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那波と輝を繋ぐ悲憤
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凪は芽依のどういうところに惹かれたの?
それを聞きたかったけど、はっきりと尋ねることができなくて、結局誤解を招くような言い方をしてしまったようだ。
凪は自分のことを話すのが嫌なのか、はぐらかしたまま早足で歩き出す。
今日私を誘ってくれたのは芽依がいないから?
それとも芽依に好印象を与えたくて?
尋ねたいことはたくさんあるのに、声にならない。
恋の敗北者は、どんなにあがいても敗北者であることに変わりはなく。ならば、私は楽しめばいいだけなはずで。
凪と一緒にいることで覚える感情は、私にとって喜び以外のなにものでもないはずなのだから。
「飛流さんはお祭りとかあんまり行かない?」
私が綿菓子を食べたことないと言ったからか、凪は列に並ぶと、そう尋ねてきた。
「小さな頃は祖父に連れられて夏祭りに行ったことがあるわ。でも何かを買って食べるなんてことはなかったの」
「買い食いは祭りの楽しみだけどなー。夏になったら、みんなで祭りに行けるかな」
「芽依は毎年行ってるの。木梨くんも一緒に行くといいわ」
「飛流さんは?」
「私は外出禁止だから行けないの。人混みに行くのを両親が反対するのよ」
そう言うと、凪はちょっとだけ沈黙する。
「……そっか、いろいろあるんだ。でもさ、いつか行けるよ。その時は一緒に行こう」
「ええ、ありがとう。その時はもっと違う形で」
「違う形って?」
凪は不思議そうに、そして、不安げに私の顔を覗くが、私は首を横に振る。
必要以上に彼を不安にさせることもないだろうと思ったのだ。
「木梨くん、そろそろね」
列が大きく動き、綿菓子を作る女子生徒の手元が見えてくる。
割り箸にくるくると器用に巻かれていく細い糸状のものが、だんだん膨らみを帯びてあっという間にふわふわのわたがしになる。
木梨くんがチケットと交換にわたがしを受け取って私に差し出してくれた時は、周囲の好奇心に満ちた奇妙な眼差しは気にならなかった。
次にもし彼からこうして綿菓子を受け取れる日が来るならば、その時は彼の愛する人になっていればいいと願えた。
「甘いわ」
人差し指でつまんで一口食べると、しゅわっと口の中で溶けて甘さが広がる。
「そりゃそうだよ、砂糖のかたまりだから」
「にべもないこと言うのね」
木梨くんなりのユーモアだったのだろうか。それもただ単に事実を口にしただけなのか。
どちらであれ、木梨くんはにこにこして楽しそうだから、私も笑おうとするけどうまくいかない。
「飛流さん、まだ笑顔の練習してるんだ?」
「作り笑いも難しいものね、なかなかよ」
「いつか出来るよ。今のままでも結構かわ、っていうか……、いい感じだよ」
凪は髪をかいて私から目をそらすが、すぐに何かを見つけて驚いたように目を見開く。そして、慌てた様子でチケットをポケットから取り出した。
「飛流さん、他のももらいに行ってくるよ、俺。あの花壇のところ空いてるから、座って待ってて」
「一緒に行くわ」
「あ、いいよ、結構行列長いし。少し時間かかるけど、すぐに戻るから」
時間がかかるのにすぐに戻るとか、支離滅裂なことを言ってる自覚はないのだろう。
凪は私からチケットを奪うように取り上げるとすぐに行ってしまう。
仕方がないから言われたように花壇の前に移動するが、先ほどまでは気にならなかった周囲の視線が気になり出す。
何を楽しんでるんだって。周囲の目がそう言っている。
場違いなことをしている。そう思えてくる。
わたがしを食べる気はもうしなくて、腕を下げた。
ぼんやりと眺める光景が、私を過去へといざなう。
テントの前に行列を作る人々が、夏祭りの屋台の前に集まる人々と重なる。
あれは、私が初めて祖父と夏祭りに出かけた時のことだった。
『おじいさま、私もあれが食べたいの』
可愛らしい浴衣を着て、父親と手を握る同い年ぐらいの女の子が持つわたがしを指差すと、私の手を握っていた祖父が言った。
『あれらに関わってはいけないよ、那波。関われば関わるほど、今のままでいいと思ってしまうよ』
『芽依は今の方が楽しいと言うの。だから……』
『だからって、那波が今のままでいいわけではないよ』
私の頭をそっと撫でて微笑んだ祖父の笑顔を鮮明に思い出す。
人に関わるなと祖父は言ったのに、私をこの学園に入学させた。その理由に、私は輝に出会って気づいたのではなかったか。
私は何をしているのだろう。
私が探していたのは凪ではなかったのに。祖父が私に出会わせたがったのは、凪ではなかったのに。
力の抜けた指からわたがしが抜け落ちる。
凪の背中はもう見えなくて、二度と私のところへ戻らない気がした。
それならその方がいいのだろう。私がいる場所はここではない。
部室に戻ろう。そう思って花壇から離れた時、目の前に人影が突如現れた。
「あー、もったいないなぁ。まだ全然食べてないだろ」
「輝……」
「ほら、食いたいんだろ?」
私が落としたわたがしを拾い上げた輝は、もう片方の手に握っていた出来立てのわたがしを、私の目の前にそっと差し出した。
凪は芽依のどういうところに惹かれたの?
それを聞きたかったけど、はっきりと尋ねることができなくて、結局誤解を招くような言い方をしてしまったようだ。
凪は自分のことを話すのが嫌なのか、はぐらかしたまま早足で歩き出す。
今日私を誘ってくれたのは芽依がいないから?
それとも芽依に好印象を与えたくて?
尋ねたいことはたくさんあるのに、声にならない。
恋の敗北者は、どんなにあがいても敗北者であることに変わりはなく。ならば、私は楽しめばいいだけなはずで。
凪と一緒にいることで覚える感情は、私にとって喜び以外のなにものでもないはずなのだから。
「飛流さんはお祭りとかあんまり行かない?」
私が綿菓子を食べたことないと言ったからか、凪は列に並ぶと、そう尋ねてきた。
「小さな頃は祖父に連れられて夏祭りに行ったことがあるわ。でも何かを買って食べるなんてことはなかったの」
「買い食いは祭りの楽しみだけどなー。夏になったら、みんなで祭りに行けるかな」
「芽依は毎年行ってるの。木梨くんも一緒に行くといいわ」
「飛流さんは?」
「私は外出禁止だから行けないの。人混みに行くのを両親が反対するのよ」
そう言うと、凪はちょっとだけ沈黙する。
「……そっか、いろいろあるんだ。でもさ、いつか行けるよ。その時は一緒に行こう」
「ええ、ありがとう。その時はもっと違う形で」
「違う形って?」
凪は不思議そうに、そして、不安げに私の顔を覗くが、私は首を横に振る。
必要以上に彼を不安にさせることもないだろうと思ったのだ。
「木梨くん、そろそろね」
列が大きく動き、綿菓子を作る女子生徒の手元が見えてくる。
割り箸にくるくると器用に巻かれていく細い糸状のものが、だんだん膨らみを帯びてあっという間にふわふわのわたがしになる。
木梨くんがチケットと交換にわたがしを受け取って私に差し出してくれた時は、周囲の好奇心に満ちた奇妙な眼差しは気にならなかった。
次にもし彼からこうして綿菓子を受け取れる日が来るならば、その時は彼の愛する人になっていればいいと願えた。
「甘いわ」
人差し指でつまんで一口食べると、しゅわっと口の中で溶けて甘さが広がる。
「そりゃそうだよ、砂糖のかたまりだから」
「にべもないこと言うのね」
木梨くんなりのユーモアだったのだろうか。それもただ単に事実を口にしただけなのか。
どちらであれ、木梨くんはにこにこして楽しそうだから、私も笑おうとするけどうまくいかない。
「飛流さん、まだ笑顔の練習してるんだ?」
「作り笑いも難しいものね、なかなかよ」
「いつか出来るよ。今のままでも結構かわ、っていうか……、いい感じだよ」
凪は髪をかいて私から目をそらすが、すぐに何かを見つけて驚いたように目を見開く。そして、慌てた様子でチケットをポケットから取り出した。
「飛流さん、他のももらいに行ってくるよ、俺。あの花壇のところ空いてるから、座って待ってて」
「一緒に行くわ」
「あ、いいよ、結構行列長いし。少し時間かかるけど、すぐに戻るから」
時間がかかるのにすぐに戻るとか、支離滅裂なことを言ってる自覚はないのだろう。
凪は私からチケットを奪うように取り上げるとすぐに行ってしまう。
仕方がないから言われたように花壇の前に移動するが、先ほどまでは気にならなかった周囲の視線が気になり出す。
何を楽しんでるんだって。周囲の目がそう言っている。
場違いなことをしている。そう思えてくる。
わたがしを食べる気はもうしなくて、腕を下げた。
ぼんやりと眺める光景が、私を過去へといざなう。
テントの前に行列を作る人々が、夏祭りの屋台の前に集まる人々と重なる。
あれは、私が初めて祖父と夏祭りに出かけた時のことだった。
『おじいさま、私もあれが食べたいの』
可愛らしい浴衣を着て、父親と手を握る同い年ぐらいの女の子が持つわたがしを指差すと、私の手を握っていた祖父が言った。
『あれらに関わってはいけないよ、那波。関われば関わるほど、今のままでいいと思ってしまうよ』
『芽依は今の方が楽しいと言うの。だから……』
『だからって、那波が今のままでいいわけではないよ』
私の頭をそっと撫でて微笑んだ祖父の笑顔を鮮明に思い出す。
人に関わるなと祖父は言ったのに、私をこの学園に入学させた。その理由に、私は輝に出会って気づいたのではなかったか。
私は何をしているのだろう。
私が探していたのは凪ではなかったのに。祖父が私に出会わせたがったのは、凪ではなかったのに。
力の抜けた指からわたがしが抜け落ちる。
凪の背中はもう見えなくて、二度と私のところへ戻らない気がした。
それならその方がいいのだろう。私がいる場所はここではない。
部室に戻ろう。そう思って花壇から離れた時、目の前に人影が突如現れた。
「あー、もったいないなぁ。まだ全然食べてないだろ」
「輝……」
「ほら、食いたいんだろ?」
私が落としたわたがしを拾い上げた輝は、もう片方の手に握っていた出来立てのわたがしを、私の目の前にそっと差し出した。
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