太陽と傀儡のマドンナ

水城ひさぎ

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那波の生まれた場所

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 伯母の話から当時の状況を思い浮かべてみる。
 あれだけ美しい飛流姉妹だ。雑誌に掲載されれば、少しぐらい騒がれても不思議ではない。だが俺の中に一つだけ違和感が残る。

「親子三人?」

 伯母はきょとんとする。

「何かおかしい?」
「飛流さんは双子だよ。なんで親子三人なのかなって思ってさ。まあ、おかしくはないけど」

 那波が小さな頃から両親に疎まれていて、喫茶店にも連れて行ってもらえなかったのだとしたらおかしくはないが、それが事実ならあまりに寂しいと思う。チーズケーキを好きなのは芽依よりむしろ那波なのに。

「おばさんの記憶違いかしら。確か飛流さんちのお子さんは芽依ちゃん一人じゃなかったかしら」
「雑誌に載ったのは芽依?」
「そうよ。双子だなんて初耳だと思うわ」
「もう一人は、飛流那波っていうんだ。双子なのは間違いないよ」
「飛流那波……? 聞いたことないわね……」
「別に深い意味はないんだ。その日は芽依とご両親だけで喫茶店に行ったのかもしれないから」
「そうねー。もう十何年も前のことだから、写真を見たら何か思い出すかもしれないけど……、一人っ子だったか双子だったかを忘れるなんてもう年ねー」

 伯母が軽くショックを受けたように頬に手を当てるから、なんだか申し訳なくなってくる。
 俺の発言が伯母に失礼なことになっていないかとハラハラしているのが、隣にいる母からも伝わってくる。

 もうこの話題はやめようと思った時、空気を読まない美都夜が声を上げた。

「伯母さんっ、お兄ちゃんね、飛流那波の写真持ってるんだよ。見たら何か思い出すかも」
「美都夜っ」

 余計なこと言うなよっ、と美都夜をにらみつけるが、伯母はパッと表情を明るくした。

「あら、写真あるの。見せてもらえる? 凪くん」

 伯母は自分の記憶の正しさを立証したいのか、珍しく有無を言わさない目をして言った。

「あ、ちょっと、ちょっと待って」

 那波と二人で映る写真を、伯母はともかく、母に見られるのはさすがにまずい。

 ポケットから取り出したスマホにすぐさま手を伸ばしてくる美都夜を軽くにらみつけながら、画面に表示した那波の顔だけをアップにする。

「この間、部活の部員だけで撮った写真なんだけどさ」

 なんて誤った先入観を植え付けながら、伯母に画面を見せる。横から美都夜が画面を触ろうとするからその手を払いつつ、伯母の表情に注視する。

 なんの疑いもなく画面を覗いた伯母は、「あ、だめね」と言って鞄からメガネを取り出す。老眼鏡のようだ。

 改めてメガネをかけて画面を覗き込んだ伯母は、那波の顔を見た瞬間、微妙に表情を固くした。

「知ってる? 伯母さん」

 美都夜も伯母の表情が気になったのだろう。すぐにそう尋ねたが、伯母はメガネを早々に外すと画面から目を離した。

「見たことないわねー」

 物言いたげな美都夜に、黙っているように目配せした俺は、スマホをポケットに戻す。

「飛流さんはあんまり人に会わないみたいだから、伯母さんが知らなくても不思議じゃないよ」

 伯母は何か考え込むように目線を落としていたが、しばらくすると厳しい表情を俺に向けた。

「飛流……、ナミと言ったわね、凪くん」
「そうだよ」
「芽依ちゃんには似てないのね」
「似てるところを探す方が難しいかな。でもしっかりしてるところは似てるよ」
「本当に双子なの?」
「まあ、飛流さんと芽依は同じ家で暮らしてるし、学年も同じだし、証明は出来ないけど、双子だよ」
「……そう」

 伯母は歯切れ悪く口をつぐむ。いつもはきはきと話す伯母にしては珍しい。

 何かを知っている。
 俺はそう思えてならない。

「伯母さんは嘉木野さんっていう人形作家知ってる?」
「え……、それは知ってるわよ、もちろん。嘉木野さんは有名だもの」

 嘉木野氏の名前を聞いた伯母は肩を飛びあがらせ、俺と合わせた目が泳ぐのを隠すように目を伏せる。

 那波を知っていても知っているとは断言できない。それを口にするのは都合が悪そうなのに、知らないと言い張れない伯母は、嘘をつけない性格のようだ。

「嘉木野さんの作品に飛流さんそっくりの人形があるんだ。伯母さんなら知ってるよね?」

 たたみかけるように尋ねると、伯母はため息を吐き出す。

 もしかしたらと思ったのだ。伯母は那波を知っているのではなくて、那波に似た人形を知っているのではないかと。その疑念は正しかったようだ。

 伯母は観念した様子で頼りなく眉を下げる。

「凪くんは、どこまで知ってるの? おばさんも半信半疑よ」

 そう言うと、伯母は母の様子を気にしながら、困り果てたように頬に手を当てた。

「紀子さんを心配させたくないから、あまりいい加減なことは言いたくないんだけれど、その飛流那波さんに似た人形が、誰を模して作られた人形かは……、おばさん、知ってるわ」
「誰かに模してるって……?」

 那波に似た人形にモデルがいる。
 だとしたら、やはりそれは那波ではないかと思うが、伯母は悩ましげに額に手を当てる。混乱しているようにも見える。

「噂よ。あの人形は嘉木野さんの作品の中では異質だったから、ちょっと噂が流れたことがあったのよ」

 伯母は母の不安そうな様子を気にしていたが、かまわず尋ねる俺に誠実に答えてくれる。

「黒髪の作品はあれだけだよね?」
「そうなのよ、凪くん。でも異質なのは髪の色だけじゃないのよ。嘉木野さんは人形を気に入って大切にしてくれるお客さんには付け値で販売する人だったのに、あの人形だけはどんな大金を積まれても手放さなかったらしいの。だから噂になったのよ。あの人形にはモデルがいるって」
「それが、飛流那波さん?」
「……違うはずよ」
「違う? あんなに似てるのに?」
「凪くんの話が本当なら違うわ。だって私の聞いた話では、あの人形のモデルは嘉木野さんの娘さんだもの」
「じゃあ飛流さんは……、嘉木野さんの一人娘?」

 ならば那波と芽依が似ても似つかないことの理由にはなる。二人は双子ではない。そういうことだろう。
 しかし、伯母は暗い表情で首を横に振る。

「それも違うと思うわ。……嘉木野さんの娘さんは、もう10年も前に亡くなってるのよ」
「亡くなってる……?」

 ためらいがちに話した伯母は、さらに深いため息を吐き出す。

「でもこんな偶然あるのかしら。嘉木野さんの娘さんね、その子もナミちゃんっていうのよ」
「飛流さんと同じ名前なんだ」

 伯母は偶然だというが、ぼう然とする頭の片隅に、偶然なんかじゃないという思いがある。

 飛流那波と嘉木野ナミの間には、なんらかのつながりがあると思えてならない。

「伯母さんは嘉木野ナミさんの顔は見たことある?」
「それはないの。当時は私も浅はかだけど興味本位であの人形を見に行ったりもしたわ。でも娘のナミちゃんの顔まではわからなかったし、その時に聞いた話でも、あの人形に関することは全部憶測だったわ。でもね、あの人形が形代だったのだとしたら、納得できる気はしたわ」
「形代?」

 人間の霊を宿すための、人形だというのか。

「嘉木野さんは娘さんを交通事故で亡くされたの。それは本当に不幸な事故だったそうよ。嘉木野さんご夫妻の悲しみは深くて、娘さんの突然の死を受け入れることは出来なかったんじゃないかしら」
「だから娘そっくりの人形を作って、生き返らせようとした?」
「生き返って欲しいと、祈りを込めて制作した人形だったのだとしたら、嘉木野さんがあの人形を手放そうとしなかった理由にはなるんじゃないかしら」
「じゃあ、なんで手放したんだろう」

 幼い芽依が抱いていた人形が嘉木野ナミを模した人形であることは、すでに俺の中で確信のものとなっている。

「凪くん?」
「嘉木野さんは、飛流芽依に何かを感じたのかな……」
「なんの話? 凪くん」
「……あ、いや、なんでもないよ、伯母さん。ありがとう、変なこと聞いたりしてごめん」
「いいのよ。この話はここだけの話ね、凪くん。あれから嘉木野さんも有名になって、娘のナミちゃんのことも、あの人形のことも、当時を知る人たちの間では暗黙の了解になってることよ。今更蒸し返すようなこと言わない方がいいわ」
「ああ、そうするよ」

 安心させるための笑顔を見せると、伯母も安堵したようだった。

 俺はチーズケーキを口に運ぶ。
 那波はきっとこのチーズケーキが好きなんだろう。彼女の家に招かれた時に食べたチーズケーキと同じ味がする。

 喫茶店を訪れるのは、芽依とご両親の三人だったかもしれないが、那波も芽依と同じようにこのチーズケーキを食べて育ったに違いない。

 芽依は何か話してくれるだろうか。ご両親が那波を外に出したがらない理由や、その意思を曲げさせる方法を見つけることができる糸口を。

 以前、真相にたどりつく俺を待っていたようにも思える芽衣は、言ったのだ。

 もし本気で俺が那波を愛しているなら何でもすると。

 あの時は時期尚早だと思ったが、今では遅かった気さえしている。俺はただ那波が好きだろう。輝には奪われたくないと思っている。

 勝負は明日だ。

 結果がどうであろうと、俺は那波に真実の気持ちを話そうと思っている。
 那波が何者であろうとも、彼女を想う気持ちに変わりはない。今は本気でそう思えているのだ。
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