せめて契約に愛を

つづき綴

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キスまでの距離

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「子供だっていいじゃない……」

 悲しげに微笑んだ沙耶は、まるで子供らしからぬ、何かを悟った目で俺を見つめていた。

 彼女は覚悟していたのかもしれない。それは今日に始まったことではなくて、俺や秀人と同じように、いずれ政略結婚することになるかもしれないという思いを抱いて、上條の家に育ってきたのかもしれない。

 無論、俺は政略結婚のつもりなどないと伝えたつもりだったが、沙耶の心には響かなかったのだろう。

『湊くん、沙耶がね、君とゆっくり話がしたいと言っていたよ。あの子はあまり苦労も知らずに育ったからね、湊くんには物足りないところもあるかもしれないが』

 数日前、沙耶の父親である上條さんから、そう電話をもらった。
 沙耶がそんな気持ちを持ってくれたとは思いもよらなかったから、素直に喜んだ。

 結婚とまではいかなくても、少しずつ距離を縮めていけたら……と、殊勝なことを考えていた俺は、やはりいつもの俺ではなく、多少油断していた。

 すぐにそのことを嗅ぎつけた秀人が、母親を面白半分に煽り、そういうことなら、と父親に沙耶との縁談を勧めるように助言した。
 しかし、父親の反応はかんばしくなかった。俺の見合い話が持ち上がっていたからだ。

 秀人の婚約パーティーで、俺はどうやら、どこぞのご令嬢に目をつけられていたらしい。それもまた、特に珍しいことではなかった。しかし、日頃から懇意にしている社長令嬢だったからか、父親はいつになく乗り気になっていたのだ。

 沙耶は確かに上條と名はつくものの、父親からしたら、小さな会社の社長である上條さんの娘には、大きな関心はなかったのだろう。

 俺はため息を吐いて、ソファーに背もたれた。

 ここはホテルのラウンジだ。これから沙耶と会うことになっている。

 昨日、沙耶には会ったばかりだ。彼女は来ないかもしれない。
 俺は何度ふられたら気がすむのだ。俺から断ればいい。そうしたら、屈辱もない。そうは思うが、情けないことになかなか踏ん切りがつかない。

 眉間に指をあて、天井を仰いだ。軽い頭痛がする。気が重いのだ。沙耶に会って、俺はどう説明したらいいだろう。そして、沙耶はどう思うのだろう。

「あの……」

 不意に後ろから声がかけられた。

 沙耶だ。

 声だけですぐにわかる。すぐさま振り返り、可愛らしい薄ピンクのドレスに身を包んだ沙耶を認めると、ソファーから立ち上がった。

「あ……っ」

 沙耶は口元に手を当てて、驚いていた。

「本当に来るとは思わなかったよ」
「私……、あれ……? おかしいな……」
「何が」
「湊くんに、あれ……?」
「俺に会いに来たんだろ。まあ、座れよ」

 ぽかんと口を開けた間抜けな沙耶の顔がおかしくて、俺はくすりと笑う。わずかに覚えていた緊張が、ほぐれるのを感じた。
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