が文化祭に参加しなかったことを忘れているようだ。

「芽依は行きたくないって言っても呼ばれるわよ。私は行かないけど、気にしないで」
「那波はもっと学校生活楽しんだらいいのにー」
「楽しみ方が、わからないわ」

 首を横に振る。
 楽しい、という気持ちになったことがない。
 芽依のようには生きられないのに、彼女はそれを理解できない。私たちは対極にあって、理解し合うことが難しい。

「あ、そういえば、噂だとウェイトレスはみんな男子がやるんだってね」

 私が沈む顔をすると空気が重くなる。だからか、その雰囲気をいち早く察する優香が口を開いた。

「ウェイトレス? それを言うならウェイターでしょ?」

 弥生が訂正しようとするのを、優香が「違うよ」と言う。

「男子が女の子の格好するんだって聞いたよ。もしかしたら凪くんもかも。聞いてないの? 凪くんは」
「凪が女の子の格好?」

 芽依がそう言う。

「それじゃあ、B組がやるのはメイドカフェだ」

 そう決めつけたのは、弥生だ。

「凪くんは転校生だから、うまく話が伝わってないのかな?」
「凪が女の子って、なんか可愛い気がするー」
「そうだね。意外と凪くんは綺麗な顔してるから、似合うかもしれない。そうか、もしかしたらそれで私と優香、当日の朝はB組に来てくれって言われたのかも」

 弥生は納得したようにうなずく。

「来てくれって言われてるの? 弥生」
「ヘアメイクしてくれって」
「あ、そっか。優香と弥生のおうちは美容院だもんね。ヘアアレンジはお手のものだね」

 優香、芽依、弥生が思い思いに話すのを凪はちょっと青ざめてみている。

 男子が女の子の格好をするというのはあまり想像できないが、好奇心は生まれる。凪は私にとってとても興味深い存在なのだ。

「木梨くんが女の子の格好するなら、行ってみてもいいわ」

 私がそう言うと、全員が驚いた様子で私を見つめる。いきなりシンとなった部室に、私は場違いな発言をしたのだと気付いたが、芽依が沈黙を破った。

「そうだっ、那波。那波、メイドさんみたいな可愛い服持ってるよね? 凪に貸してあげたら?」
「でもあれは……」
「あ、いや……まだ決まったわけじゃないし」

 言葉を濁す私にかぶせるように、凪が言う。しかし、マイペースな芽依には聞こえていない。

「じゃあ、決まりー! 来週の月曜日、学校帰りにうちに来てね。ね、凪」
「あ、でもさ……」
「あ! せっかくの紅茶、冷めちゃった! 飲んだら、帰ろう、那波。わあ、来週も楽しみになって来ちゃった」

 芽依が凪に微笑みかけるから、彼はもう言葉もなく、苦笑いして髪をかきあげた。
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