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キスまでの距離
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毎年、兄である秀人は大学時代の友人を集めて、クリスマスパーティーを開く。
最近では、友人の知人、さらに知人の知人というような関係でパーティーに来る者もいて、当初よりは合コンのような雰囲気になってきている。
それは秀人の計略でもあったのだろうか。品位は落ちたが、確かに出会いの場は増え、秀人はそれなりにおいしい思いをしているようだ。
俺は付き合いで来ているに過ぎないが、たまにしか会えない友人も来るから参加している。たとえば、円華もそれだ。
彼女のことは昔から苦手だ。だいたい、気の強い女に興味がない。格別会いたいとは思っていないが、彼女の口から沙耶の話を聞くのは楽しかった。
それももう今年で終わりだ。沙耶との結婚が決まった今、円華に関わる意味は俺にはない。
しかし、円華は違うようだ。沙耶と一緒にいるはずなのに、一人で会場に入ってくると、円華の登場に沸き立つ会場内など興味のない様子で、まっすぐ俺に向かってきた。
颯爽と歩く姿は流石と言わざるを得ないほど優美だ。おしとやかな女であれば申し分ないが、俺に対する円華はいつも剣呑だ。
嫌われるようなことをした覚えもないが、彼女は結城の人間とは折り合いが悪いらしい。今日も何やら不機嫌を露わにして俺の前で立ち止まった。
「湊、私のいとこにずいぶんな扱いをしてくれたみたいじゃない?」
「君はいつも不躾だね。誤解を生むような発言は控えて欲しいね」
俺の周囲を取り巻いていた友人は、円華の美しさに見惚れながらも、もめごとには興味津々だ。
「誤解なんて何もないでしょ?」
「いや、きっと君は何か誤解してるよ。君のいとこのことは、これでも大切にしてるつもりだよ」
「大切? どこが?」
円華は鼻で笑うが、俺の友人に差し出されたワイングラスを笑顔で受け取った。
「そのグラスのワイン、俺にぶちまけるなよ。先に言っておくが」
「あら、わかった? 頭からかけてやりたい気分よ。沙耶に聞いたわ。あなた、沙耶と結婚するのは縁談逃れだと言ったそうね」
今にもこちらに向けられそうな円華の持つグラスに視線を向けたまま、俺は首をすくめた。
「そんなことか。まあ、それも理由の一つだと理解してくれたらそれでいい」
「否定しないのね。ますます最低だわ」
「そうじゃないと言ったところで信じないんだろう? 沙耶とのことを君にどうこう言われたくないよ」
「沙耶が言えないから私が言うのよ」
「じゃあ、沙耶に言うんだな。直接俺に言えないようなことを円華に言わせるなら、俺の妻でいる資格はないってさ」
「資格? 笑わせないでよ。どっちがよ。湊こそ、沙耶と結婚する資格はないわよ」
「どうとでも言えばいいさ。それより沙耶は? まさか帰ったんじゃないだろうな」
辺りを見回してみるが、沙耶の姿はない。彼女は自覚がないが、円華のような華やかさはないものの、十分人目を惹く魅力を持った女性だ。一人で歩かせていたら、遊び半分で声をかける男に困らされるだろう。
「あら、心配なの?」
「当たり前だろう」
「当たり前だというなら教えてあげるわ」
鼻持ちならない円華の態度にイラつくものの、沙耶の居場所を知っているのは彼女だけだからと我慢する。
「で、どこに行ったんだよ」
怒りをおさえて尋ねると、円華は唇の端をあげて笑った。
「会場に入ろうとしたらね、沙耶の会社の先輩だという人に声をかけられたのよ。確か、浅田さんとか言ったかしらね。あんまり沙耶が綺麗だから思わず声をかけたとかなんとか。キザな男だったけど、沙耶は懐いてたわよ。まあもっとも、先輩を邪険にはしない性格だろうから、言われるがままについていったわよ」
「ついていった? どこに」
「さあ。ロビーでならゆっくり話せるとかなんとか」
円華は鼻歌でも歌いだしそうなほど、楽しそうに言う。
「君から見て、安全な男に見えたんだろうな」
「安全かどうかは知らないけど、会社の先輩だしね。ロビーなら二人きりになることはないだろうし、どうやら奥様の付き添いで来たらしいから大丈夫じゃない?」
「既婚者か」
「まあ、既婚者が安全かと聞かれたら、私はなんともわからないけどね」
円華もふと不安になったのだろうか。不穏に目を曇らせる。
「沙耶に何かあったら、君と言えども許さないからな」
「まあ、たくましいこと」
口元に手を当てて優雅に笑う円華を見ていたら、一杯食わされたのではと気づいたが、ワイングラスを円華に押し付けて俺は走り出していた。
会場を飛び出した俺は、ロビーに向かう途中で、あっけなく沙耶を見つけることが出来た。
しかも彼女は一人だ。円華にやはりからかわれたのだろうと息をついて、沙耶に近づこうとした時だ。
沙耶は通路の窓際に立っている男に駆け寄り、頭を下げる。男は軽く手をあげると、首を横に振る。
彼が会社の先輩だろうか。俺よりは年上だろうが、思ったより若い。
俺の眉はぴくりと持ち上がった。男がおもむろに沙耶の顔に顔を近づけたからだ。
びっくりしたように後ずさる沙耶に、男は苦笑いして、「だいぶ目が赤いよ」と言う。
「そうなんです……。どうしよう。こんな目じゃ、パーティーに行けない……」
途方にくれた様子で、沙耶は男を見上げる。俺はこぶしを握った。沙耶は無意識に上目遣いで背の高い相手を見上げるのだろうが、その可愛らしさがどれほどのものか自覚がないのだ。
男もまた、沙耶を見入るように見つめ、「なんなら、赤みが引くまでラウンジでお茶でもしよう」などと、彼女を誘う。
沙耶は迷いを見せ、男を戸惑ったまま見上げていたが、彼には逆効果だ。きっと強引にでも連れ去りたくなるだろう。
「そんな泣いた目では、婚約者も心配するよ」
泣いた?
沙耶が?と、俺は耳を疑う。
なぜ俺以外の男の前で泣いたりするのだ。沙耶は彼に気を許しているのだろうか。
「湊くんは心配なんて……」
沙耶は悲しげにうつむいてつぶやく。
「心配しないのかい?」
同情する素振りで、男は沙耶の肩にそっと手を置く。
「わからないけど……、きっと」
俺はムッとして、歩みを進めた。沙耶はそんな風に俺を見ているのだ。泣いた彼女の心配もしないような男だと。
「まあ、とにかく立ち話もなんだから行こうか」
沙耶は小さくうなずいた。華奢な肩がますます小さく見える。しょう然とした彼女の肩に男は腕を回そうとする。俺は苛立ちを覚えて叫んでいた。
「沙耶っ」
毎年、兄である秀人は大学時代の友人を集めて、クリスマスパーティーを開く。
最近では、友人の知人、さらに知人の知人というような関係でパーティーに来る者もいて、当初よりは合コンのような雰囲気になってきている。
それは秀人の計略でもあったのだろうか。品位は落ちたが、確かに出会いの場は増え、秀人はそれなりにおいしい思いをしているようだ。
俺は付き合いで来ているに過ぎないが、たまにしか会えない友人も来るから参加している。たとえば、円華もそれだ。
彼女のことは昔から苦手だ。だいたい、気の強い女に興味がない。格別会いたいとは思っていないが、彼女の口から沙耶の話を聞くのは楽しかった。
それももう今年で終わりだ。沙耶との結婚が決まった今、円華に関わる意味は俺にはない。
しかし、円華は違うようだ。沙耶と一緒にいるはずなのに、一人で会場に入ってくると、円華の登場に沸き立つ会場内など興味のない様子で、まっすぐ俺に向かってきた。
颯爽と歩く姿は流石と言わざるを得ないほど優美だ。おしとやかな女であれば申し分ないが、俺に対する円華はいつも剣呑だ。
嫌われるようなことをした覚えもないが、彼女は結城の人間とは折り合いが悪いらしい。今日も何やら不機嫌を露わにして俺の前で立ち止まった。
「湊、私のいとこにずいぶんな扱いをしてくれたみたいじゃない?」
「君はいつも不躾だね。誤解を生むような発言は控えて欲しいね」
俺の周囲を取り巻いていた友人は、円華の美しさに見惚れながらも、もめごとには興味津々だ。
「誤解なんて何もないでしょ?」
「いや、きっと君は何か誤解してるよ。君のいとこのことは、これでも大切にしてるつもりだよ」
「大切? どこが?」
円華は鼻で笑うが、俺の友人に差し出されたワイングラスを笑顔で受け取った。
「そのグラスのワイン、俺にぶちまけるなよ。先に言っておくが」
「あら、わかった? 頭からかけてやりたい気分よ。沙耶に聞いたわ。あなた、沙耶と結婚するのは縁談逃れだと言ったそうね」
今にもこちらに向けられそうな円華の持つグラスに視線を向けたまま、俺は首をすくめた。
「そんなことか。まあ、それも理由の一つだと理解してくれたらそれでいい」
「否定しないのね。ますます最低だわ」
「そうじゃないと言ったところで信じないんだろう? 沙耶とのことを君にどうこう言われたくないよ」
「沙耶が言えないから私が言うのよ」
「じゃあ、沙耶に言うんだな。直接俺に言えないようなことを円華に言わせるなら、俺の妻でいる資格はないってさ」
「資格? 笑わせないでよ。どっちがよ。湊こそ、沙耶と結婚する資格はないわよ」
「どうとでも言えばいいさ。それより沙耶は? まさか帰ったんじゃないだろうな」
辺りを見回してみるが、沙耶の姿はない。彼女は自覚がないが、円華のような華やかさはないものの、十分人目を惹く魅力を持った女性だ。一人で歩かせていたら、遊び半分で声をかける男に困らされるだろう。
「あら、心配なの?」
「当たり前だろう」
「当たり前だというなら教えてあげるわ」
鼻持ちならない円華の態度にイラつくものの、沙耶の居場所を知っているのは彼女だけだからと我慢する。
「で、どこに行ったんだよ」
怒りをおさえて尋ねると、円華は唇の端をあげて笑った。
「会場に入ろうとしたらね、沙耶の会社の先輩だという人に声をかけられたのよ。確か、浅田さんとか言ったかしらね。あんまり沙耶が綺麗だから思わず声をかけたとかなんとか。キザな男だったけど、沙耶は懐いてたわよ。まあもっとも、先輩を邪険にはしない性格だろうから、言われるがままについていったわよ」
「ついていった? どこに」
「さあ。ロビーでならゆっくり話せるとかなんとか」
円華は鼻歌でも歌いだしそうなほど、楽しそうに言う。
「君から見て、安全な男に見えたんだろうな」
「安全かどうかは知らないけど、会社の先輩だしね。ロビーなら二人きりになることはないだろうし、どうやら奥様の付き添いで来たらしいから大丈夫じゃない?」
「既婚者か」
「まあ、既婚者が安全かと聞かれたら、私はなんともわからないけどね」
円華もふと不安になったのだろうか。不穏に目を曇らせる。
「沙耶に何かあったら、君と言えども許さないからな」
「まあ、たくましいこと」
口元に手を当てて優雅に笑う円華を見ていたら、一杯食わされたのではと気づいたが、ワイングラスを円華に押し付けて俺は走り出していた。
会場を飛び出した俺は、ロビーに向かう途中で、あっけなく沙耶を見つけることが出来た。
しかも彼女は一人だ。円華にやはりからかわれたのだろうと息をついて、沙耶に近づこうとした時だ。
沙耶は通路の窓際に立っている男に駆け寄り、頭を下げる。男は軽く手をあげると、首を横に振る。
彼が会社の先輩だろうか。俺よりは年上だろうが、思ったより若い。
俺の眉はぴくりと持ち上がった。男がおもむろに沙耶の顔に顔を近づけたからだ。
びっくりしたように後ずさる沙耶に、男は苦笑いして、「だいぶ目が赤いよ」と言う。
「そうなんです……。どうしよう。こんな目じゃ、パーティーに行けない……」
途方にくれた様子で、沙耶は男を見上げる。俺はこぶしを握った。沙耶は無意識に上目遣いで背の高い相手を見上げるのだろうが、その可愛らしさがどれほどのものか自覚がないのだ。
男もまた、沙耶を見入るように見つめ、「なんなら、赤みが引くまでラウンジでお茶でもしよう」などと、彼女を誘う。
沙耶は迷いを見せ、男を戸惑ったまま見上げていたが、彼には逆効果だ。きっと強引にでも連れ去りたくなるだろう。
「そんな泣いた目では、婚約者も心配するよ」
泣いた?
沙耶が?と、俺は耳を疑う。
なぜ俺以外の男の前で泣いたりするのだ。沙耶は彼に気を許しているのだろうか。
「湊くんは心配なんて……」
沙耶は悲しげにうつむいてつぶやく。
「心配しないのかい?」
同情する素振りで、男は沙耶の肩にそっと手を置く。
「わからないけど……、きっと」
俺はムッとして、歩みを進めた。沙耶はそんな風に俺を見ているのだ。泣いた彼女の心配もしないような男だと。
「まあ、とにかく立ち話もなんだから行こうか」
沙耶は小さくうなずいた。華奢な肩がますます小さく見える。しょう然とした彼女の肩に男は腕を回そうとする。俺は苛立ちを覚えて叫んでいた。
「沙耶っ」
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