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悲しみのキャストドール
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「凪、凪はどれが可愛いと思う?」
那波の部屋とは全く異なるガーリーな部屋の中央で、芽依は花柄のワンピースを身体に当てて、くるりと回転する。
アッシュブラウンの髪がふわりと広がると、甘い香りが鼻をかすめていく。
こんなに可愛くて、隙だらけの美女とベッドのある部屋で二人きりでいるなんて予定外だ。
「男が着るんだから、可愛くなくてもいいんじゃないかな」
文化祭の実行委員に確認してみたところ、女装するのはごく一部の男子生徒で、衣装は姉や妹のいる家庭から借りる予定だったらしい。
白いエプロンが似合う可愛いワンピースなら家にたくさんあるからと、芽依が一手に引き受けることになったことを、俺は今聞かされたばかりだ。
「だいたい飛流さんたちはスタイルがいいから、そのワンピース、男が着れるのかな」
「着る男子だって、マッチ棒みたいに細い子ばっかりだから大丈夫よ。凪だって着れるんじゃない?」
「着れても着ないよ」
「凪ってそういうところ、はっきりしてるね。頼れる男の子って感じする」
「そんな風に言われたことないよ」
「私、頼れる人大好きよ。那波のことだって、距離を置かないでいてくれて嬉しいの。那波、言ってたわ。あのことを凪は知ったのに、離れていかないの。変よねって」
急に真顔になって、芽依は持っていたワンピースをベッドの上に投げ出す。そして、クローゼットから宝箱のような形の綺麗な蓋付きの箱を取り出した。
「この箱のこと、パパにもママにも内緒だから、凪も誰にも言わないでね」
「そんなに大事な箱なら、人に見せないほうがいいよ」
那波なら俺に見せたりはしないだろう。警戒心の薄い芽依だからこそ、迂闊な言動をしたりするのだ。それを那波は危惧しているようだった。
「凪ならいいの。まだ知り合ったばかりだけど、那波の秘密を知っても離れていかない人、初めてだから」
「秘密って言っても……」
芽依は俺に背を向けて、両手で箱の蓋を押し上げる。
「おかしいでしょ? 体温のない人間が生きてるなんて、おかしいでしょ?」
今までにないぐらい押し殺したような低い声で、芽依は続ける。
「那波は気づいてないの。私が過去の記憶を全部忘れて、のうのうと楽しく生きてるなんて思ってる。ううん、ちょっと違うわ。実際覚えてないこともあるにはあるの。だから那波のつらさを全部理解なんて出来ない。でもね、凪、パパやママが私に厳しかったことぐらい、ちゃんとわかってるのよ。だからあの日のことは……、絶対に忘れない」
「芽依……」
芽依もまた、苦しんでいるのだろうか。いつも底抜けに明るくて、楽しそうに過ごす彼女も、それは見せかけだけなんだろうか。
「あの日から……、きっと怒りを忘れてしまったのよ。だから那波の苦しみはわかってあげられないこともあるの。那波がバケモノだと罵られた時、ひどく傷つけられたはずなのに。あの子の苦しみは私の苦しみよ。その気持ちはわかってあげたいって、そう思ってるの」
でもうまくいかない。
方法が見つからない。
那波が傷つけられて、腹を立てるべきだった。でも、あの時の私は「冷え症なのよ」って笑うしかなかった。
芽依はそう言って、胸を押さえて俺を振り返る。
「胸が痛いの。痛いのに、痛くてたまらないのに、痛くないの。忘れた感情はここにあるの。だけどそれをどう感じたらいいかわからないの」
「那波と同じ……?」
芽依はゆっくりまばたきする。それは肯定だ。
「あの子の中にも、きっと楽しいとか嬉しいとか、そういう感情はあるはずなの。でも……」
「その感情の感じ方を知らない……?」
「ええ、きっと。知らないことをわかろうとするのは難しいわ」
「双子だから、そういうところも似るんだ?」
「………そうね、双子って不思議よね」
30センチほどの幅がある宝箱から、芽依は一冊の手帳を取り出す。パラパラとめくると、一枚の写真がはさまれたページが開く。
その写真を取り出し、芽依は大切そうに抱きしめた後、俺の前に差し出した。
それは何の変哲もない家族写真。きっとこの屋敷の庭で撮影されたのだろう。
緑が茂る庭園で、ベンチに座った幼き頃の芽依と、彼女をはさむように身を寄せ合う若い男女が笑顔で映っている。
一人は学園長。もう一人はおそらく芽依の母。芽依と顔立ちがとてもよく似ている。
とても幸せそうな家族だ。一つ違和感を覚えるとしたら、そこに那波がいないことだけだ。
「あの日ね、気づいたら、那波が隣にいて、私を抱きしめてくれてた。あの日、何が起きたのか私は知らない。覚えてるのは、パパとママが私のことで喧嘩したこと。私があんまりデキの悪い子だったから、パパが俺の子じゃないなんて叫んでた。ママは泣いて泣いて……。私のしつけが悪かったなんて、パパに謝ってた」
「芽依……?」
母親ゆずりのシナモン色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
涙を流す芽依など、初めて見る。いや、想像すらして来なかったことだ。それほど彼女はいつも輝いていた。
「パパを苦しめる悪い子。ママを悲しませる悪い子……。私はパパやママにとって、いらない子だった……」
「そんな……」
芽依は頬に触れて、指についた涙を見つめる。
「涙は流れるの。でもどこか他人事なの。今の私はパパにもママにも愛されてるから、本当は悲しくなんてないのよ。でも那波は違うのよね? 悲しいぐらい敏感に苦しみを感じ取ってる。だからいつも疲れきってしまうのよ」
涙をぬぐうと芽依は笑顔になって、写真を俺の手に押し付けた。
芽依の手は当たり前のように温かい。そんな当たり前のぬくもりを持たない那波は、どれほどの悲しみの中で生きるのか。
「小さな頃の写真はママが全て処分してしまったの。これは祖父にもらったものなの。祖父が亡くなる前日、私を部屋に呼んで。誰にも見せたらいけないよって」
「そんな大切な写真、俺に見せたら……」
芽依は首を横に振る。
「凪、あなたなら気づいてくれる。そう信じてるから、この写真はあなたが持っていて」
「気づくって。それにこれは大事な」
俺の言葉を遮り、芽依は俺の手を優しく握る。
「那波が言ってたの。凪はみちしるべだって……、だから」
私たちのみちしるべになって、凪。
そう言い終えた芽依は、一つまばたきをするといつもの明るい彼女になって、「これが本当の私」と、にこっと笑った。
「凪、凪はどれが可愛いと思う?」
那波の部屋とは全く異なるガーリーな部屋の中央で、芽依は花柄のワンピースを身体に当てて、くるりと回転する。
アッシュブラウンの髪がふわりと広がると、甘い香りが鼻をかすめていく。
こんなに可愛くて、隙だらけの美女とベッドのある部屋で二人きりでいるなんて予定外だ。
「男が着るんだから、可愛くなくてもいいんじゃないかな」
文化祭の実行委員に確認してみたところ、女装するのはごく一部の男子生徒で、衣装は姉や妹のいる家庭から借りる予定だったらしい。
白いエプロンが似合う可愛いワンピースなら家にたくさんあるからと、芽依が一手に引き受けることになったことを、俺は今聞かされたばかりだ。
「だいたい飛流さんたちはスタイルがいいから、そのワンピース、男が着れるのかな」
「着る男子だって、マッチ棒みたいに細い子ばっかりだから大丈夫よ。凪だって着れるんじゃない?」
「着れても着ないよ」
「凪ってそういうところ、はっきりしてるね。頼れる男の子って感じする」
「そんな風に言われたことないよ」
「私、頼れる人大好きよ。那波のことだって、距離を置かないでいてくれて嬉しいの。那波、言ってたわ。あのことを凪は知ったのに、離れていかないの。変よねって」
急に真顔になって、芽依は持っていたワンピースをベッドの上に投げ出す。そして、クローゼットから宝箱のような形の綺麗な蓋付きの箱を取り出した。
「この箱のこと、パパにもママにも内緒だから、凪も誰にも言わないでね」
「そんなに大事な箱なら、人に見せないほうがいいよ」
那波なら俺に見せたりはしないだろう。警戒心の薄い芽依だからこそ、迂闊な言動をしたりするのだ。それを那波は危惧しているようだった。
「凪ならいいの。まだ知り合ったばかりだけど、那波の秘密を知っても離れていかない人、初めてだから」
「秘密って言っても……」
芽依は俺に背を向けて、両手で箱の蓋を押し上げる。
「おかしいでしょ? 体温のない人間が生きてるなんて、おかしいでしょ?」
今までにないぐらい押し殺したような低い声で、芽依は続ける。
「那波は気づいてないの。私が過去の記憶を全部忘れて、のうのうと楽しく生きてるなんて思ってる。ううん、ちょっと違うわ。実際覚えてないこともあるにはあるの。だから那波のつらさを全部理解なんて出来ない。でもね、凪、パパやママが私に厳しかったことぐらい、ちゃんとわかってるのよ。だからあの日のことは……、絶対に忘れない」
「芽依……」
芽依もまた、苦しんでいるのだろうか。いつも底抜けに明るくて、楽しそうに過ごす彼女も、それは見せかけだけなんだろうか。
「あの日から……、きっと怒りを忘れてしまったのよ。だから那波の苦しみはわかってあげられないこともあるの。那波がバケモノだと罵られた時、ひどく傷つけられたはずなのに。あの子の苦しみは私の苦しみよ。その気持ちはわかってあげたいって、そう思ってるの」
でもうまくいかない。
方法が見つからない。
那波が傷つけられて、腹を立てるべきだった。でも、あの時の私は「冷え症なのよ」って笑うしかなかった。
芽依はそう言って、胸を押さえて俺を振り返る。
「胸が痛いの。痛いのに、痛くてたまらないのに、痛くないの。忘れた感情はここにあるの。だけどそれをどう感じたらいいかわからないの」
「那波と同じ……?」
芽依はゆっくりまばたきする。それは肯定だ。
「あの子の中にも、きっと楽しいとか嬉しいとか、そういう感情はあるはずなの。でも……」
「その感情の感じ方を知らない……?」
「ええ、きっと。知らないことをわかろうとするのは難しいわ」
「双子だから、そういうところも似るんだ?」
「………そうね、双子って不思議よね」
30センチほどの幅がある宝箱から、芽依は一冊の手帳を取り出す。パラパラとめくると、一枚の写真がはさまれたページが開く。
その写真を取り出し、芽依は大切そうに抱きしめた後、俺の前に差し出した。
それは何の変哲もない家族写真。きっとこの屋敷の庭で撮影されたのだろう。
緑が茂る庭園で、ベンチに座った幼き頃の芽依と、彼女をはさむように身を寄せ合う若い男女が笑顔で映っている。
一人は学園長。もう一人はおそらく芽依の母。芽依と顔立ちがとてもよく似ている。
とても幸せそうな家族だ。一つ違和感を覚えるとしたら、そこに那波がいないことだけだ。
「あの日ね、気づいたら、那波が隣にいて、私を抱きしめてくれてた。あの日、何が起きたのか私は知らない。覚えてるのは、パパとママが私のことで喧嘩したこと。私があんまりデキの悪い子だったから、パパが俺の子じゃないなんて叫んでた。ママは泣いて泣いて……。私のしつけが悪かったなんて、パパに謝ってた」
「芽依……?」
母親ゆずりのシナモン色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
涙を流す芽依など、初めて見る。いや、想像すらして来なかったことだ。それほど彼女はいつも輝いていた。
「パパを苦しめる悪い子。ママを悲しませる悪い子……。私はパパやママにとって、いらない子だった……」
「そんな……」
芽依は頬に触れて、指についた涙を見つめる。
「涙は流れるの。でもどこか他人事なの。今の私はパパにもママにも愛されてるから、本当は悲しくなんてないのよ。でも那波は違うのよね? 悲しいぐらい敏感に苦しみを感じ取ってる。だからいつも疲れきってしまうのよ」
涙をぬぐうと芽依は笑顔になって、写真を俺の手に押し付けた。
芽依の手は当たり前のように温かい。そんな当たり前のぬくもりを持たない那波は、どれほどの悲しみの中で生きるのか。
「小さな頃の写真はママが全て処分してしまったの。これは祖父にもらったものなの。祖父が亡くなる前日、私を部屋に呼んで。誰にも見せたらいけないよって」
「そんな大切な写真、俺に見せたら……」
芽依は首を横に振る。
「凪、あなたなら気づいてくれる。そう信じてるから、この写真はあなたが持っていて」
「気づくって。それにこれは大事な」
俺の言葉を遮り、芽依は俺の手を優しく握る。
「那波が言ってたの。凪はみちしるべだって……、だから」
私たちのみちしるべになって、凪。
そう言い終えた芽依は、一つまばたきをするといつもの明るい彼女になって、「これが本当の私」と、にこっと笑った。
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